第10話 とびきりおかしなやつ

 緩慢な動きで両翼を押し上げるちんぴらの軍勢。統率は取れているようだが、所詮は烏合の衆だ。

 大人しく包囲されてやるつもりなんてさらさらないので、ある程度距離が詰まったところから斜めに進路を変える。


 やつらも俺の動きに対応して陣形の向きを変えようとするが、斜面を下る勢いに乗る俺のほうが速い。

 横陣の側面に回り込んだ時点で、ちんぴらどもは陣形変更を諦めた。近い者から順に、得物を掲げて突っ込んでくる。


 振り下ろされる汚れた刃。足一つ分後退してやり過ごし、すかさず踏み込む。アリサに倣って内腿に向けて剣を振るえば、魔獣相手とはまた違った手応えが伝わってくる。

 気持ちのいいものではないが、そこまでの心理的抵抗は感じない。命を奪うとなればまた違うのだろうが、力量差があるので今は考慮しなくていい。


 後退しつつ、順番にちんぴらどもを相手取る。ここまではいい流れだ。さすがに全員倒すのは体力が持たないだろうが、このままいけるところまで削ってやる。


 十人ほどのちんぴらを切り伏せたとき、突如として戦場に吹き荒れる寒風。正面からまともに受けた俺は、思わず体勢を崩してしまう。

 ……ここでシリルの援護か!


 地に手と膝をついたまま顔を上げれば、追い風を背に受けたちんぴらが真っしぐらに俺に向かってくるのが見える。転びそうなものだが、どういう理屈かやつらの不利にはなっていないらしい。

 これはちょっとまずいぞ。


 剣を杖にして何とか立ち上がるが、今度は後頭部を襲う衝撃。伏兵の気配などなかったはず。俺は堪らず地に突き倒される。

 素早くごろりと身体を転がして空を見上げれば、月光を遮る小さな人影。

 何だ、あいつ?!


 正体を見極めるべく目を凝らせば、それは上下逆さまでスカートを翻す小柄な侍女。裾から覗く白い脚が戦場に不釣り合いな艶めかしさを醸す。


「ぎゃあっ!」


 ちんぴらどもの悲鳴。踊りの振り付けのように振るわれる侍女の両腕。袖口から針のようなものを射出して攻撃しているらしい。

 どうやら味方のようだが……姫様お抱えの『暗殺執事』とやらの弟子か何かか?


 空中で身体の向きを変えた正体不明の援軍と、夜空を見上げる俺の視線が交錯する。

 くりくり巻き毛の頭に、顔の上半分を覆う白い仮面。見るものの不安を誘うような目鼻の配置に、額には角のような突起。小鬼……いや、鼻の左右に三本髭が描かれているところを見ると、あれで猫のつもりか?


 ……とびきりおかしなやつが来た!


     ◇


 くるりと地に降り立った暫定猫仮面は、小さなピッケルを両手に走り出す。這うような低い姿勢で振るわれる得物は、ちんぴらどもの急所を的確に捉えていく。

 とんでもない身のこなしだ。


 荒れ狂う暴風に乗って舞う猫仮面。訳の分からない格好はさておき、その戦いぶりは見事の一言。

 茫然とする俺に向かって投げかけられる、懐かしい声。


「何を見惚れているんだよ!」


 ……さすがに声を聞けば分かる。緩みそうな口元を無理やり引き締めて悪態をつく。


「……呆れているだけだ!それに、わざわざ頭を踏み台にしなくてもいいだろうが」


「だって、肩にとげが生えてるから!」


 あぁ、確かにそうだったな。


 馬鹿馬鹿しいやり取りの間に、ちんぴらどもの軍勢は三分の一ほど数を減らしている。

 腕を磨いているだろうとは思っていたが、ここまで仕上がっているとは想定していなかった。何やら見覚えのある剣まで背負っていやがるし、一体どんな生活をしてたんだか。


 乱戦の合間を縫って、二本のピッケルが地に突き立てられる。魔力の爆発とともに大地がめくれ上がり、瞬く間に渦巻く寒風の中心まで二本の畝が出来上がる。

 ……全く、魔術の腕まで俺以上だとは。


「こっちは任せて、イネスは大将のところに行って!」


 そろそろ一旦引くぞ、と声をかけようとしたところに下される無茶な命令。本気で敵将を打つつもりなのかよ。俺ごときに何を期待していやがる。

 ……しかし、その期待が何とも心地良い。


「任せろ、猫仮面!」


     ◇

 

 草原に作られた花道を一気に駆け抜ける。積み上がった土のおかげで風の影響はない。

 本陣に僅かに残っていたちんぴらを片付ければ、とうとうテレンスと一対一の状況が出来上がった。

 渦巻く風の中心の無風地帯で向かい合う。


「派手にやってくれたな」


 派手にやったのは俺ではないが、まぁ俺のせいではあるだろう。

 この期に及んでも、なお楽し気に笑うテレンス。色々と言ってやりたいことはあるのだが……


「キーロンの野郎のことを気にしてるのか?あいつらはまだ今の状況を知らないぜ。こっちから伝令も出してねえし、やつら自前の偵察要員も配置していやがらないからな」


 あまり時間はかけられないと思っていたところに、意外なことを言い出すテレンス。

 どういうつもりだ?それでは最初から襲撃を成功させるつもりがなかったような……


「過去のしがらみで断らなかっただけで、シリルとハリーはともかく俺は乗り気じゃなかったんだよ。お前さんが滅茶苦茶にやらかしてくれたおかげで、失敗の責任はキーロンに擦りつけられそうだ」


 なるほど、俺を幹部連中から引き離したのはキーロンの指示だ。仕事の報酬はどうなるか分からないが、それで一応テレンスたちの面目は立つのだろう。


「以上を踏まえて、どうする?ここで退くなら追わねえし、何ならお前さんは死んだことにしてやっても構わないぜ」


 この話を受ければ万事解決だ。ちんぴらどもはほぼ壊滅。テレンスにやる気がないのなら、キーロンがどう動いたとしても、もはや襲撃の失敗は確実。

 しかし……


「……姫様はあんたの首をご所望なんだ」


 結局のところ、俺がしたことは襲撃の寸前に姫様に連絡しただけで、今となってはそれすらも意味があったのか怪しい。せめて、首謀者を押さえる程度の手柄は上げておかねば格好がつかない。


 それに、俺としても最後までこいつの言いなりになるのは癪に障る。何より、今は一戦交えずに逃げ帰るような気分ではないのだ。


「それはくれてやるわけにはいかねえな!」


 鬱憤ばらしか、つまらない見栄か。あるいは自己満足か。

 もはや戦況とは関係がない最後の戦いが幕を上げた。

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