第11話 優先順位
セレステをして凄腕と言わしめる術師としての実力。魔術では、まず勝ち目がない。
接近戦の間合いではあるが、剣は鞘に納めたままだし……何より、先ほどから指一本動かせない。
痺れはないし、痛むのは氷柱が刺さった左手だけ。他の感覚も正常。
正体不明の攻撃に、打開策が全く見出せない。
「……よもやこんな所で、その面を見ることになるとは。片手間の仕事だったとはいえ、よくも台無しにしてくれたな」
こいつにとって、姫様への襲撃はその程度の位置付けだったか。
かといって、内乱の成功が目的とも思えない。
……こいつ、あるいはこいつらの狙いは、一体何だ?
「このまま挽肉にしてやりたいところだが、あの馬鹿の調整が完了していない今、消してしまうのは些かまずいか……」
俺たちに対する拘束に絶対の自信があるのか、シリルは背を向けて思索に耽っている。
唯一自由になる眼球を相棒に向ければ、やつも必死に身体を動かそうとしている。
やがて考えがまとまったのか、シリルが顔を上げて何やら合図を出す。
すると、俺たちが侵入してきた箇所の反対側、おそらくは本来の出入口から数人の男たちが入ってきた。
風体は『義勇軍』のやつらと似ているが、その表情に緩んだところは見られない。こいつらが本当の仲間か。
「そっちのガキは、実験体と一緒に管理しておけ。それと、こいつは上層の牢に運べ」
指示を出し終えたシリルが、こちらに向き直る。
「あのガキは人質だ。今度は裏切るなよ」
その言葉を最後に、俺は頭に黒い袋を被せられた。
◇
荷物のように乱暴に担がれた俺は、長い移動時間を経て、牢に放り込まれた。
移動中、何とか道順を覚えようと努力はしてみたが、目隠しに加えて偽装も施されたので失敗に終わった。
未だ身動きも取れぬまま、固いベッドの上で視線を走らせる。
石造りの壁に、鉄格子。武器の類も取り上げられてしまっている。
……最悪の状況だが、自分を殴りつけることすら許されない。
今回の一件、何処で判断を間違えたかといえば、おおよそ全ての場面だ。
そもそも、深く考えもせずに潜入を決断した事もそう。
『義勇軍』の陰に存在する黒幕を予見していながら、自分が目にした人間だけを見て侮ってしまっていた。
シリルが出て来る事までは想定できなくても、他の強者がいる可能性は当然考慮するべきだった。
加えて、探索における撤退の判断の遅さ。
血の匂いを感じた時点で一度出直して情報を集めるべきだったし、そうでなくともあの不気味な倉庫を探索するべきではなかった。
明らかに何かが秘密裏に行われている場所だったのだ。俺が気づかなくても、人が潜んでいる可能性は高かった。
「……馬鹿野郎が!」
ようやく動くようになった首を振って、ベッドの縁に頭を打ち付ける。
全ての失敗は、目的のぶれに由来する。
テオの様子を知るだけのつもりが、勢いだけで救出を決断。好機ではあったので、そこまではまだいい。
しかし、『義勇軍』に一泡吹かせてやるだの、『再生因子』の秘密を探るだのは完全に暴走だ。
……同時に複数の目的を果たそうとするなど、思い上がりも甚だしい。
挙句、相棒との冒険に浮かれて、不用意極まりない敵地での行動。
あいつが事あるごとに指示を仰いでいたのは、俺の経験に基づく判断を信頼してのことだったはず。
……浅はかな俺は、頼りにされていることに喜ぶばかりで、信頼を裏切ってしまった。
「あいつは……」
囚われの身となった相棒の事を思う。
幸い、シリルはあいつの実力に気づいていないようだった。
人質として扱うらしいので、命は無事だろうが……シリルが口にした「実験体」という言葉。
あの血染めのベッドを見た以上、不吉な想像を抱かずにはいられない。
「くそっ!」
何とか手足も動かそうともがくうちに、ベッドから転がり落ちる。
無力な俺には、床を殴りつけることしか出来なかった。
◇
