第9話 いつか見た光景
休憩を終えた一行は、陽光届かぬ廃坑の中に踏み入って行く。
ランタンの明かりを頼りに何度かの分岐を越えると、土がむき出しだった足元が石畳の床に変わった。
「この辺りからは神代の遺跡なんだ。奥はもっと凄いぞ!」
テオが自慢気に語るが、俺は道順と地形を記憶するのに集中しているところだ。
セレステの追跡もおそらく廃坑の入口までだろうし、退路の確認は必須の仕事だ。
しかし、ふと横目で相棒を見れば、テオの話を書き留めるふりをして地図を描いていやがった。
それならば……
「そういえば、剣の腕前は上がったのか?」
大事な仕事は抜け目ない相棒に任せて、テオに話しかけてみる。
「おう、勿論だ。こっちに来てから元騎士だっていうやつに手解きを受けていてな……」
意外なことに鍛錬は続けていたらしい。弛んだ腹を見る限り、どれほどの効果があるのかは分からないが。
「騎士の手解きっていうのは、やっぱり何か特別なのか?変わった稽古だったり……」
特殊な食事だったり……と続けようとしたところで、取り巻きの一人がテオに歩み寄って来た。
警戒されてしまったかと身構えるが、要件は単なる定時報告だったらしく、一言二言交わしただけで去っていった。
テオが会話を再開しようとするが、適当に手を振って誤魔化しておく。
いくら何でも不用意だった。自分では落ち着いているつもりでも、随分と頭に血が上っていたようだ。
その後はたまに下らない話をする程度に留め、俺たちは遺跡の深部に潜って行った。
◇
半日ほど歩き続けて辿り着いた場所は、広大な半球状の空間だった。
椀を伏せたような天井と壁は、いずれも金属張り。どうやらここは異なる時代の遺跡が混在しているようだ。
遺跡の機能は死んでいるらしく、例の光る管に代わって照明の魔術具が辺りを照らしている。
天井や壁と同じく金属張りの床には、無数のテントが張られている。感じる人の気配は千を下らないだろう。
「さて、お前らにもテントを用意してやってもいいんだが、せっかくだから面白い所に泊めてやるよ」
取り巻きどもにはここに残るように命令を下し、テオは壁面に開いた丸い穴に向かう。
後を追おうとする俺の袖を、相棒が引っ張った。
「ねぇ、ここって……」
相棒の言わんとすることを察した俺は、ひとまず目で返事をするに留める。
この半球の空間を見ただけでは断定できないが、その可能性は十分にある。
怪訝な表情を浮かべて振り返るテオに適当な返事をし、小走りで追いかけた。
◇
壁面の穴の先は、床が曲面で歩きにくい通路。徐々に勾配を大きくしながら、地下深くに向かっている。
傾斜により直立するのが困難になった辺りで、今度は木製の梯子を伝っての移動となった。
真っ暗な縦穴を下り切り、俺たちが降り立ったのは弧を描く回廊。弧の外側には、取っ手が後付けされた扉が等間隔で並んでいる。
照明は、近くの床に置かれた一つのみ。回廊の先は深い闇に沈んでいる。
「まぁ、ここでいいだろう」
テオが最寄りの扉を開けると、そこは球形の小部屋。床は木板で平らに作られており、簡素な家具がいくつか置かれている。
かなり埃が溜まっているあたり、どうやら普段使いの部屋ではないようだ。
「お前はまだ冒険者なんだから、こういう所のほうが良いだろう。明日、案内してやるから、勝手に探索はするなよ」
そう言って悪戯っぽく笑う笑顔は、以前と変わりない。
続いて相棒を隣室に案内したテオは、後ろ向きで手を振ってから梯子を登っていった。
「ねぇ、イネス」
相棒が扉の隙間から顔を覗かせる。言いたいことは分かるが……
「とりあえず、少し休んでおけ」
そう言い置いて、俺は割り振られた部屋に入った。
◇
体感で深夜となった頃、音も無く扉が開いた。
入って来るのは勿論、どてかい背嚢を担いだ猫仮面。
「……懐かしいね」
そう呟きながら、断りもなくベッドに腰掛けやがる。
「まぁ、同感だな」
地上付近こそ損なわれているようだが、あの『孤島の遺跡』とそっくりの光景。
二人して、しばし思い出に耽る。
と、そこで、まだこいつには『活性因子』の件を伝えていなかったのに気付いた。
テオの変貌の理由に関する推察と、潜入を選択した意図などを話す。
「……それで、これからどうするの?」
一通り聞き終えた相棒が、分かりきった質問を投げかける。
「どうするも何も、お前は準備万端だろう」
不用心極まりない事に、俺たちは武器を含む装備一式を手元に置かれたままだ。
そのうえ、よく似た遺跡の構造を把握している俺たちには、明日の案内など必要ない。
当然、今からやつらの秘密を探るのだ。
「じゃあ、はい。これ」
手渡されるのは角が生えた白い仮面。俺の分まで用意してくれていたのは助かるが……
何故、髭を描く?
