第8話 潜入

 全く予期していなかった形での再会。


 周囲の人間からテオの存念を探ることが出来ればと思っていたところに、まさかのご本人登場だ。

 もちろんこの機会を逃すわけにはいかないので、促されるままにテーブル席に座る。


 ……たとえ答えは分かりきっていたとしても、本人の口から聞きたいのだ。


「本当に久しぶりだな。冒険者稼業は順調なのか?」


 テオが両脇の女を遠ざけるのに合わせて、俺も相棒をカウンターのほうに行かせる。


「それなりにな。お前のほうは、随分羽振りが良さそうだな」


 『義勇軍』は、対王国強硬派の貴族から陰で資金提供を受けているのだろう。今、がぶがぶ呷っていやがる酒も相当高かったはず。


「そうなんだよ。まぁ、聞いてくれよ……」


 語られるのは、俺たちが別れてからの話。


 公国に入り、形見の剣を手掛かりに父親の事を尋ね回っていたテオに、とある人物が接触してくる。

 父親の知己だというその人物は、父親の過去を教えると同時にテオの身に流れる高貴な血筋の事を伝えたそうだ。

 ……それだけ聞けば大層劇的な話ではあるが、ロディさんから情報を得ている俺としては寒々しい気持ちを禁じ得ない。


「そんな話を聞いてしまえば、俺も協力しないわけにはいかないだろう?」


 自身の出自の件に加えて、虐げられる人々のために『義勇軍』に身を投じることを決めたらしい。

 ……これまで公国を見てきた限りでは、虐げられる人々など見当たらなかったが。


 歪んだ情報を与えられた結果とはいえ、自分の意思で決めたのか。

 この様子だと、説得を試みたところで徒労に終わるだろう。それに、今は取り巻きどもの耳もある。


 どうしたものかと考えるうちに、話は『義勇軍』の戦いぶりに移り変わっていく。


「自分で剣を振るうのとは違って、味方に指示を出すのは中々難しいもんだな。だか、今なら指揮についてもお前には負けないと思うぜ」


 本当に部隊の指揮を取っているのか、実際は周囲の人間が指示を出しているのか。どちらかは分からないが、とにかく自身満々だ。


「……おっと、悪いな。お前も飲めよ」


 切りのいいところで話を中断したテオが、聞き役に徹していた俺にグラスを差し出す。

 俺は一旦手を伸ばしたが、グラスに指先が触れたとこで腕を引っ込めた。


「……俺はもっと安いやつでいい」


 グラスの中から感じた気配、散々身の内に取り込んできた俺なら分かる。

 ……赤黒い不気味な物質、チャーリーが言うところの『活性因子』が間違いなく含まれている。


 いつからどれだけ飲まされたのかは不明だが、記憶の中の姿と全く一致しない変貌ぶりは、そういう理由か……


     ◇


 だらだらと続く自慢話を聞き流しながら頭を巡らせる。


 テオが中身を知りながら飲んでいるとは考えにくい。横に座っていた女どもか、取り巻きが盛りやがったのだろう。

 精神の変容こそ生じているが、まだ肉体的な変化はないようだ。すっかり元通りになったモリス君やレンデルさんの例を考えれば、今からでも対処は十分に間に合う。


 そんな思考に耽る俺の耳に、僅かな風の流れとともに突然囁き声が届いた。


「……ねぇ、聞こえる?」


 開いている窓から風術で俺だけに声を送ってきたらしい。セレステの高等技術だ。


「私たちも途中から聞いていたわ。どうするのか判断は貴方に任せるけど、ちょっとまずいわよ」


 何やら外でも事態が進行しているらしい。


「その店に二十人ほどの武装した集団が向かっているわ。合図を出してくれれば、すぐに応戦するわよ」


 間違いなく『義勇軍』のやつらだろう。テオを迎えに来やがったのか。


 ここで退くのなら、適当に話を切り上げて立ち去ればいいだけだ。

 しかし、今はテオが目の前にいる。鍛錬を怠っているらしいこいつなら、問答無用で攫うのも難しくはない。

