第6話 偵察

 公国の官憲でも踏み込んで来たのかと思いきや、来訪者は一人の様子。それに、クライドの声には喜色が混じっている。

 風術を行使して会話を盗み聞きしてみる。


「まさか、こんなところで会えるなんて!もしかして……」


 クライドはしきりに話かけているが、知り合いらしき相手からの返答はない。その代わりに、何時ぞやに嗅いだことのある甘い香りが漂ってきた。

 何をしに来たのか知らないが、あいつだ。


 安堵の息を漏らし、短剣を抜いて警戒するロディさんに告げる。


「大丈夫です。あれは、姫様の新しい食客です」


     ◇

 

 何にせよ、店の前で騒がれるのはよろしくない。ひとまず二人には中に入ってもらい、全員でテーブルを囲む。


「はじめまして、セレステと申します」


 上品にお辞儀をしつつ、胸の谷間を強調するセレステ。変わりないようで何よりだ。


「どうしたんだ。姫様のほうで何かあったのか?」


 俺が尋ねると、しばらく口籠ったあとにばつが悪そうに笑う。


「……貴方たちがちゃんと手紙を届けられるか確認してこいと言われたのよ」


 取ってつけたような言い訳、それは絶対に嘘だ。

 時折ロディさんに向ける熱っぽい視線から意図を察する。もう少しまともな言い訳を考えてくればいいものを……

 クライドが激しく貧乏ゆすりをし始めた。


「問題なく完了したところだ。……ところで、お前は何処を通って来たんだ?」


 俺たちと同じく辺境を通って、あの馬に追いつくのは難しいだろう。

 聞いてみれば、やはり時間をかけて国境の検問を通過して来たらしい。


「そうそう……あそこでちょっと気になる話を耳にしたわよ。あそこで兵士たちに連れて行かれた人が、何人か戻って来ていないらしいわ」


 それがお尋ね者ならば当然の対応だが、消えたのはいずれも商会の下働きの子供とのこと。

 雇い主たちとしても然程重用していたわけではないので、わざわざ手向かいして取り返すようなはことはしなかったらしい。

 薄情な話である。


「だから、その子も捕まっていないかと心配していたのだけど、杞憂だったみたいね」


 こいつをそこらの兵士がどうにか出来る訳がないが、あのまま検問を通ろうとしていれば揉め事になったかもしれない。


 しかし、兵士たちどういうつもりでそんな事をしているのか。

 雇い主から簡単に見捨てられるような子供を奪ったところで大した労働力にはならないだろうし、そもそも人攫いや人身売買はどの国でも厳しく取り締まられている。

 いまいち利が見えない。


 ロディさんは検問のことは知っていたようだが、人攫いのことまでは知らなかったらしい。

 何やら紙に書き留めたあと、おもむろに顔を上げた。


「……それで、お前らはこれからどうするんだ?」


 お前ら、といいつつも俺に視線を向けるロディさん。

 姫様に頼まれていた仕事は終わったが、テオの件がある。クライドとセレステに話すのかどうか、俺が判断しろということだな。


 セレステは既に姫様の仲間内だし、クライドも……まぁ敵に回ることはないだろう。

 俺は二人に事情を話すことにした。


     ◇


 一通りの事情を聞き終えた二人がしばし考え込む。たしかに難しい話だ。

 手元の情報からすれば、内乱に加担してもろくな未来が待っているとは思えない。しかし、テオが本気で内乱を成功させようとしているのなら、連れ戻したりするのはお節介もいいところだ。

 あいつもいい大人なのだ。


「私はどっちでもいいわよ。このまま帰るのも何だし、何かするのなら手伝うわ」


 セレステが気軽に答えると同時に、ぶんぶんと首を縦に振るクライド。相変わらずの男だ。

 相棒が俺に視線を向ける。こいつはアリサと仲が良いようだし、出来ることなら力になってやりたいのだろう。


 俺としても知らない仲ではないので、何とかしてやりたいとは思う。ただ、内乱に関わるなど、一介の冒険者には些か荷が重い。


「俺は……」


     ◇


 御者席の後ろから、きゃっきゃと楽し気な声が聞こえる。初対面に近いはずの相棒とセレステは、早くも打ち解けたようだ。

 ロディさんはアジトの後始末を済ませた後に合流する予定なので、今ここにはいない。

 そんなわけで、一人蚊帳の外に置かれたクライドが睨みつけてくるが、俺のせいではない。


 判断に迷った俺は、ひとまずテオの現状を確認してみることを提案した。

 反乱勢力が根城としているのは、王国との国境近くの山中。関所を通って王国に帰還するのなら、どの道近くを通るのだ。

 やつらは蟻の巣のような廃坑と、そこで発見された遺跡に潜伏しているらしいが、物資の補給などで近隣の街や村には何らかの情報が漏れているはず。


 テオが自らの意思で旗頭になっているのなら、やつの決断を尊重するより仕方がない。

 騙されて神輿にされていたり、監禁されて無理矢理従わされていたりするようなら……果たしてどうしたものか。

 とりあえず、アリサや姫様に報告するより他ないだろうが……


     ◇


 いい加減、刺すような視線に耐えかねた俺は、考え事を一旦中断してクライドに声をかける。


「そういえば、お前は何処まで俺たちに付き合うつもりなんだ?」


 テオの様子を確認するところまでは同行するつもりのようだが、その後。

 また『北の街』に帰るのか、それともまだセレステを追いかけるのか……


「……僕にも、その姫様を紹介して欲しい」


 清々しいまでの節操の無さに、危うく尊敬の念まで抱きそうになる。

 紹介だけならお安い御用なので、快く引き受けてやることにする。どういう結果になるかは、俺の知ったことではない。


 しかし、思えば姫様の味方も随分と増えてきたものだ。『放牧場』の遺跡で膝を抱えていたのが遥か昔のように感じる。

 いつの間にやら私兵も沢山集めていらっしゃるし、ランダルさんたち三人ももはや専属同然だ。それに加えて、アリサやセレステ、チャーリーにテレンスまでいる。

 当たり前のように姫様絡みの仕事を受けている俺も、そろそろ腹を括ったほうがいいのかもしれない。


     ◇


 そんな具合に、特に戦闘をすることもなく街道を進み、俺たちは山の麓の小さな宿場町に辿り着いた。

 ロディさん曰く、町の位置と規模からすれば、ここに反乱勢力の人間が出入りしている可能性は高い。しかし、何処にその支持者がいるのか分からない状況なので、慎重に調べを進める必要がある。


「こういうのも、何か楽しいね」


 馬車から降りる際にそう呟く相棒。もはや冒険者の仕事ではないのだが、楽しければ何でも良いらしい。


 俺たちは二手に別れて、町の調査を開始した。


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