◇
「凄いな、これ?!」
初めて経験する暗視の魔術具の効果に、思わず声を上げてしまう。
仮面越しに見る通路は、一切の明かりがないはずなのに真昼のようだ。
相棒にちょいちょいと袖を引かれる。小さい手で出される合図は、上下どちらに向かうのかの問いかけ。
俺は口元を押さえつつ下を指差す。
テオに盛った薬品の現物は上階にもあるだろうが、大人数が寝泊まりする空間で探し出すのは困難。
チャーリーの言では、あれは時間が経つと効果が霧散するそうなので、このアジトに製造施設が存在する可能性は高い。
どうせなら、そこを押さえてやりたい。
とはいえ、製造施設がこの下にあるとは限らない。
しかし、普段は使用していない様子のこの階層に、妙に手が加えられているのは何とも怪しい。
……何より目の前に遺跡があるのに先を確認しないなど、冒険者として我慢できない。
足取り軽く先行し始めた相棒の背を追い、俺も回廊を進んだ。
◇
念のために警戒していたが、やはり現在この階にいるのは俺たちだけのようだ。
小部屋についても、扉に取っ手が付けられていたのは降りて来てすぐのところだけ。それより先は扉が半開きになったままだ。
そんな小部屋も一応いちいち確認しているが、目指す場所は回廊内側の壁にあるはずの大扉だ。
『孤島の遺跡』では、そこに巨大な縦穴と昇降機が存在していた。さらに先へ進むとすれば、そこしかない。
打ち合わせをするまでもなく、相棒もそこを目指している。
左右に揺れるどでかい背嚢を眺めているうちに、思わず口元が緩む。
二人で冒険するという約束は、思いの外あっさりと果たしてしまった。
しかも、ここは奇しくもいつかの再現のような場所。何とも不思議な巡り合わせに、笑わずにはいられない。
少し遅れ出した俺に、相棒が訝しげな顔を向ける。
……少し気を抜き過ぎていたか。
次の冒険は余計な事に煩わされずに臨みたいものだ……などと考えつつ歩みを早めた。
◇
以前は突然起動した『鍵』の機構に驚かされたが、ここの大扉は半開きのまま沈黙している。
隙間に潜り込んで、奥に向かう。
大扉の向こう側は、予想通り半球状の大広間。
天井と床に大穴が空いているところまで同じで、そこを上下に昇降機の半透明な筒が貫いている。
「壁歩き、出来るようになったんだよね?」
相棒が嫌らしい笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込む。
仮面を付けていやがるのに表情が分かるのは、一体どういうことか。
「ああ、俺の成長を見せてやる」
例の喪服はチャーリーに預けて来たが、蜥蜴皮のグローブとブーツはきっちり持参している。
相棒の冷やかしを背に、俺は床の大穴に向かった。
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