第12話 思いの純度
思うがままに振るう二本の剣。窮屈な構えなどかなぐり捨てた猛攻がテレンスを一気に押し込んでいく。
当然、隙は大きい。しかし、防御の穴を埋めるように飛来する針がやつの反撃を阻害する。ここまで活躍してきた猫仮面は援護に専念するようだ。
「急に活き活きしやがって!」
皮一枚というには些か深い傷を刻まれたテレンスが毒づく。
草むらに身を隠しながら、俺たちの周りを駆け回る猫仮面。
共に戦うのは初めてのはずなのに、あいつの動きが手に取るように分かる。時折、もぐらのようにひょこりと頭を出すのは、いつも想像通りの場所だ。
俺の口角が自然と上がる。
さらに加速する剣。出鱈目に振り回すその軌跡は、何故か理想の剣筋に近づいていく。今までの稽古も無駄ではなかったらしい。
もはや、テレンスの表情に一切の緩みはない。右手の剣と左腕の防具を巧みに駆使して俺の攻撃を受け流す。
互いの意地をぶつけ合う攻防が続く。
◇
激しい打ち合いの最中、ふと気づく。
今の俺が発揮している力は、これまで死に際に捻り出してきたものとよく似ている。明らかに理に合わない、実力以上の力。
稽古でも再現しようと苦心してきたが、一度も成功しなかった。あれは命の危機に瀕したときに現れる本能のようなものと思っていたが……
死角から迫る炎を纏った拳を肘で受け止める。
今回は、単に膂力が増しているだけではない。妙に鋭敏になった感覚が、強敵相手の戦いを成立させている。
「なるほど……」
ここに来て、ようやく理解する。理外の力の源は、散々身体に取り込んできた訳の分からないものなのだろう。
しかし、それを扱う鍵となるのは、求めるものに対する思いの強さ。あるいは純度だ。
剣戟を続けながら魔力を高めていく。腹の底で渦巻く熱と混然となったそれを、切っ先の一点に集中させる。
俺の身の丈に合わせたような小さな炎。だが、熱量はテレンスの魔術に負けていない。
◇
本家には到底及ばぬ『赤い牙(笑)』。熱を持つ輝きが剣閃を追うように糸を引く。
俺が自力で隙を埋めたことで、猫仮面の援護が厚みを増す。針に加えて、地術でテレンスの足場を崩し始めた。
「くそが!」
体勢を崩しながら左手を振り上げるテレンス。もちろん事前に察知していた俺は、立ち上る火柱を飛び退いて回避する。
続けて放たれた火球を拳でぶち抜く。もちろん熱いが、熱いだけだ。今更そんなもの知ったことか。
お返しのように投じる左手の剣は、蒸気による加速のおまけ付き。テレンスは崩れた体勢のまま打ち払う。
その軌道をなぞるように右手の剣も発射する。蒸気を出せるのは左手だけじゃないぞ。
「ぐぅっ!」
さすがに意表を突いたのか、テレンスの腿の外側に一際大きな傷が刻まれる。
呻きを噛み潰したテレンスが、丸腰の俺に向かって突撃。俺はそれを両腕を広げて待ち構えた。
「うおっ?!」
テレンスの背後から折り返すように飛来する三番目の剣。俺たち二人をまとめて貫くような一撃は、直撃こそしなかったもののテレンスからこの日初めての転倒を奪う。
もちろん予見していた俺は、半身で躱すのみならず、その柄をしっかり掴んで受け止める。
……予想よりちょっと速かったが。
肝を冷やしながらも、あいつの思いを両手で握りしめる。
冒険者になって初めて手にした剣を、渾身の力を込めて振り下ろした。
◇
俺が上から押し込む形で始まった鍔迫り合いだが、それはすぐさま互角の力比べに変わる。
刃を挟んで睨み合うテレンスの顔には、かつてないほどの闘志がみなぎっている。
「……お前さんみたいなやつを見ていると、腹が立って仕方がないんだよ!」
熱い吐息に混じる呟きとともに、さらに圧力が増す。腹が立つのは、果たして誰に対してか。
「そんなもん知ったことか!」
火傷だらけに切り傷だらけの男二人が、互いの全てをぶつけ合う。
やがて形勢は逆転する。体格や技量だけでなく、意地すらもこいつには及ばない。これまで積み重ねてきた経験を思えば、至極当然のことだろう。
やはり俺ごときが敵う相手ではないのだ。
だから、俺は叫ぶ。
「行け、相棒!」
俺の視線の先で揺れる草むら。テレンスは鍔迫り合いを解きながら肘をかち上げる。
そして、振り向きざまに放たれる横一文字の薙ぎ払い。顎に罅を入れられた俺は、涙を零しながらも笑う。
……当然、お前はそんなところに留まってはいないよな。
俺の脚の間を吹き抜ける一陣の風。ピッケルを地面に突き立てた猫仮面は、小さな身体を弓のように引き絞る。
「やあっ!」
腹立つほどに可愛らしい気合とともに、天を衝くような両脚蹴りがテレンスの股間に炸裂した。
◇
俺たちを散々苦しめた強敵が、白目を向いて宙を舞う。さすがにこれは気の毒だ。
なお、角だか耳だかが掠めたせいで、俺にも僅かに被害が及んでいる。
哀れなテレンスがどさりと地に落ちると同時に、華麗な着地を決める猫仮面。
俺が非難の声を上げるより先に、仮面の下の口が開く。
「意外と何とかなるもんだね。べつにわざわざ倒す必要もなかったけど」
……おい、ちょっと待て。何だ、それは?
先の死闘を小馬鹿にするような発言に、俺の眉根が自然と寄っていく。
「姫様から指示されていたのは、イネスが死なない程度に援護することと適当な時間稼ぎだけだしね」
この期に及んで何のための時間稼ぎだろうか。逃げる時間なら十分にあったはずだし、殲滅するにしてもあの『救いの御手(笑)』があれば手管を弄する必要などないはず。
未だ寄ったままの俺の眉を見て、慌てて手を振る猫仮面。
「……それに、わたしもイネスが戦っているところを見たかったから」
咄嗟に捻り出した言い訳のようだか、そんな事を言われてしまっては仕方がない。
大きな溜息をついて追及を諦めた。
◇
戦場に吹き荒れる風は、いつの間にか止んでいた。シリルも逃げるなり倒されるなりしたのだろう。
今の戦いにハリーが割り込んでくることもなかった。どうやらあちらもアリサが何とかしてくれたようだ。
「……で、どうする?」
何やら姫様の指示を受けているらしい猫仮面に問いかける。
「うん、予定ではそろそろ……」
猫仮面が上を向くと同時に、野営地のほうから打ち上がる大きな光球。それは派手な音を響かせて、夜空に大輪の花を咲かせた。
「まずい、もう始まる!」
先の戦いでも出さなかったような、切迫した焦りの声。
どうやら姫様の次の出し物は、『救いの御手(笑)』どころではないらしい。
気絶したテレンスを縛り上げて、俺たちは野営地に急いだ。
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