第3話 暗雲漂う帰路

 ぬかるむ街道を馬車が進む。御者は別に雇っているが、俺はその隣で流れる景色を眺めている。特に名残惜しいわけでもないが、この辺りの風景はおそらくもう見納めだろう。


 馬車の後ろに座っているのは、セレステに加えて『放浪戦士団』の幹部三名。テレンスさんと……たしかシリルさんとハリーさんだったか。あまり関わりがなかった上に二人とも無口なのでよく知らない。

 なお、クライドは急遽同行を取り止めた。前夜にセレステに思いを告げたところ、すげなく断られてしまったらしい。もう故郷に帰ると、泣きながら言っていた。哀れ。


 しかし、『放浪戦士団』は本当によく分からない一団だ。潤沢な資金と異様な組織力。普通の集団なら、幹部が揃って長期離脱などすればまともに運営できないだろう。

 聞けば、残してきた大半は近場で引き入れた元ちんぴららしい。あちらにも仕切れる人員を残してきてはいるのだろうが……

 謎は多いが、その組織運営は非常に勉強になった。この貴重な経験は今後きっと役に立つはずだ。

 ……冒険者を引退した後も。


 まだ寒々しい景色の影響か、ついつい思考が暗くなってしまった。ぐぅっと伸びをすると、遠方に一匹の獣の姿が見えた。

 あの程度なら俺一人で十分。ちょうど身体を動かしたい気分だったので、後ろに一声かけてから泥濘みに飛び降りた。


     ◇


 泥を跳ねさせながら走っていると、やがて獣の正体が明らかになる。懐かしささえ感じる羊さんだ。こんなところにいるのはおかしいのだが、迷子だろうか。


 まぁ何であろうとやることは変わらない。出し惜しみなしにさっさと片付けてやることにする。


 馬鹿正直に真正面から突進してくる羊。待ち構える必要もないので、俺も剣を抜いて突っ込む。

 すれ違いざまに振るうのは無手の左。グローブから立ち上った霧が羊の顔面に纏わり付く。素早く切り返して一撃を入れようとするも、すでに羊は泥まみれで悶絶中。

 ……思った以上に効果があるな。


 先ほどの霧はグローブに染み込ませておいた酢によるもの。まともに攻撃に使えないのなら、いっそ目と鼻を潰すのに特化してやろうと改良した新技だ。


 転がり回る羊に向かって歩み寄る。初めて戦ったときとは一撃で首を落とすことは出来なかったが、あのときとは得物も腕前も変わっている。

 力を込めて剣を振り下ろすと、止めの刃はぼよんぼよんの羊毛を引き裂いて、骨ごと首を断ち割った。


     ◇


 そんな緩い戦闘を何度か経て、馬車は小さな街に辿り着く。『北の街』への往路でも通ったところなので見覚えがあるところだ。


「よし、ここでしばらく待機だ」


 補給だけ済ませてさっさと出発するわけではないらしい。理由を聞けば、ここで別働隊との合流を待つとのこと。

 『放浪戦士団』とやらは一体どれだけの人員を抱えているのだろうか。


 特にすることもないので、大人しく宿の一室に引っ込む。床の盥で酸っぱいグローブを洗っていると、遠慮がちに扉が叩かれた。


「……今、いいかしら」


 扉の隙間から顔を出したのは案の定セレステ。いつものごとく飲みには行かなかったらしい。

 とりあえず粗末な椅子を勧めて、俺はベッドに腰掛ける。


「どうした?そんな真剣な顔をして」


 いつものこいつらしくない様子だ。自分でも出来るだろうが、木製のカップに水を注いでやる。


「今度の仕事のことよ。一体どんな内容だと思う?」


 それについては未だ明かされていない。わざわざ情報を秘匿して精鋭のみで挑むのだから、極秘の遺跡にでも潜るのだと思っていたのだが……


「俺もまだ聞いていないが……何か気になることでもあるのか?」


 俺も情報を握っていないと知ったセレステは重そうに口を開いた。


「あのシリルって人、たぶん元公国軍の術師よ。私が入る前に辞めたみたいだけど……」


 それだけならよくある話だ。セレステも同様の経歴である。それなのに気になるということは……


「辞めた理由は?」


 やはりそこが核心だったのか、セレステの表情が一気に険しくなる。


「情報漏洩よ。私が入る前のことだから詳しくは分からないけど、それで実際に人的被害まで出たらしいわ。名前しか聞いていなかったから、その裏切り者と同一人物という確証はないんだけど」


 なるほど、自ら軍を抜けたのではなく、追われたわけか。とはいえ、それが今回の仕事に関係があるとは限らない。テレンスさんなら前歴を問わずに仲間に引き入れたということもあり得る。


「そうか……一応、注意しておいたほうがいいかもな」


 しばらく一緒に活動することになるのだ。裏切りの前科があるのなら、今回も何かしでかすかもしれない。


「とりあえずは様子見ね。あんまりやばい仕事だったら……一緒に逃げてくれる?」


 懸念を共有してようやくいつも調子が戻り出したセレステ。隣に身を寄せてしなだれかかってくる。


「ああ、それくらいはご褒美無しで付き合ってやるよ」


 なお、俺は一度もご褒美を受け取っていない。鋼の意志……というより、兄弟だらけになるのは勘弁だからだ。

 ベッドに潜り込もうとする妖精を追い払って装備の手入れを再開した。


     ◇


 小さな街での待機は数日続いた。シリルとやらの行動にも気を配っていたが、俺たちと同じく適当に時間を潰しているのみ。

 その間に別働隊の人員が続々と集まってくるのだが……揃いも揃って人相が悪い。ちんぴら上がりではなく、現役のちんぴらなのだろう。

 どうにも不穏な雰囲気だ。


「……そろそろどんな仕事なのか教えてもらえませんか?」


 テレンスさんに問うが、豪快に笑うのみ。


「あいつらを見て不安になったか?仕事の内容自体は緩いもんだから、心配いらないさ」


 仕事の難度以外のところを気にしているのだが……まだ話す気はないらしい。

 これは本当に逃げ出す羽目になるかもしれない。ちんぴらどもはともかく、幹部連中の目を掻い潜るのは中々骨が折れそうだ。


     ◇


 そんな落ち着かない日々を過ごすうちに、馬車は五台ほどにまで増えた。まだ全員揃ったわけではないらしいが、もう待たずに出立することになる。

 遅れた人員は次の待機地点で依頼主とともに合流するとのこと。さすがにそこまで行けば仕事の内容も明かされるだろう。


 帰る前に一つ箔をつけてやろうと思って気軽に受けてしまったが、いつものように最後まで気を抜かせてもらえないらしい。

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