第3話 越境

「楽しかったね、お店屋さんごっこ」


 昨日の手伝いについて、ご満悦の相棒は子供のような感想を述べる。断じてごっこではないが。


「まぁな。俺も久しぶりだったから、ちょっと楽しかった」


 まだしばらくは冒険者稼業を続けられそうだが、引退後はこいつと商売でも始めるのも悪くない……と、思ってしまった。


「帰りは温泉のほうに回るから寄れないけれど、また行こうよ」


 こいつを連れて行くかはともかく、またそのうち両親に顔を見せに行かなければならないだろう。


 実家で一夜を過ごした俺たちは翌早朝に出立し、公国との国境に近づいていた。


     ◇


 王国と公国は文化的に近しいことから、民間人の交流が盛んだ。国境には関所こそ設けられているものの、通行証の類などなくても素通り出来る。はずなのだが……


「えらく混んでいるな」


 まだ関所も見えないような位置から、長蛇の列が続いている。まだ日も高いのに、本格的な野営の準備を始めている者までいる有様だ。

 とりあえず最後尾に馬をつけて、前の商人に状況を尋ねてみる。


「私たちもよく分からないのですが、公国内で何かあったらしいんですよ。王国側から入る人間については、素性や目的を報告しないと通してもらえないんです」


 商人が妙に丁寧なのは、立派な馬のせいで俺たちを貴族の使いか何かと勘違いしたせいだろう。

 詳しく聞けば、公国側の検問が厳しくなっているのは王国との国境だけで、他国や辺境との間はいつも通りらしいとのこと。


「イネス、どうする?」


 少し判断に迷うところだ。国境が完全に閉鎖されている訳ではないので、このまま待ちさえすれば関所を通ることは出来るだろう。素性や目的についても、誤魔化すことはそう難しくない。

