第9話 混沌の戦場

 炎の壁を迂回して草むらに身を潜める。丘に目を向ければ、第一陣のちんぴらどもがゆっくりと丘を下ってくるのが見えた。

 ハリーは手元に数名残して頂上に陣取ったまま待機する様子。

 ……そう言えば、敵将の首ってどいつのを狙えばいいのだろうか。


 背後ではランダルさんが指示を出して布陣を始めている。物陰に隠れて、ぎりぎりまで兵を伏せておくようだ。


 俺も丘の側面に回り込むべく静かに移動を開始したところで、突如炎の壁が割れる。


「外道ども、貴様らの企みはすでに知れているぞ!」


 芝居掛かった仕草で吼える黄金の騎士。どうやら陽動役を買って出てくれたらしい。すっかり嫌われてしまったかと思ったが、有り難いことだ。


「イネス、何こそこそしてるの!貴方も正々堂々正面から突っ込みなさい」


 ……騎士っぽい格好をしているせいで、おかしな乗りになっているだけらしい。

 その鎧、随分気に入っているようだが、何で出来ているのか俺には心当たりがあるぞ。


 こうなっては仕方がない。俺も身を晒して突撃を開始した。


     ◇


 丘を駆け下りるちんぴらども。足並みは揃っておらず、自然と縦長の隊形になる。

 突撃する俺を追い越してゆくアリサ。露払いまでやってくれるらしい。


「やぁっ!」


 勇ましい掛け声とともに剣が舞う。あの短剣は相手の武器を受け止めただけでも凶悪な効果を発揮するようで、ちんぴらどもは面白いように斜面に転倒していく。

 いちいち止めは刺さずに内腿を切りつけるのみ。俺には一切容赦がなかったくせに、どういうことだ。


 怯んだちんぴらどもは、俺たちを避けて左右に分かれて野営地に向かう。あちらはランダルさんたちが両翼を固めているから心配ないが……

 振り返った俺は、思わずぎょっとする。


「あの人、何考えてるんだ!」


 炎の壁を背に立つ姫様。何やらご大層な杖まで持ち出して、自ら戦うつもりかよ!


「心配ないわ。今の姫様は強いわよ」


 自信満々に言われても、すんなりと納得できるわけがない。足を緩めた俺は、固唾を呑んで事の成り行きを見守った。


     ◇


 優雅に構えられる長大な杖。その柄には遠目に見ても分かるほど荘厳な装飾が施されている。

 そんなものが気にならないほどに異様な存在感を放つ先端部。透き通る黄金色のどでかい手のひら。無駄に神々しい輝きのせいで、どう評価していいのか判断に迷う。


「さぁ、来なさい」


 接敵を目前にして、どでかい手のひらはどでかい拳を形作る。


「えいっ!」


 可愛らしい声とともに、ゆるゆると振るわれる巨拳。当惑して足を止めたちんぴらの腕に直撃し……爆発した。

 何だ、あれ!爆風で吹き飛ばしたんじゃなく、人体そのものが爆発したぞ。


 慌てて距離を取るちんぴらども。姫様は彼らを追わずに杖を上下に回転させた。

 巨拳が開き、草の根ごと土を掴み取る。


「それっ!」


 ばら撒かれる土は赤く輝いており、まるで溶岩のよう。ちんぴらどもの頭の上から降り注ぎ、亡者がのた打つ地獄のような光景が作られる。


「……」


 言葉も出ない。しばらく見ないうちに、みんなおかしな事になっていやがる。

 守りに関しては障壁の魔術具があるだろうし、心配ないだろうが……


「凄いでしょ?あれが試作型人造神器、その名も『救いの御手』よ!」


 ……たしかに凄い。誰一人として救っていないが。


     ◇


 そうこうしているうちに俺たちは丘の頂上に近づく。


「やっぱり裏切りやがったか!」


 今更のように叫ぶハリー。怒り狂ってはいるが、こちらには向かってこない。隣の丘に移動して、そこから射かけてくるつもりのようだ。


「あいつは私が受け持つわ!」


 たしかに足の速いアリサに追ってもらったほうがいいだろう。アリサなら距離さえ詰めれば勝てるはずだ。しかし、そうなると……


「……シリルは?」


 改めて周囲に気を配ると、少し遠くの丘のほうで強烈な魔力が荒れ狂っているのを感じた。そちらに目をやれば、野営地との間で巨大な火球や氷塊が飛び交うど派手な魔術合戦が始まっている。

 姫様とセレステの二人が、やつとやり合っているらしい。さすがに俺があそこに参戦するのは無謀だろう。


 キーロンの部隊については、現在位置が不明。となると、俺が敵将を狙うというのならば、テレンスを狙うしかない。

 第一陣に倍する人数のちんぴらに加えて、模擬戦ではまるで勝負にならなかった強敵。

 ……まぁ無理だな。


 朧月を見上げて大きく息を吐く。


 アリサの援護に回ってもいいし、何ならここで引いても姫様は怒らないだろう……たぶん。あれだけ準備万端だったのだ。ここで俺が頑張ったところで状況は変わらないに違いない。

 だが……あのもじゃもじゃはどう思うだろうか。


 先日来の鬱屈した気持ちは、見知った顔の訳の分からない活躍ですっかり影を潜めた。最近妙に増えた血の気や筋肉のだるさは、いつしか身を焦がす熱に変わっている。

 ……再会前に一つ武勇伝を作るのも悪くない。


「……やるか」


 師匠越えは叶わなくても、一泡吹かせるくらいなら何とか出来るかもしれない。

 何故か俺に親近感を抱く、やさぐれた男。どうせやつともこれで縁切りなのだ。最後に好き勝手やってやる。


 何とも雑な決意を固めて、俺は丘の頂上に向かう。


     ◇


 第二陣はこちらに攻め寄せては来ず、丘の合間の平地で待ち構えている。当然、開戦には気づいているだろうが、高低差を嫌ってあそこで迎撃する狙いのようだ。

 混戦に持ち込むのは些か厳しいか。


「悪いな、テレンス!」


 俺は丘の頂上に仁王立ちして大声で叫ぶ。挑発のつもりだったが、やつらに動揺は生じない。


「こうなるんじゃないかと思ってたぜ!……で、これからどうするんだ?」


 テレンスの楽し気な声が響く。


 ……さて、どうする?適当にちんぴらどもの相手をした後、やつらを引き連れて戦場を離脱しようと思ったのだが、そう上手くはいきそうにない。


「来ないんなら、こっちから行くぜ!」


 テレンスが剣を掲げると、第一陣よりは多少質が良さそうなちんぴらどもが左右に長く展開する。正面と左右の三つに分かれて構成される小部隊。

 やたらと統制が取れていやがる。


「……知ったことか!」


 やると決めたのだ。柄頭でこつんと額を叩き、俺は丘の斜面を駆け下りる。





 

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