第4話 再訪
なるべく目立たないように街門を潜り、街の様子を窺ってみる。
雪に閉ざされる季節が終わったせいか、以前訪れたときよりも活気があるようだ。
しかし、『放浪戦士団』に属する冒険者崩れは一人も見当たらない。まだ『密林の遺跡』で活動しているのか、逃亡したシリルから知らせを受けて撤収したのか。
どちらとも判断がつかないので、思い切ってやつらの溜まり場の酒場に向かうことにした。
◇
「……もしかして『不死身の呪術師』か?」
入口近くの席で自信なさげに首を傾げるのは、いつぞやの決闘の際に人一倍はしゃいでいたおっさんだ。
どうやら、肩のトゲで俺を認識していたらしい。
「『放浪戦士団』がいきなり解散したのは、一体どういう理由だ?」
有り難いことに、俺が聞きたい情報を先回りして教えてくれる。
しかし、撤収ではなく解散か。おそらくシリルが動いたのだろうが、何とも手際の良いことだ。
「いや、俺も少し離れていたから事情は分からない。幹部連中が何処に行ったか知ってるか?」
適当に誤魔化しつつ更なる情報を集めようとするも、周囲の人間も含めて誰も知らないらしい。
「それはそうと、そっちの嬢ちゃんを紹介してくれよ。まさか、あの棺桶に入っていたのは……」
そんな訳があるか。俺がそんな大それた魔術なんぞ使えないのは、おっさんも知っているだろう。
その後、ついでに公国の現状について尋ねてみるも、ここに屯している輩は何か起きていることすら知らなかった。
緩い規制の割に情報が出回っていないのは何とも妙な話だ。
ひとしきり世間話をした俺たちは、今夜の宿を取るべく酒場を後にした。
◇
翌朝、部屋で荷物を纏める俺たちの元に、女将が来客を知らせに来る。
この街でわざわざ俺に会いに来る人間なんて、一人しか心当たりがない。素早く作業を終えて二人して階下に降りると、そこで待っていたのは案の定クライドだった。
立ち話も何なので、朝食を摂りながらお互いの近況報告をする。
「エノーラちゃんは故郷できちんと弔ってきたよ。それで、活動を再開しようと戻って来たんだけど……」
クライドは数日前にこの街に帰って来たらしいが、『放浪戦士団』の連中がすっかり消えており戸惑っていたそうだ。
俺もセレステもばたばたしていたし、こいつの居場所も分からなかったので、手紙を出すことも出来なかった。
そんなわけで、ひとまず先の一件の顛末を話してやる。
「……そんな事になってたのか。セレステさんが無事で何よりだ」
結局、まだ諦めていないのか。あいつ、過剰な筋肉は苦手らしいのだが……
「そう言えば、お前はどうしてまたこの街に戻って来たんだ?それに、その子供は?」
さて、何と紹介したものか。改めて口にするのはどうにも気恥ずかしい。
肘で脇腹を突かれつつ言い淀んでいると、クライドが顔を顰めて嫌悪感を露わにする。
「そんな大量の荷物を持たせて……まさか報酬で奴隷でも買ったのか?」
◇
クライドに対する弁明と相棒を宥めるのに時間を取られてしまい、予定を大幅に遅れての出立となった。
今なお疑いを拭い切れないらしいクライドは、何故か俺たちに同行している。他に組む相手もおらず、暇なのだろう。
おかけで馬車を手配する羽目になったが、公国入りしてからの道案内がいるのは有り難い話だ。
御者を務める俺の後ろで、二人が話し込んでいる。
そいつも駆け出し冒険者である事は伝えたのだが、今度は冒険者の厳しさを切々と語り出す始末。どうやら、俺が言葉巧みにこの稼業に引き込んで便利に使っていると思っているらしい。
苦笑する相棒は、たぶん俺たちの中で一番強い。
遅れを取り戻すべく馬を走らせていると、右手のほうから土煙が近づいてくるのが見えた。
あれはおそらく牛型の魔獣だ。毛足の長いこの辺りの牛は、『放牧場』近辺に出没するものよりも一回り大きく、中々に手強い。
「危ないから、君はここで待っていなさい」
そう言い置いて、得物を担いだクライドが馬車から飛び降りる。
随分と舐められた相棒だが、やつの言葉に甘えて楽をしやがるつもりのようだ。俺は援護に行ってやりたいのだが……湯が沸くまでもう少し時間がかかる。
まぁあいつの頑丈さについてはよく知っているので、俺たちはどすどすと走る男の戦いぶりを見守ることにした。
◇
十匹ほどの巨牛の群れは、楔形の隊形で迫ってくる。
足を止めて迎え撃つクライドの背には、以前と同じく巨大な円筒が二本。しかし、どうやらそれらは太い鎖で繋がれているようだ。
帰郷を機に、あいつも武器を改造したらしい。
得物の片側を両手で握ったクライドは、もう一端を唐棹のように旋回させる。緩やかな回転は次第に加速し、ここまで風切り音が届くほどの竜巻となった。
「ぬおぉっ!」
野太い掛け声とともに振るわれた得物は、先頭の巨牛の足元を捉える。凄まじい勢いのそれは、四肢を枯れ枝のようにへし折るのみならず、後続の二、三頭までまとめて薙ぎ倒した。
「があぁっ!」
振り抜いた勢いそのままに、今度は縦の回転。思い切り叩き付けられた巨大な質量は、巨牛の頭部を跡形もなく粉砕する
転倒している牛どもに止めを刺す間に、駆け抜けた残りの巨牛は隊形を整えて、再度突撃の構え。
あれほどの攻撃を目の当たりにしても怯む様子を見せない。
「……凄いね」
暴れ回る大男を眺めて思わず零す相棒。
「あぁ、たしかに凄いな」
でたらめに振り回す得物が自分の身体にがんがんと当たっているのに、その巨体はびくともしない。
あんなのに巻き込まれては敵わないので、俺は沸いた湯で茶を淹れることにした。
◇
さすがに剥ぎ取りは手伝ってやろうと、俺たちはクライドの元に向かう。こいつらの肉も結構美味いので、いい手土産になると思ったのだが……
「……こいつらもか」
遠目には分からなかったが、角の間に小さな鶏冠が生えている。こいつらも茸に操られていたらしい。
クライドに尋ねてみるも、以前はこんなもの見かけなかったとのこと。
俺たちが『密林の遺跡』を開放したせいで広まってしまったのだろうか。
しかし、『北の街』で情報を集めたときにも話題に上がらなかったし、自然に広がったというのはどうも釈然としない。もしそうなら、あの遺跡近辺でもっと発見例があってもいいはずだ。
何より、胞子らしきものを大量に吸い込んだ俺にはまだ鶏冠は生えていない。
俺たちは不気味な茸を一つだけと背中の毛皮を回収し、馬車に戻った。
◇
その後も幾度かの戦闘を挟みつつ、馬車は進む。
茸が生えた魔獣との遭遇は、牛以外には一度だけ。いずれもクライドがあっさり叩き潰した。
豪快な戦いぶりに感化された相棒は、一撃の威力を高めるべく物騒な構想を練り始めている。
そうこうしている内に、いつの間にか周囲から魔獣の気配がなくなり、風に混じる魔力も減じ始めた。
辺境との間に関所などは設けられてないので判然としないが、おそらく公国に入ったのだろう。
ロディさんが滞在しているのは、公国の首都。クライドの先導に従い、街道の始点目指して移動を続けた。
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