第4話 予想以上の大仕事

 幾日かの旅路を経て、馬車の一団は少し大きめの拠点に辿り着く。ここより先はもう王国の勢力圏のはず。いくつかの農村を通り過ぎた向こう側は、懐かしの『羊の街』だ。


 道中の馬車では何も起こらなかった。周辺の警戒はちんぴらどもが請け負ったので、俺は一度も戦闘をしていない。

 やつらの戦いっぷりは中々のものだった。魔獣の相手に慣れているというより、暴力の扱いに慣れ親しんでいるといった様子で頼りにしても良さそうだ。

 ……矛先がこちらに向かなければ。


 宿に着いて手分けして荷下ろしをしていると、俺たち二人だけがテレンスさんに呼ばれる。


「依頼主に会いに行くぞ。付いて来い」


 宿の一室に向かうのかと思いきや、テレンスさんの爪先は街の外に向く。

 ……きな臭い事この上ない。


     ◇


 丘一つ越えて街が見えなくなった頃、先を歩いていたテレンスさんが俺たちのほうに振り返った。


「随分気になっているみたいだから、先に話しておくか」


 ようやくか。セレステと顔を見合わせて身構える。


「今回の仕事は、貴族のご令嬢の拉致だ。何を考えているのか、辺境にしゃしゃり出てきて冒険者の真似事をしているそうだ」


 ……そう来たか。思わず瞑目する。

 どこかの勢力を出し抜いて遺跡の盗掘でもするのかと考えていたが、甘かった。


「護衛は私兵が数名程度。さらに何やら貴重な魔術具まで持ち出しているらしい。実に美味しい獲物だ」


 仕事の魅力の説明が続くが、全く頭に入らない。

 仕事内容の不穏さもあるが、何よりその獲物に心当たりがあり過ぎる。護衛の私兵とやらも間違いなく顔見知りだろう。


「仕事が終わった後のことを考えているようだが、そっちも心配いらないぜ。依頼主というのはそのご令嬢の家の次期当主だ」


 最悪だ。それでは王国の官憲に頼ることも出来そうにない。

 なおも表情を硬くする俺の肩にテレンスさんが手を乗せようとして……やっぱり二の腕を掴む。とげが生えてるからな。


「あいつらはともかく、お前さんらを捨て駒にするつもりはないぞ。当分遊んで暮らせるだけの報酬は約束してやるから……断るなんて言わないよな」


 二の腕がぎりぎりと締め付けられる。

 ……くそ。汚れ仕事に付き合わせて、なし崩しで仲間に引き込む肚づもりだったのか。


 俺は品行方正というわけでもないが、そこまでの荒事をやらかすつもりはない。逃げ一択だ。何とか先回りして姫様に伝えなければならない。

 今なら相手はテレンス一人。セレステと二人なら倒せるだろうか。それとも、詳しい計画を聞き出すまで待つべきだろうか。


 そんな逡巡をしているうちに隣の丘に二人の人影が現れた。シリルとハリーだろう。少なくとも今は動けないか。


「まぁ、お前さんには期待しているんだ。裏切ってくれるなよ」


 にやりと笑うテレンスに、ひとまず大人しく従って移動を再開した。


     ◇


 隣の丘の上に辿り着くと、シリルとハリーの他に三人の騎士が立っていた。先ほどは見えなかったが、こいつらが依頼主の手の者なのだろう。さすがにこんな後ろ暗い仕事で弟君自ら動くことはないか。

 そいつらの面を拝んだ俺は、素早くフードを被って顔を伏せる。


 中央に立つ騎士は、因縁の相手……と向こうが勝手に思い込んでいるキーロンだ。とうに闇に葬られたと思っていたが、どういうわけか姫様の弟に拾われたらしい。


「そいつらが貴様らの精鋭か……まぁいい。それでどのくらいの人数が集まった?」


 相変わらずの横柄な態度。テレンスもここでは低姿勢で応じる。


「現状で約五十名。作戦開始までには百名になる見通しです」


 まだ増えやがるのかと呆れるが、それでもキーロンには不満らしい。


「聞いていたより少ないぞ。こちらでも正規軍から三十人ほど引き抜いて来たので何とかなるとは思うが……」


 いくらなんでもやりすぎだろう。どれだけ逆恨みしてやがるんだ。数名の護衛では応戦はおろか、逃げることもままならない。


 その後の打ち合わせを聞き漏らさないようにする一方で、必死で頭を巡らせる。世話になった姫様のこともあるが……襲撃の際にあいつが一緒にいるかもしれないのだ。


     ◇


 俺たち二人は一言も発することなく、打ち合わせは終了した。幸い、キーロンが俺に気づいた様子はない。三人の幹部に囲まれて街まで引き返す。


「思うところはあるだろうが、まぁこういう事だ。利口なお前さんは軽率な真似なんてしないと信じてるぜ」


 宿の前で最後に釘を刺して、三人はどこかへ去っていった。


 監視が張り付いている様子はないが、まだ気を抜くわけにはいかない。俺の知らない人員がどこかで見ているかもしれないのだ。

 セレステに手で合図を出し、無言で自室に戻る。


     ◇


 扉を閉じたところで大きく息を吐き、ようやく緊張を解く。


「……まさか受けないわよね?せっかく懐が温まってきたのにお尋ね者になるのは勘弁だわ」


 片眉を上げるセレステ。すっかり失念していたが、こいつが敵に回る可能性もあったのか。


「俺も勘弁だ。それに……狙われてるのは間違いなく知り合いだ」


 俺が姫様のことを手短に説明すると、セレステがにやにやと嫌らしく笑い始めた。


「妙に身持ちが堅いと思ってたけど、そのご令嬢が待たせてる人なのね」


 その予想は大外れだが、弁明するのも面倒なので曖昧に笑って誤魔化しておく。まぁ、片手間に無事を祈るぐらいはしてくださっている、と思う。


「それはどうでもいい。それより、これからどうするかだ」


 秘密を明かした以上、俺たちに対して無警戒ということはあり得ない。そう簡単には逃してもらえないだろう。


「そうね……とりあえず、あのシリルって術師は私より格上ね。使える魔術は私とほとんど同じだと思うけど、魔力量が桁違いだわ」


 おそらくハリーとやらも同格。正面切っての戦闘は厳しいか。

 そうなると警戒を掻い潜って逃げるしかないが……


「しばらく様子を見て、警戒態勢を確認するしかないか」


 そこが分からなければ作戦の立てようがない。姫様に知らせに走る必要がある以上、あまり時間はかけたくないが仕方がない。


「……そう言えば、お前一人ならどうにでもなるんじゃないのか?」


 俺はともかく、セレステなら仕事は断りつつ敵対しないという道も選べるはず。どういう立ち位置になるかは不明だが、テレンスに気に入られているこいつなら悪いようにはされないと思われる。


「何言ってるのよ。逃げるときは一緒って言ったじゃない」


 微妙に表現が異なる気もするが、付き合ってくれるのなら有り難い。正直、俺一人なら厳しい状況だ。


     ◇


 そのまま深夜まで話し合い、明日以降の行動を決める。

 今まで散々魔獣は狩ってきたが、人間相手に本気でやり合うのはこれが初めてだ。その場面を想像すると、石を飲み込んだような気持ちになるが……ここで投げ出すわけにはいかない。

 

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