第7話 情報収集
相棒と二人、町唯一の大通りに向かう。何があるか分からないので、俺も帯剣したままだし、相棒もどでかい背嚢を担いだままだ。
それぞれ非難と憐憫の視線を受けながら、周囲の様子を窺いつつ歩く。
「このぐらいの活気は……普通なのかな?」
相棒の指摘どおり、この手の宿場町としては至って普通の賑わいだ。
しかし、現在は国境には検問が敷かれていて、近くの山中には反乱勢力が巣食っている状況。
人々の行き来や物流に何の影響も出ていないのは不自然とも言える。
「……分からん」
流通が減った代わりに、反乱勢力への物資の提供などで特需が生じている可能性も捨てきれない。
もしそうなのであれば、町ぐるみで反乱勢力に与していることになる。迂闊に内乱のことを尋ね回るのはまずい。
もう一点気になるのは、見回りの兵士の数が少ないこと。異常事態の最中であるにも関わらず、増員されている様子はない。
この町の立ち位置は分からないが、領主のほうは間違いなく反乱勢力寄りの対王国強硬派だろう。
然程長くもない大通りを歩き切った俺たちは、さらなる情報を得るべく屋台が立ち並ぶ広場に向かった。
◇
「親父さん、国境のあれは何だったんだ?」
こちらの話題であれば旅人として自然だろうと考え、串をひっくり返している店主に問いかけてみる。
「ああ、最近『地獄ナントカ』とかいう怪しげな集団がうろついているっていうんで、取り締まりを強化したらしいぜ」
地獄と聞いて思い浮かぶのはチャーリーの『地獄工廠』だが、集団だというのなら関係ないだろう。
もしかして、国境で子供が消える件はそいつらの仕業なのだろうか。
「まぁ、実際には例の内乱だのも関係しているんだろうが、俺たちの知ったことじゃないしな」
有り難いことに、自分から内乱のことを口に出してくれた。
焼き上がった串を受け取りながら、小声で話しかける。
「……そういや、そっちの件もどうなっているんだ?反乱勢力のやつらは、この近くに潜伏していると聞いたんだが」
お喋り好きらしい店主は、俺に付き合って口元を覆いながら答えてくれた。
「おいおい、やつらのことは『義勇軍』って呼んでやらないとまずいぜ。何処で聞いていやがるか分からないからな」
ということは、やっぱりこの町に出入りしているのか。
「この町の住人ならともかく、兄ちゃんたちには見分けが付かないだろう?まぁ、変に絡まなければ暴れたりもしないから、俺たちにとっては只のお得意さんなんだ」
当初の予想通りの状況ということか。早々に目当ての情報を引き当てた俺たちは、金を払って町の広場に移動した。
◇
花壇の縁に腰掛けて、二人並んで串焼きを齧る。
ここでセレステたちと待ち合わせの約束だが、まだすぐには来ないだろう。
「ねぇ、テオって人はどんな人なの?」
おまけの分まで平らげた相棒が、口を拭いながら顔を向ける。
以前一緒に冒険していただとか、漁村生まれだとか、基本的なことは既に話しているので、それ以外の事を聞きたいのだろう。
空を見上げながら考える。
クライドほどではないが十分に恵まれた体格に、荒いながらも強力な剣の腕前。頭を使う場面は少なかったが、そこまで馬鹿というわけではない。
少々粗野なところはあるが、度胸はあるし仲間思いでもある。
「まぁ……簡単に言うと、俺より才能がある冒険者だな」
さして長い期間ではなかったが、あの三人で冒険するのは中々楽しかった。
こいつを加えて四人で冒険するのも、きっと楽しいだろう。何なら、セレステやクライドも付いてくるかもしれない。
……果たして、そんな未来はまだ残っているのだろうか。
「そっか……」
相棒も、俺に倣って空を見上げた。
◇
一息つき終わっても待ち合わせの時刻まではまだ余裕があったので、俺たちはもう一踏ん張りして情報を集めることにした。
『義勇軍』とやらが出入りしている可能性が高いのは、物資を仕入れる店か飲食店だろう。しかし、前者については、一勢力の補給に使うとなると相当な大店のはず。
おそらく口も堅いだろうと考え、酒場が集まる区画に向かった。
まだ日は高いため、開いている店は片手で数えられるほど。
何やら相棒が偵察をやりたがるので、俺は少し離れた場所で待つことにする。
やたらと素早い動きで店々を回る、でかい背嚢を担いだ外見少女は……中々の不審人物だ。
偵察はあっという間に終わり、俺は報告を受ける。
「……あそこの店、怪しいのがいるよ」
その店には、テーブル席を占拠する怪しい一団がいるとのこと。
両脇に女を侍らせた男と、その取り巻きがあわせて十名ほど。相棒の見立てによると、身なりからして明らかに町の住人ではないらしい。
串焼き屋の店主の話とは違って随分と目立っているようだが、それが『義勇軍』のやつらなのだろうか。
もしそうならば、中に入るのは少々危険ではあるが、情報を集めるという意味では格好の状況だ。
俺は覚悟を決めて、その店の扉を押した。
◇
テーブルのほうには目を遣らないようにしつつ、二人でカウンター席に座る。
適当に注文した物が届いたあとは、お互い黙ってグラスを傾けるのみ。背後で交わされる会話に意識を集中させる。
「それでな、そのとき俺が片手一本で……」
やたらと痰が絡んだような声で語られているのは、荒事にまつわる武勇伝。やはり一般人ではないようだ。
眉唾物の内容だが、取り巻きどもは終始褒めそやしている。やつらが『義勇軍』だという確証はないが、あのお喋り男が高い地位にいるのは間違いない。
つまみを口に放り込みながら価値ある情報が漏らされるのを待つが、武勇伝に続いて始まったのは猥談だ。
俺もその手の話は嫌いではないが、ちょっと今は勘弁して欲しい。隣にはちびっ子が座っているのだ。
しばらく我慢していたが、彼らの会話は下品さを増すばかりで、役立つ情報が話題に上る兆しはない。
待ち合わせの時間も迫ってきたので、一旦ここから撤退することに決める。セレステたちと合流したのち、尾行してやろう。
◇
「そこの二人、ちょっと待てよ!」
扉に手を掛けたところで背後から投げかけられた痰絡みの声に、思わず心臓が飛び跳ねる。
……大丈夫だ、今のところ彼らに敵対するような動きを見せたわけではない。
努めて笑顔を作り、振り返る。
「……はい、何でしょうか?」
こちらに歩み寄って来た男の姿を、顔を伏せ気味にして確認する。
豪華な衣装に、少し弛んだ腹。しかし、その下には鍛錬の痕跡を窺わせる筋肉がある。腕前のほうは定かではないが、戦える人間ではあるようだ。
「……やっぱりイネスかよ!」
突然名前を呼ばれたことに驚き、改めて顔を上げる。
背後に撫で付けた髪に、黄ばんだ白目。その男は、すっかり変わり果てたテオだった。
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