歴史の裏側で

 波打ち際を臨む天幕の下、ペンを置いて汗を拭う。

 夏が近づき、ここも随分と暑くなってきた。帝国本土に比べると大した気温ではないのだが、湿気が多いぶん過ごしづらい。


 ひょんな事から任された、専門外の遺跡調査。その進捗は芳しいとは言えないが、それなりの成果を出しているだけに帰らせてもらえない。

 特に、あの飛竜像。ほとんど無傷で回収できそうな超大型の遺物については、本国も大変注目している。


 冷えた水で喉を潤しながら、あの二人のことを思う。

 彼らがこの島で大冒険を繰り広げたのは、かれこれ一年近く前のことだ。

 帝国軍人の暴走に巻き込まれて、絶海の孤島に取り残されてしまった二人。普通の人間なら全てを諦めるような状況でも逞しく生き抜いて、おまけに高難度遺跡の探索までやってのけた。

 今も何処かで仲良く冒険しているのだろうか。


     ◇

 

 『帝国砦』から届いた報告書に目を通す。変わり映えのしない定例報告に混じって、一通気になるものを見つけた。

 表題は「秘密結社に関する調査報告書」。報告者はあの警備責任者だ。あいつ、まだそんなことを調べていたらしい。

 もしかしたら彼らの消息に関わる情報があるかもしれないと思い、最優先で目を通す。


 報告、その一。

 最近、『地獄工廠』なる工房から悪趣味な意匠の武具が出回り始めた。見た目にそぐわぬ性能を備えたそれらは、おそらく拉致したチャーリー氏に命じて製作させたものだと思われる。

 取引には複数の商会を介しているため、工房の所在地は不明。早急に調査して救出する必要がある。


 ……私は彼の趣味嗜好を知っている。どうやら金主を見つけて工房を持たせてもらったらしい。

 楽し気に物作りに励む姿が目に浮かぶようだ。


 報告、その二。

 先般の誘拐事件と前後して、各地で異様な二つ名を名乗る人物が現れ始めた。いずれも名が広まると同時に姿をくらましていることから、後ろ暗い仕事に従事していたことは確実だと思われる。

 現在、確認されているのは以下の四名。

 まず、『血染めの農民』。こちらは『帝国砦』で活動していた冒険者で、誘拐事件の直後に姿を消した。おそらく誘拐の手引きを担っていたものと思われる。

 続いて、誘拐の実行犯の『地獄の船頭』。弟子を引き連れて、精鋭の警備兵を瞬く間に打倒したことから、おそらく組織の幹部であろう。

 そして、王国近隣で暗躍している『暗殺執事』。その姿を見たものはなく、青年であるとも老爺であるとも少女であるとも言われている。王国政府にはすでに情報提供済み。

 最後に、公国近隣の辺境で活動していた『不死身の呪術師』。こちらは目撃情報多数だが、不気味な風体であること以外は詳細不明。

 死に別れた恋人を納めた棺を常に手元に置いていたことから推察するに、組織の目的は「死者蘇生」なのではないだろうか。


 ……何だ、これは。前半はともかく、後半は只の噂話を集めただけではないか。


 最後に。

 上記のとおり、辺境を中心とした広範囲で暗躍する組織の存在が確認できた。先般『羊の街』近郊で発生した大規模戦闘においても彼らの関与が疑われる。

 各地で騒乱を引き起こす彼らを仮に『地獄教団』と命名し、関係各所と連携しつつ調査を進めていく。


 ……あるといいな、そんな教団。どう考えても無駄な仕事だと思うが、まぁ私の知ったことではない。


     ◇


 下らない報告者を机の隅に追いやり、仕事を再開する。

 チャーリー君の無事だけは分かったが、果たしてあの二人はどんな成長を見せているのだろうか。


 いつか再会できることを祈りつつ、再びペンを握った。

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