第11話 戦う理由

 テレンスが右手の剣を肩に乗せ、左手を前に突き出す。軽く握られた拳に灯る炎。剣術に織り交ぜられる打撃と魔術がやつの真骨頂だ。

 さすがに稽古のときのような手加減は期待できないか。


 対する俺は、右手の剣を前に掲げる半身の構え。未だにしっくりこない構えだが、やつと打ち合うにはこうするしかない。

 肚をくくって前に踏み出す。


 初手は隙の少ない軽い突き……ではなく、身体に隠した左手から放つ魔術。低い位置から打ち出した蒸気は帯状の炎で防がれる。

 それを切り裂くテレンスの剣。俺は鍔元で受け止めて半歩後退する。


「それは知ってるぜ」


 そうだった。いつもの稽古では魔術を使うことはなかったが、道中での戦闘で手の内を晒してしまっていた。


 手のひらから放たれた高速の火球を何とか切り払う。しかし、それを追うように突進してきたテレンスの肩が、俺の鳩尾に直撃。

 無理に踏み止まらずに衝撃を逃すが、詰まった呼吸のせいで足がもつれる。


「いつもより気合は入っているようだが、それだけじゃねえか」


 追撃は呆れたような溜息。俺は歯噛みするが、言い返しようがない。

 早くも萎えかけた心に喝を入れるように、雷術を行使して突撃した。


     ◇


「なあ、お前さん。そう言えば、何で冒険者になったんだ?」


 激しい打ち合いの最中、呑気に話しかけてくるテレンス。守りを磨いてきたおかげで打ち合えてはいるが、全くの防戦一方だ。

 牽制の魔術も、きっちり出掛かりを潰されてしまっている。


「どんな夢や野望を持っているのか知らないが、身の丈に合ったところで諦めないと辛いだけだぜ」


 テレンスは勘違いしているようだが、俺にあるのは、口にするのも恥ずかしいようなちんけな意地だけだ。


 炎の目隠しから流れるように放たれる斬撃、そして追撃の蹴り。俺は防ぎきれずに、もう何度目かの土を舐める。


「これはお前さんに才能があるから言ってるんだぜ。さっさと楽になっちまえよ」


 俺越しに一体何を見ているのか、遠い目をして語り続けるテレンス。

 腹立たしいことこの上ないが、俺にやつの口を塞ぐ力はない。顔を伏せて土を握りしめる。


「どうした、もう終わりか!」


 そこに投げかけられたのは、酒焼けしたおっさんの声ではなく……


「何だ、お前!」


 戦い出してから初めて後退するテレンス。その気持ち、死ぬほどよく分かるぞ。


 颯爽と登場した猫仮面が、俺とテレンスの間に割って入る。あいつ、一人でちんぴらどもを片付けやがったのか。


「こいつは私が相手をしておくから、さっさと怪我を治して!」


 任せろと言っておきながら、情けないことこの上ない。


 項垂れる俺を尻目に猫仮面が飛翔する。前方宙返りから針の掃射。目視しにくい攻撃もテレンスは難なく躱して切り上げる。

 ピッケルと剣がかち合う音が響いた。

 

     ◇


 目の前で繰り広げられる高次元の戦いを、俺は座り込んだまま眺める。


 上体を振り子のように忙しなく動かして、テレンスの連撃を凌ぐ猫仮面。無茶な動きであるにも関わらず、足は根を張ったように揺らがない。

 かと思えば、地面を爆ぜさせて予備動作無しに飛び掛かる。鋭い攻撃にテレンスの顔が自然と引き締まる。

 反撃の魔術もだんだんと規模が大きくなってきている。


 守ってやるなどと勝手に息巻いていたが、俺はこの様だ。身の程知らずの目標に乾いた笑いが溢れそうになる。

 俺がこいつの相棒を名乗るなど、烏滸がましいにも程がある。才能溢れるこいつなら、きっと何処まででも行けるだろう。


「何かしょうもないことを考えているようだけど、元々そんな大した人間じゃないでしょう!」


 俺の内心を見透かすように叫ぶ猫仮面。容赦がないな、こいつ。


「だから、わたしは……」


 会話の隙をついて、テレンスの前蹴り。避け損なった猫仮面は大きく吹き飛ばされて膝をつく。

 テレンスが左手を天に掲げる。その手のひらの上で、赤々と燃え盛る巨大な火球。

 あれはまずい!


 未だ力が戻らない身体に鞭打って、慌てて立ち上がる。


「守らなくていい!」


 身体を張って庇おうとするも、猫仮面の制止に足を止めてしまう。


 素早く構築された土壁に大火球が衝突。全周に撒き散らされる閃光と爆風。俺は思わず目を細める。

 どうなった?!


 爆心地から随分と離れたところで、よろよろと立ち上がる猫仮面。身体のあちこちが炙られたようだが、何とか無事だ。

 ……そうか、もはや俺なんぞの助けは必要ないか。


 煤に汚れた口元を拭った猫仮面が吠える。


「守られるために腕を磨いたんじゃない!」


 その言葉は、これまで受けたなかで最も強烈な一撃だった。


     ◇

 

 何とか凌いだとはいえ、大技を食らった影響は深刻。猫仮面の動きが俄かに鈍り出す。

 元々、速度の優位で保っていた均衡だ。こうなると。技量と体格の差により露骨に形勢を傾き始める。


 ここまで腕を上げたこいつでも、テレンスには届かないのか。俺なんかが一人でどうにか出来る相手ではなかった。


 これが命をかけた死闘というならば最後まで足掻くしかないが、そうではない。あいつは知らないだろうが、降参するなり逃げるなりすればあっさり許されるだろう。

 傷だらけになって戦い続ける必要なんてないのだ。


 痛ましいほどの奮戦を前に、俺は静かに目を閉じる。

 

 ……こいつは、一体何のために腕を磨いていた?

 姫様の庇護の元で、それこそ侍女でもやって暮らす道もあっただろう。それなのに、こいつはおそらく血の滲むような努力を重ねてきた。


 瞼に映るのは、孤島で過ごした日々と何とも中途半端に交わした約束の場面。そして、まだ見ぬ遺跡で二人して冒険する、未来の光景。

 ……本当に諦めていいのか?


 なおざりな治療でも俺の怪我はすっかり治っている。一度は消えた身体の熱も、いつしか身を焦がすほどに高まっている。

 もはや立たない理由がない。


 左手で二本目の剣を抜いて走り出す。

 望んで冒険者になったわけでもないし、夢や野望などという上等なものを持たない俺にはここで踏ん張る理由などない。

 しかし、あいつが戦う様を指を咥えて眺めているなんて、どうにも自分が許せそうにない。


「おらぁっ!」


 テレンスの教えなど何処かへ放り投げた、勢いだけの十字切り。何とも雑な一撃だが、気迫に押されたテレンスは堪らず大きく距離を取る。


「ようやくお戻りか!……しかし、俺に敵わないのはもう分かっているだろう?」


 ああ、分かっている。気合いを入れたところで、駆け出しで凡才の俺にどうにか出来るわけがないのだ。

 だから……


「遅い!」


 文句を垂れながらも、当たり前のように俺の隣に並び立つ猫仮面。

 卑怯で結構、ここからは二人掛かりでやらせてもらうぞ。

 

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