 ただ、問題は待ち時間。急ぐ旅ではないとはいえ、こんなところで何日も足止めを食らうのは勘弁だ。


「……辺境を通って行くか?」


 ここからなら、辺境との境界も程近い。駆け出し冒険者には少し厳しい領域を通ることになるが、俺たちの腕なら問題はないはず。


「じゃあ、冒険だね!」


 頼もしい相棒は臆する様子もない。それならば、公国に入る前にお互いの新装備の具合を試してみるのもいいだろう。


 駄賃を期待していそうな商人を無視して、馬首を返した。


     ◇


 かくして辺境入りした俺たちは、まっすぐ公国に向かわず、『北の街』を目指して馬を走らせた。

 ここまで来たのなら、ついでに『放浪戦士団』の残党たちの動向も確認しておきたいからだ。


 以前この辺りで狩りをしていた時にはまだ雪が深かったが、現在はまばらに草が茂り始めており、雪解け水によるぬかるみもない。

 時折見える瓦礫の山は、住居の遺跡の成れの果てだ。相棒は探索してみたそうにしているが、あんな所に金目の物は残っていない。


 辺境なので、当然魔獣の襲撃もある。しかし、化け物じみたこの馬の脚に敵う魔獣は、今のところ現れていない。

 馬が怯える事を懸念していたが、むしろ好戦的に向かっていこうとするのを抑えるのに苦労している。

 ……戦わせたら勝つのかも知れないが。


 そんな具合に快調に進んでいると、やがて前方上空に十羽ほどの巨鳥の群れが姿を見せた。おそらく例の怪鳥どもだろう。

 さすがに、やつらから逃げるのは厳しい。俺たちは馬を止めて迎え撃つことにした。


     ◇


「じゃあ、行ってくるよ!」


 辺境に入ってから後ろに移っていた相棒が馬からひょいと飛び降りる。

 見送る背中にはどでかい背嚢。以前持っていた物と同じに見えるが、あれがあいつの新装備だ。


 相棒は駆け出し始めこそ少し戸惑っていたが、数歩も足跡を刻めばすぐに慣れた様子で一気に加速しあ。その歩幅は、すでにやつの背丈の何倍にも広がっている。

 あの背嚢には、例の棺桶と同じく重量軽減の機構が組み込まれている。調理器具や食品保管庫などの余計な機能を取っ払ったおかげか、使用者の体重まで軽減してくれるのだ。


「……さて」


 あいつには飛び道具もあるし、風術に対する注意も事前に伝えている。特に心配はいらないだろう。

 やつが動き回るなら、俺は馬のほうを守らなければならない。鼻息荒い馬を何とか宥めて、その場で武器を抜いた。


     ◇


 怪鳥どもは、二手に分かれた獲物に対してそれぞれ二羽ずつを差し向ける。どちらかに一斉突撃をかましてくるかと思ったが、予想は外れた。

 まあ、散発的に来てくれるほうが、こちらとしては助かる。


 俺は迫り来る怪鳥に向かって、左手に持つ小型の砲を構えた。

 俺の新技に着想を得て開発されたというこの新装備は、腰の後ろの容器に蓄えておいた蒸気の圧力で鋼球を射出する、非常に格好いい武器だ。

 間に合わせで作った物のほうが見栄えが良いとは、一体どういうことか。


 射撃の腕には大して自信がないので、的の大きな翼に狙いを定めた。

 立て続けに引き金を引くと、軽い音とともに指先大の弾丸が発射される。風の壁の影響でいくらかは晒されてしまうが、既に突撃態勢に入っている怪鳥どもに躱す術はない。

 翼の骨に痛打を受けた怪鳥は、錐揉みしなからこちらに墜落してきた。


 俺はやつらの落下地点に駆け寄りながら、右手で剣を抜く。『赤い牙』ではなく、これも新装備だ。

 相棒から返してもらった剣の刀身には、銀色の葉脈のような細い管が張り巡らされている。どう考えても、『赤い牙』を組み直すより手間がかかっている代物だ。


「食らえっ!」


 片方の怪鳥の下に潜り込んだ俺は、腹を目掛けて剣を突き上げる。そして、すかさず剣の機構を起動。


 腰部の容器に蓄えられた蒸気が、接続用のの管と柄、銀色の葉脈を経て、怪鳥の腹腔に流し込まれる。丸々と太らされた怪鳥は、盛大な音を立てて破裂。俺の頭上に血と臓物の雨を降らせた。


「……」


 想像以上の威力に絶句する。今の今まで気づいていなかったが、ここまで高圧の容器を身近に置いているのは危険極まりない。


 俺はすぐさま弁を開放し、もう一匹の怪鳥の首を普通に切り落とした。


     ◇


 血みどろのまま怪鳥どもの第二陣を待ち構えるが、残りのやつらは高いところを旋回するばかりで一向に降りてこない。

 ほどなくして相棒を襲った怪鳥が片付けられたのを見届けると、一羽が先導する形で撤退して行った。

 好戦的なやつららしくない動きだ。


 足元に転がる怪鳥の首を見る。その頭頂部には、かつて『密林の遺跡』で遭遇したものと同じく鶏冠のような茸が生えている。

 こいつもあの遺跡から流れて来たのか、それとも……


「あぁ、勿体ない……」


 戻ってきた相棒は、何よりも先に獲物の肉を心配する。まぁ、俺もこいつの心配などしていなかったのでお互い様だ。


「そっちの鳥にも鶏冠が生えてたか?」


 念のために確認してみるが、やはりあちらも同じだったとのこと。

 せっかくの獲物だが、おそらく肉は口にしないほうがいいだろう。


 俺たちは手分けして羽根だけ毟り取り、移動を再開することにした。


     ◇


 怪鳥に襲われたのはその一回きりで、あとは牛型や狼型の魔獣が遠方に姿を見せるだけだった。

 身体を洗うのにかなりの時間を使ってしまったが、俺たちは概ね予定通りの時刻に『北の街』に到着した。

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