第6章 公国潜入 〜許されざる背徳者と破綻する未来〜

第1話 再始動

「ねぇ、今日のお昼ご飯は?」


 だらしなくソファに寝そべる相棒が、何処ぞ呆け老人のようなことを言い出す。

 ついさっき、俺が朝飯を作ってやったばかりなのだ。


「……外食にしようぜ」


 かく言う俺も同じ姿勢。家主が工房に篭っているのをいいことに、お互いやりたい放題だ。


 先般の襲撃を辛くも乗り越えた俺たちは、後始末を姫様とその私兵に任せ、一足先に王都へと帰還した。アレの後始末から逃げたとも言える。


 アリサは引き続き姫様の護衛の任についているが、こいつは任を解かれて俺に同行している。一応、礼儀作法などの指導は受けているようだが、元々大した仕事もしていなかったのだろう。


 何だかんだあって再会を果たした俺たちだが、姫様に挨拶もせずに旅立つわけにもいかない。

 そんなわけで、俺たちは今後のことを話し合うという名目で、しばし自堕落な日々を送っている。


     ◇


「やっぱり、こっちにいたのね」


 家主に代わって出迎えた来客はアリサ。寝そべったまま芋を齧る相棒に用事らしい。

 テーブルに移動した二人に茶と朝飯の残りを出してやると、俺も席に着くようにと促される。


「まず、先の一件の後始末は概ね完了。詳細は口に出したくないから割愛するわね」


 そんな話は俺も聞きたくないので、異論はない。


「ハリーとキーロンは拘束したままだけど、テレンスはランダルさんの監視下で姫様の手伝いをすることになったわ。あと、セレステさんも姫様の食客になるらしいわよ」


 テレンスに関しては、そんなに悪いことにならなくて良かった。この先、後ろ暗い仕事でもさせられるのかもしれないが、やつなら適任と言えるだろう。

 セレステのほうも、そこまで冒険者に拘りがあったわけでもなさそうなので良い選択だと思う。姫様に無茶振りをされることもあるかもしれないが、金払いがいいのは確実だ。


「で、あなたたち二人には敵将を捕らえた功績で褒美をくださるそうだわ。……ただ、それを渡す前に一つ仕事を頼まれて欲しいそうよ」


 結局、俺の扱いはよく分からないままだったので、褒美をいただけるのは有り難いのだが……


「その仕事っていうのは、何だ?」


 そこが問題だ。また誰かの首を持ってこいなどと言われては堪らない。褒美は惜しいが逃げ出すことも視野に入ってくる。


「手紙の配達よ。送り先は、公国にいるロディさん。こちらに呼び戻す内容らしいから、一緒に帰って来てほしいって」


 なるほど、襲撃の際にランダルさんたちと一緒にいなかったのは、公国に行っていたからか。


「そこまで急がなくていいそうだし、旅費はもちろん全部姫様持ち。ちょっと寄り道すれば温泉にも入れるわよ」


 温泉という言葉に相棒は反応するが、俺としては微妙に気が進まない。

 ロディさんの前歴は、王国所属の工作員なのだ。


     ◇


「それと……」


 仕事の魅力を熱心に語っていたアリサの口が急に重くなる。

 理由は想像に難くない。


「テオのことか?」


 俺の指摘は当たっていたようで、アリサはばつが悪そうに顔を伏せる。


「実は、最近急に手紙の返事がこなくなって……」


 話を聞くに、二人は離れた後もずっと手紙のやり取りを続けていたらしい。それが、あいつが公国入りしてしばらく経ったところで急に返事が滞り出したそうだ。


「だから、もし仕事の途中で会えたら、様子を見てきてほしいの」


 アリサが下げた頭を見ながら考える。


 ロディさんの異国での単独行動という不穏な要素はあるが、呼び戻すということはもう仕事が終わっているということ。危ないことに付き合わされることもないだろう。

 それに、あいつの様子については俺も気になるところだ。果たして父親の過去は分かったのだろうか。会えるかどうかは分からないが、片手間に情報を集めるくらいのことは構わない。


「……わかった、受ける。しかし、あいつは字が書けたんだな」


 若干重くなった空気を和らげようとした俺の冗談は、盛大に藪をつついてしまう。


「テオはきちんと返事を書いてくれるわ!それに比べて、あなたはダナちゃんに……!」


 がたりと立ち上がるアリサに、突如としていきり立った相棒が加勢する。

 親しみを込めて似顔絵まで描いてやったのに、一体何が不満なんだ……


     ◇


 ひとしきり言いたいことを言ったアリサは肩をいからせながら帰っていった。

 俺は未だ膨れる相棒を宥めつつ工房に向かう。危険が少ない仕事だとはいえ、丸腰で挑むわけにはいかない。


「おい、チャーリー。預けてあった剣は一旦返してくれ……」


 扉を開けるなり居候にあるまじき横柄な態度で呼びかけるが、その語尾は次第に萎んでいく。


「ああ、一足遅かったね」


 チャーリーが向かう作業台の上には、赤味を帯びた金属片が散らばっている。どう見ても、『赤い牙』の成れの果てだ。


「機能自体は単純なんだが、内部の機構が実に効率的で興味深かったんだよ」


 手元にあるものを全部預けて、装備の新調を頼んだのは俺だ。昨日見たときにはまだ無事だったはずなのに、どうにも間が悪い。


 文句を付けることも出来ないので、姫様の依頼の事を話して善後策を相談する。


「……なるほど。そういう事なら、それなりの装備を持って行ったほうがいいだろうね」


 どうやらこいつはロディさんの任務について何か知っているようだ。しつこく粘って事情を聞き出してみる。


「私も詳しくは聞いていないのだけど、先の襲撃には公国の一部勢力が関わっていたらしいんだよ。事前に情報を得ていた姫様は、ロディ氏を派遣して調べてもらっていたのさ」


 結局、襲撃は力技でねじ伏せたんだけどねと笑うチャーリー。

 襲撃が終わった以上、ロディさんを公国に置いておく必要もなくなったのだろう。潜入調査という形を取っていたのなら、正式な使者などではなく俺たちに手紙を託す理由も分かる。


「……まぁ、それ以上のことはロディ氏に聞くといい。とりあえず、出立までには何か用意しておくよ」


 まだ何か含みがあるような物言いだが、あまり不確かなことは話したくないようだ。


     ◇


 装備については信頼できるチャーリーに任せて、俺たち二人は旅の準備を始める。


 先の襲撃と公国との関係。姫様の弟君が秘密裏に公国勢力と結託したのか、あるいは両国挙げて姫様に攻撃を仕掛けてきたのか。

 前者の場合、公国側の利益は何だったのだろうか。後者の場合……両国の利益云々以前に大ごと過ぎて俺の考えが及ぶ所ではない。

 取り逃がしたシリルのことも気にかかる。


 色々と思うところはあるが、楽し気に荷造りをする相棒を見ていると、何だか俺も楽しくなってくる。

 辺境を通るわけでもないので、冒険というには緩い旅だ。多少の不安要素も、味付けと考えれば悪くないかもしれない。

 

 俺もそれなりに腕を上げたし、小癪なことにこいつは俺以上の腕前だ。何かあっても逃げることくらいは出来るだろう。

 さっさと行ってさっさと帰って来て、褒美とやらを貰えばいいだけの話だ。


     ◇


 そうして、俺の冒険者稼業の再始動、あるいは俺たちの初めての仕事が始まった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る