第5話 首都
現在公国と呼ばれている国の領土は、かつて辺境の一部だった。
俺が生まれるより遥か昔、冒険心溢れる王国の王族がこの一帯を開拓し、その手柄をもって建国を許されたのだ。
建国当初こそ物資の不足に悩まされていたが、各地の遺跡から入手した技術や資源を元手に急速に国力を伸ばした。そして、今では王国と同等の国力を持つまでに至っている。
と、この程度のことは王国人であれば誰でも知っているのだが、こうして実際に訪れてみると何とも感じ入るものがある。
「……何か遺跡っぽいね」
帝国生まれの相棒がそんな感想を抱くのも当然。公国の街の多くは、遺跡跡に作られているのだ。
街道を順調に進んだ俺たちは、公国に入って最初の街に到着していた。
◇
ずっと街道沿いを進んでいたので道案内など不要だったかと思ったが、さすがは地元の人間。クライドおすすめの店の料理は中々の味だった。
腹ごなしがてら、物資の補充と情報収集のために街を歩き回る。
街の様子は落ち着いたもので、ここでも大した情報は得られないかと思いきや……
「え、内乱?」
最初に入った雑貨屋の店主の口から、いきなり物騒な言葉が飛び出す。
詳しく聞いてみると、この手の揉め事は数年置きに起きているらしく、もはや話題にもならないそうだ。
人々の興味の薄さといったら、田舎の村に帰省していたクライドの耳には届いていないほど。
「とはいえ、今回の反乱軍は割と頑張っているみたいですよ。ここまで長引くのは珍しいし、国境の検問なんてのも聞いたことがありません」
反乱軍とやらの本拠地は国境付近らしいので、そこの領主が念のため動いてみたということか。
物流にも悪影響が出るだろうし、対応するのならさっさと潰したほうが手間がかからないように思うが……
それ以上の情報はないようなので、礼を言って店を後にする。
去り際に相棒が飴か何かを貰いつつ声をかけられていたが、まぁいつもの事だ。
◇
いくつかの街を経由しつつ、俺たちは首都に向かって馬車を進める。
街に寄るたびに胡乱な目を向けられることに気づいた俺は、例のどでかい背嚢をクライドに持ってもらうことにした。
端から見れば虐待に見えるらしい。
訪れる街は、公国が間近に迫るに従って大きなものになる。
人通りも多くなってきたので、身軽になった相棒は俺の袖を掴むようになった。自ら子供じみた真似をするのは不本意だろうが、必要な措置なのだろう。
自然と距離が近づいた俺たちに対して、クライドが向ける視線の中に剣呑な色が混じり始める。
夜中に不意打ちで俺の部屋を訪ねてきたりしやがるのだか、当然やつが想像しているような事態が繰り広げられていることはない。
そんな微妙に居心地が悪い日々を過ごす内に、とうとう馬車は首都に辿り着いた。
◇
夕暮れ時の首都は、仕事帰りの人々と飯屋や飲み屋の呼び込みで溢れかえっている。この辺りは王都と変わりない。
馬車を預けた俺たちは、人混みを掻き分けてとある裏通りに向かう。
手紙に添えられていた指示書によると、この先の店でロディさんに繋ぎがつけられるらしいのだ。
大通りの喧騒が遠くに感じられるこの区域は、高級そうな食事処や酒場が立ち並んでいる。やや場違いな雰囲気に尻込みしつつも奥に進んでいく。
そして辿り着いたのは一軒の小さな酒場。飾り気はないが落ち着いた雰囲気で、実に通好みな佇まい。
俺は大きく息を吸い込んで、扉を開けた。
「親父、一番強い酒と一番美人のねえちゃんを頼む!」
場違いな合言葉を決めた誰かを恨みつつ薄暗い店内を見渡せば、呆れを含む渋い声が俺の耳に飛び込んできた。
「……何を言っているんだ、お前は」
カウンターの中でグラスを磨くのは、ロディさん本人だった。
◇
クライドの紹介は相棒に任せて、俺はとりあえず一番強い酒を呷る。