 取り巻きどもはそれなりに戦えそうな雰囲気だが、俺と相棒、それに外の二人が暴れればどうにでも出来るだろう。

 ……ただ、そのあとが問題だ。


 そのまま王国方面に逃げるとして、国境の兵士がどちらにつくのかが分からない。

 積極的に潰しにいっていないところからすると、この辺りの領主が『義勇軍』に協力している可能性も高いのだ。


「……随分話し込んじまったな。俺はそろそろアジトに帰るが、お前らはどうする?」


 判断を迫られた俺の脳裏によぎるのは、別れ際のアリサの目。

 手紙を届けるついででいいと言いつつも、微かな望みに縋るような色が確かに含まれていた。


 しばしの瞑目のあと、俺は咄嗟に思いついた提案を口にした。


「俺たちもアジトに案内してくれよ」


     ◇

 

 ほとんど獣道のような山道を進む『義勇軍』の一団。その中央で、俺たち二人はテオに続いて歩いている。


 こんな危険な提案をした理由は、いくつかある。


 まず、『義勇軍』の面々の能力が低そうだったこと。戦闘能力はもちろんのこと、あらゆる面に対して警戒が薄い。

 自分たちの組織の最重要人物に素性不明の人間を近づけるなど、本来あってはならないこと。そのうえ、アジトの位置まで教えるなんて愚の骨頂だ。

 当然アジトに行けば人数も増えるのだろうが、こんなやつらが相手なら俺たち二人が逃げ出すことくらい容易いだろうとの判断だ。


 それから、『活性因子』の件。チャーリーは新発見だと言っていたはずなのに、どういう訳か悪企みのために使用されている。

 あいつが技術を流出させたとは思えないので、元々別の人間が密かに研究していたのだろう。

 俺自身の身体のことにも関わる代物であるし、可能であればそちらの情報も得ておきたい。


 ……とはいえ、一番の理由は『義勇軍』のやつらに対する腹立ちだ。

 テオを取り返すだけでは気が済まない。こいつをいいように利用してくれた輩どもに、一泡吹かせてやるのだ。


 現在、セレステたちは同行していないが、距離を空けて追跡してくれているはず。

 アジトを突き止めたあとはロディさんと合流してもらい、その場所についての情報を流布する。

 そして、俺たちはテオを連れ出すついでにアジトを滅茶苦茶にしてやるという算段だ。


     ◇


 山奥の廃坑入口手前、ちょっとした広場のようになった場所で、一団は休憩をとることにしたようだ。

 一応賓客扱いの俺たち二人は、テオと一緒に茶のもてなしを受ける。


「そういや、そのちびっ子は……まさかな。良ければ一人貸してやろうか?」


 再び女を侍らせたテオが下衆な笑みを浮かべる。


「いや、いい。それに、こいつはただの荷物持ちだ」


 隣に座る相棒の頭を乱暴に叩いておく。

 色々と不本意だろうが、今はまだこいつの戦闘能力は隠しておきたい。


「……それより、手紙の返事が来ないって、アリサが寂しがっていたぞ」


 その名前を聞いたテオは、これまでにない動揺を見せる。

 しばらく顔を覆ったあと、がぶりと茶を飲み干して大きく息を吐いた。


「……公国に入ってから忙しくて、すっかり忘れていたぜ」


 どういう心境なのかは分からないが、アリサの存在は未だ大きいようだ。

 何ともやるせない状況に、『義勇軍』の陰にいる黒幕に対する怒りを新たにする。


 戦闘の指揮ならともかく、今のテオにまともな組織運営が出来るはずがない。

 怪しげな薬品を用意してこいつを飲ませているのも含めて、裏で糸を引いているやつが必ずいるはずだ。


 何やらぶつぶつと呟き出したテオから目を逸らして、俺も茶を飲み干した。

 

 


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