第7話 夜襲

 窓から見える少し欠けた月。俺はベッドに身を横たえたままぼうっと眺める。

 とうに毒は抜けたし、怪我の治療も終わった。とりあえず出立の準備は済ませたが、それ以外に何もする気が起きない。


 申し訳程度の足枷などすぐにでも破壊できる。しかし、そのあとどうするのか。未だ考えはまとまっていない。

 物語の騎士のように命を捨てても姫様を守るほどの正義感はないし、かと言って見知った相手に躊躇いなく剣を向けるほど割り切ることもできないのだ。


 ノックもなしに開いた扉の音が、ぐるぐると巡る思考を中断させる。にやにやと笑うちんぴら二人。出立の時間らしい。

 ちんぴらどもの中でも特に程度が低そうなこいつらなら俺一人でも……と考えたところで自嘲の笑みを浮かべる。どうせそんな事をするほどの覚悟もないのだ。


 薄汚れた男に担がれるのは勘弁なので、大人しく立ち上がった。


     ◇


 ちんぴらどもに囲まれたまま狭い馬車に押し込まれる。こちらを見てこそこそと内緒話をしているところを見ると、どうやら俺の状況については聞かされているらしい。

 相手をしても詮無き事なので、寝たふりをしてやり過ごす。


 汗臭い馬車に揺られることしばし。破れた幌の隙間から柔らかい朝日が差し込み始めたころ、一団は小さな農村に辿り着いた。

 ここからは街道を外れて徒歩で襲撃地点に向かうのだろう。


 テレンスたちが農民相手に何やら恫喝めいた交渉をしている間に、足枷を外されたので馬車から降りて身体を伸ばす。

 少し離れたところに停められた馬車からセレステが降りてくるのが見えた。咎める人間もいないので、重い気持ちを引きずりながら歩み寄る。


「……あら。結構な怪我を負ったと聞いたけど、もう大丈夫なのね」


 弱々しく笑うセレステ。随分くたびれているようだが、無事ではあるようだ。


「ああ、問題ない。それより俺のせいで済まなかった」


 深々と下げた俺の頭が、豊満な胸で抱きしめられる。


「あなたが謝ることじゃないでしょう。それに……あなたが心配しているような事はされてないわよ」


 シリルに捕まった直後にはちんぴらどもに群がられたらしいが、テレンスが一喝して追い払ってくれたらしい。

 いまいちあいつの考えが分からないが……本気で俺たちを仲間候補として看做しているということだろうか。


「随分と責任を感じているようだけど、こうなったら仕方ないわ。なるようになるわよ」


 セレステが戯けたように肩を竦めて慰めてくれるが、今は優しい言葉のほうが鋭く突き刺さる。


     ◇


 少しの休憩を挟んだのち、襲撃者の一行は懐かしの『放牧場』に向けて出発した。これだけの大人数なので、羊どもが寄って来ることもない。

 ちんぴらどもに囲まれているのは相変わらずだが、もう足枷はつけられていない。見通しの良い草原で果たして追手を撒けるだろうか。

 ……それともそろそろ諦める覚悟を固めるべきだろうか。


 春の草原が夕焼け色に変わるころ、大きな丘の陰に設営された陣地に辿り着いた。似たような丘が並んでいるので定かではないが、予定の襲撃地点の近くなのだろう。

 テレンスの話の通り、いつの間にかちんぴらどもの数が百ほどまで増えている。少し離れたところで輪になっている毛色の違う一団は、キーロンの手の者たちか。

 後ろ暗い仕事をするのは同じだが、馴れ合うつもりはないのだろう。


     ◇


 粗末な食事を掻き込んだ後は作戦会議。集めたちんぴらども前にテレンスが立つ。

 俺たち二人はシリルとハリーに挟まれてその背後に控える。監視と特別扱いの両方だろう。


「よし、事前に話していた通り、襲撃は今夜だ。いい具合に雲が出てきたから、問題なく奇襲が決まるだろう」


 テレンスの言葉に夜空を見上げると、昼間にはなかった薄雲が月の光を遮りつつある。


「第一陣はハリーが率いる。第二陣は俺。シリルは離れた位置から全体の援護だ。キーロンの旦那たちには後詰として控えてもらう」


 これだけ人数がいるのに多方向から攻めないのか、と疑問に思うも、割り振られた人員の構成を見て納得する。

 ハリー率いる第一陣は質の低いちんぴらばかりが三十人。おそらくは捨て駒だ。督戦役の矢が背後から狙うことで無理にでも戦わせるのだろう。何なら敵もろとも撃つつもりなのかもしれない。

 テレンスが手元に大人数を残すのは、キーロンを警戒してのこと。その後のことを考えると、油断すれば証拠隠滅と罪を擦り付けるために襲われるかもしれないからだ。


 俺たち二人は第二陣に加わってテレンスの傍に配置されることになった。捨て駒にされずには済んだが、見知った相手が襲われる様を直視しなければならない。

 ……そのとき、俺はどうするのだろうか。気づかぬうちに握り締めていた拳をじっと見つめた。


     ◇

 

 俺が情けなく悩んでいようが、襲撃の準備は容赦なく完了する。キーロンたちを陣地に残して『放浪戦士団』は進発した。


 朧月にぼんやりと照らされるのは見覚えのある風景。テオやアリサと駆け回っていたのはちょうど一年ほど前だ。

 勢いに任せて始めた冒険者稼業とはいえ、あの頃の俺は不平を漏らしながらも楽しんでいた。

 今は無駄に力強い青草を引きちぎりながら無言で歩みを進めるのみ。


 やがて一行は小高い丘の頂上に辿り着く。一つ先の丘の向こうから僅かに篝火の明かりが見える。ランダルさんたちと使ったあの野営地の場所だ。


「よし、ハリーはこのまま第一陣を連れて先行しろ。俺たち第二陣は騒ぎが起こってから進軍する」


 テレンスの指示に従って、下卑た笑みを浮かべるちんぴらどもが移動していく。俺は黙ってその背を見送るのみ。


     ◇


「待て」


 ちんぴらどもが向こうの丘の麓に差し掛かるころ、背後から含み笑いの声がかかる。

 何故かこちらに合流してきたキーロンだ。


「そいつは真っ先に突っ込ませろと言ったはずだが?」


 作戦とは関係なしに、混戦のうちにとりあえず俺を殺しておく肚か。


「しかし、こいつは病み上がりですぜ」


 テレンスが庇ってくれるが、悪趣味なキーロンは一向に引き下がらない。


「だからいいんだろう。身内を殺すも身内に殺されるのも、どちらにしても一興だ」


 にやにやと笑うキーロンと苦虫を噛み潰したような表情のテレンス。二人の視線を受けて、俺は背嚢を地面に叩きつけた。


「……くそが。やってやるよ、何もかも知ったことか!」


 自棄糞じみた叫びの内心で大いにほくそ笑む。

 ……馬鹿が、最後の最後で下手を打ちやがったぞ。

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