他に客がいなかったのは不幸中の幸いだったが、姫様のしょうもない悪戯のせいで大恥をかいてしまった。
挨拶が済んだところで、申し訳ないがクライドには外してもらう。何とも締まらない状況になってしまったが、ともかく仕事を進めなければならない。
預かっていた手紙を渡して、読み終わるのを待つ。
「……そうか、もう襲撃は終わったのか」
テーブルの上に手紙を放り投げたロディさんが苦笑を浮かべる。当然、この人も姫様が手ぐすねをひいて待ち構えていたのを知っていたのだろう。
「そう言えば、あの襲撃には公国も絡んでいたとか」
出立前にチャーリーから聞いた話を思い出しながら尋ねてみる。
「そうだ。一部の勢力が姫様の弟君を焚きつけたらしい。お前たちが関わった『放浪戦士団』とやらは、過去に何度もその勢力の工作活動を請け負っていたらしいぞ」
なるほど、連中は冒険者稼業だけでなく、そういった伝手からの仕事でも荒稼ぎしていたのか。
「今回の一件で、弟君から金を引っ張るつもりだったのか、あるいは何か別の思惑があったのかは不明だが……その勢力については注視する必要がありそうだ」
姫様も色々と大変そうだ。あまり深入りはしたくないので、話題を変えることにする。
「ところで、内乱については何かご存知ですか?さすがに、それは襲撃の件とは関係ないですよね」
ほぼ同時期に起こった二つの事件だが、それぞれの目的は全く別のもの。関連があると考えるのは些か飛躍が過ぎるだろう。
念のための確認に対し、ロディさんは腕を組んで唸り出す。
「ああ、襲撃とは関係ない。だが、俺たちに全く無関係とは言い切れないな……」
どういうことだろうか。一旦座り直して、続く言葉を待つ。
「まず、今回の内乱。体裁としては王家に対する謀反だが、その内実は対王国政策に関する勢力争いだ。王家のほうが穏健派で、反乱勢力のほうが強硬派だな」
隣国のことなので他人事のように考えていたが、そうも言っていられないらしい。
「王家に弓引く輩にあからさまに協力する者はいないが、強硬派の貴族は事態を引っ掻き回して勢力を伸ばしたいと考えている」
強硬派とやらがどこまでの事を考えているのかは分からない。しかし、そいつらがのさばれば、王国で暮らす俺の家族にも影響が出るだろう。
しかし、ロディさんの説明はまだ続く。
「……と、それだけなら過去の内乱と変わりがない。今回の内乱がいつもより長引いているのは、王家の血を引くという男を旗頭に立てているからだ」
……そこまでの話を聞いた俺は、まさかと思いつつも問いを口にした。
「……それが、テオですか?」
グラスの中で、氷がからんと音を立てる。
「そうだ。あいつの母親は、騎士と駆け落ちした王女らしいぞ」
◇
やつの出生の秘密を聞かされた俺は、瞑目してしばらく考え込んでから口を開く。
「それ、嘘ですよね」
やはりロディさんも同じ考えだったのか、大きな溜息をつく。
「だろうな。過去の内乱では、暗殺回避のために替え玉などの偽装工作が山程打たれていたらしい。テオの母親も、実際には侍女か何かだろう」
それはそうだろう。そんな厄介事の種が本当に転がっているのなら、両勢力とも血眼になって探し出す。そして、連れ戻すなり殺すなりするはずだ。
「当然、駆け落ちしたと目される王女は、それきり表舞台には出てきていないが、何処かでのんびり暮らしているんだろうな」
我らが姫様のように、後継ぎ争いに関わりたくない王女だったのなら、むしろ身を隠す好機と考えたのかもしれない。
と、そこまで話が進んだところで、見張りがてら表に立っていてもらったクライドの話し声が聞こえ始めた。
俺たちは鎧戸の窓を薄く開けて、外の様子を窺った。
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