第5話 脱出計画

 話し合いの結果、俺が街の地形や状況を調べて、セレステが『放浪戦士団』の人間から情報を集めることになった。


 翌日から俺は散歩を装って街の中を歩き回り、セレステは普段通りのように飯だの酒だのをたかりに行く。

 それぞれ、嫌々ながらも仕事を受けるような態度をとってみているが、果たしてどこまで上手く誤魔化せているだろうか。


 念のため、セレステと二人きりにはならないようにしている。気休めかもしれないが、企みが露見する可能性を少しでも抑えるためだ。


 とはいえ、何処かで情報交換をしなければならない。三日目の深夜にセレステの居室に忍び込む。階下の人間には気づかれただろうが、まぁ夜這いと思われるだろう。


     ◇


「あら、いらっしゃい」


 シーツに身を包んだセレステが寝転んだままひらひらと手を振る。


「相変わらずだな」


 まぁ平常心なら何よりだ。隣を空けて手招きする妖精を無視して椅子に腰掛ける。

 顎をしゃくって話を促すと、セレステはため息一つついて身を起こした。


「私のほうは色々情報が集まったわよ。襲撃の日時と場所、人員の配置、その他諸々ね」


 襲撃は五日後の夜。場所は『羊の街』付近で最近見つかった遺跡のすぐ傍。おそらく、以前俺たちが使った野営地のことだろう。

 人員の配置としては『放浪戦士団』が主体で襲撃を行い、キーロンの手の者は後詰めとして控えるらしい。

 現在、ちんぴらどもを使って襲撃地点の近くに陣地を構築しているとのこと。人数が増え過ぎたちんぴらどもを収容する意味もあるのだろう。キーロン達も人目を避けるためにそちらで期日を待つのだそうだ。


「凄いな、いい仕事だ」


 姫様の正確な居場所が判明したことが大きい。逃げたあとに姫様を探す手間が省けた。


「そっちはどうなのよ」


 セレステの問いかけに、俺は唸り声を上げる。


「こっちも大体街の様子は分かった。ただ、どうにも夜間の警戒が緩過ぎる」


 俺たちに対する監視と言えるのは、同じ宿に泊まっているちんぴら数名のみ。日中に出かければ下手くそな尾行でついてくるが、夜間は宿の玄関付近に陣取って飲んだくれていやがる。

 懸念していたような、俺たちには伏せておいた人員による監視は見当たらなかった。


 街の出入口は二つだけ。昼間は王国軍の下っ端兵士が一人ずつ立っているが、夜は門を閉ざすので見張りすらいない。

 門の周辺は開けており、大人数を忍ばせておけるような場所は皆無。せいぜい数人が限度だろう。強行突破も難しくない状況だ。

 幹部連中が出てくればその限りではないのだが……やつらは街の中心部にある宿に引き篭もってほとんど出てこない。門で騒ぎを起こしたとして、すぐに駆けつけられるのか微妙なところ。


 俺の話を聞いたセレステも悩み込む。


「逃げても構わない……ってことかしらね」


 状況からすると、そうとしか思えない。

 あれだけ人員を揃えたのだ。多少の戦力が抜けても影響は小さい。密告の危険性に関しては、もし周辺の官憲を抑えているのなら気にする必要はないと考えているのかもしれない。

 俺が直接姫様に話を通せる伝手を持っていることは知られていないのだ。


「……分からん。分からんが、日時まではっきりした以上、動くしかないか」


 この街を離れてから動くという手もあるものの、時間的に厳しい上に状況は未知数だ。


 現状の情報を元に逃亡の計画を立てる。決行は明後日の夜。少し楽観的な気もするが、やるしかない。


     ◇


 決行当日の夜、俺は自室の窓の鎧戸を薄く開けて周囲の様子を窺う。


 街一番の酒場のほうから、ちんぴらどものだみ声が聞こえてくる。何人かはこの宿に残っているだろうが、大部分はあちらに行ったはず。


 作戦はいたって古典的な陽動。セレステがあの酒場で騒ぎを起こし、その隙に俺が宿を抜け出す。そして、厩舎で馬を奪って火を放ち、混乱に乗じてセレステも姿をくらますという寸法だ。

 その後、街の外で合流できれば良し。できなければ別々に逃げる。セレステには姫様宛の手紙を預けてあるので、最悪俺は捕らえられても何とかなるだろう。


 正直、小細工なしに夜陰に紛れて逃げるというのもありだ。しかし、どうせ翌朝には確実に露見する。それなら追跡を封じたうえで襲撃準備を乱しておきたいと考えたのだ。


 やがて、ちんぴらどもの声に怒号が混じり出した。風術で声を拾ってみると、どうやらセレステとの一夜を巡って殺し合いじみた喧嘩大会が開催されているらしい。

 ……そんなに凄いのか、あいつ。さすがに興味が湧いてきたぞ。


 盛大に物が破壊される音まで届き始めたところで行動を開始する。鼻血を拭って宿の外壁に張り付いた。


     ◇


 真っ暗な路地に降り立つ。風術で周囲の気配を探るが、人気は全くない。ここ数日、柄の悪い男どもが闊歩しているせいか、住民たちは夜も浅いうちから自宅に引き篭もっているのだ。

 覚えておいた道順に沿って門のほうにじりじりと近づいていく。


 聞こえるのは例の喧嘩大会の喧騒のみ。あれだけ盛り上がっていれば、セレステが抜け出すのも容易だろう。

 幸いなことに今日は満月で、明かりを灯す必要もない。不用意に姿を晒さないように注意する必要はあるが、ランタン代わりの腰の髑髏を光らせるよりはましだろう。


     ◇


 民家の壁に背をつけて先の様子を窺う。門前のささやかな広場の端には、数台の馬車が止められており、その向こう側には目当ての厩舎がある。


 ここに来るまで誰にも出くわしていない。普段なら酔っ払ったちんぴらが一人二人は歩いていてもおかしくないのだが……みんな喧嘩大会に参戦しているのか?

 奇妙な順調さに不安を覚えるが、あまり時間をかけるとあちらの騒ぎが収まってしまうだろう。


 意を決して広場に飛び出し、馬車の陰に身を隠した。


     ◇


 馬車伝いにこそこそと移動して、厩舎の中に滑り込む。ずらりと並ぶ馬房を占領するのは、ほとんどが『放浪戦士団』の持ち馬だ。

 起こさぬように注意しながら、奥に向かって歩いていく。


 事前に確認していた通り、最奥には飼い葉だの寝藁だのの置き場がある。冬の間に備蓄はかなり目減りしているようだが、厩舎を焼き尽くすには十分な量だ。


 馬たちには可哀想なことだが、勘弁してもらうしかない。心の中で詫びを言いつつ右手の指先に火を灯すと、闇の中にぼんやりと俺の姿が浮かび上がる。


「ご苦労なことだな」


 突然響いた低い声に振り返るより先に、手のひらに激痛と衝撃。呻きを堪えてそちらに目をやれば、黒塗りの短い矢がグローブを貫いて風穴を開けている。

 矢を抜きつつ引きつった笑みを浮かべた。


「……あんたはセレステに興味ないのか?」


 月光を背に厩舎の入口に立つハリーに向けて、痩せ我慢の憎まれ口。

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