俺が牢に放り込まれてから三日が過ぎた。
現在に至っても、俺は何の行動も起こしていない。
色々考え合せた結果、何もしないのが最良と判断したからだ。
俺が騒ぎを起こしても、相棒の身に危険が及ぶだけ。むしろあいつが独力で脱出を試みたほうが望みがある。
……これ以上、勢い任せの行動をとるわけにはいかない。
それに、予定ではそろそろセレステたちがロディさんと合流しているはず。
俺たちの現状を伝えられていないのが気にかかるが、きっと何か行動を起こしてくれるだろう。
しかし……
「……誰も来ないな」
この牢屋を訪れるのは、食事を差し入れる兵士のみ。
ロディさんはおろか、何か俺にやらせたいらしいシリルも顔を見せない。
逸る気持ちを押さえつけて、状況の変化に備える。
既に身体の自由は取り戻したし、左手の怪我も治療済み。硝子の破片でも残っているのか、背中に若干の違和感があるが、戦闘に支障はないだろう。
音を立てないように気を払いつつ、無手のまま身体を動かし始める。
基本の型を反復しながら思い起こすのは、シリルとの戦い。
考える時間は十分にあったので、あの不可思議な拘束についてはもう予想がついた。
……おそらく、呪術。
妙な威圧感を放つ言葉とともに動きを封じられたあの現象は、呪術にまつわる噂と一致する。
呪術の特性なのか、シリルの技術なのかは不明だが、一切魔力の流れを感じなかったので、普通の魔術ではないのは間違いない。
しかし、正体が分かったところで打ち破る術は思いつかない。
となると、言葉を発する前に妨害するしかないが……果たして、俺に出来るのか?
萎えそうになる心を無理矢理奮い立たせ、動きを激しくする。
俺一人ならともかく、あいつの身がかかっているのだ。折れるわけにはいかない。
俺は一心不乱に汗を流し続けた。
◇
翌朝、ぼろ切れのように眠っていたところを『義勇軍』の兵士に叩き起こされる。
常時無表情だったはずの兵士の顔には、隠し切れない焦りの色。
……ようやく、事態が進展したか。
何も告げられぬまま連れて行かれた先は、作戦会議室のような小さな部屋。
そこには、シリルが一人で待っていた。
「貴様、どうやったか知らないが……公国の制圧部隊を引き込みよったな」
俺ではない。おそらくロディさんたちだ。
どうやら想像以上に大掛かりな事を起こしてくれたようだ。
「止むを得ん、ここは放棄する。貴様には、あの馬鹿と残って足止めをしてもらうぞ」
ということは、人質である相棒は、引き続きシリルの手元に置いておくつもりだろう。
……まずい状況だ。
しかし、今の俺になす術はない。
シリルの監視の元、奪われていた装備一式を身につけさせられる。
「よし、こいつを本陣に連れて行け。私は実験室の撤収に向かう」
そう指示を出したシリルは、足早に部屋を後にした。
◇
両腕を掴まれて運ばれた先は、廃坑入口にほど近い尾根に作られた簡易陣地。
山裾で大部隊同士の戦闘が繰り広げられているのが見える。
「……よぉ、久しぶりだなぁ」
隣に立つテオは、先日よりも呂律が回っていないし、俺がしばらく姿を消していた事にも疑問を抱いている様子もない。
……以前よりも精神の変容が進んでいる。
「ちょうどいい。あいつらをまとめてぶっ飛ばして、俺の成長を見せてやるぜ!」
ぶんぶんと形見の剣を振り回すテオを見ながら、必死に頭を巡らせる。
背後にはシリルの側近と思しき手練れが数人。今のところ、隙は一切見せていない。
アジトの中ではシリルが相棒を連れて撤収の準備を進めている。時間の猶予はいかほどか。
「……おう、頑張ってくれよ」
踊らされる哀れな男に、おざなりな声援を送る。
……ちんけな俺に守れるものなど限られているのだ。
もう、優先順位を間違えるわけにはいかない。
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