第2話 雪解けの街

 『北の街』に戻った俺は、荷を下すなり一軒の鍛冶屋に向かう。以前訪れた際に、壊れた杖と棺桶を預けておいたのだ。

 随分と長い時間が経ってしまったが……


「すまん、俺の手には負えなかった」


 頭を下げる鍛冶屋の親父。まぁそうだろうとは思っていた。


「これは最近噂の『地獄工廠』の作品だろ?とりあえず重要部品だけは取り外しておいたから、伝手があるなら持ち込むといい」


 噂になってしまっているのか。あいつは一体何をやっていやがるんだ。


「了解です。それはいいんですが……何ですか、これ」


 部品の山の頂に鎮座する巻き角の頭骨。ひび割れは金継ぎで補修されており、両の眼窩には水晶のようなものが埋め込まれている。

 掴み上げると僅かな魔力に反応して不気味な眼光を発し始めた。


「それだけは何とかしておいたぜ。やっぱり『呪術師』にはそいつがないと締まらないだろう」


 ……そろそろその異名も廃れてきたかと思っていたところに、余計なことをしやがる親父だ。


     ◇


 休暇は数日あるが、用事と言えるのは鍛冶屋の件だけ。とりあえず荷物を置きに行こうと宿屋に戻る途中で、テレンスさんにばったり出くわした。


「おう、やっぱり駄目だったか」


 俺が相変わらず剣しか下げていないところを見て察したらしい。


「はい、まだ当分こいつでやって行きます。テレンスさんはこれからどちらに?」


 俺の問いに顎をさすって苦笑いを浮かべるテレンスさん。


「飲みに行くつもりだったんだが……手合わせか?べつに構わねえぜ」


 この人も面倒見のいい先輩だ。お言葉に甘えて、二人で街外れの空き地に向かった。


     ◇


「おいおい、それは向いてないって言ったたろうが」


 二本の剣を抜いた俺に呆れ顔を見せるテレンスさん。


「……思うところがありまして。申し訳ないですが付き合ってください」


 やはり俺の性分と言えば強引な攻めだ。それに、『呪術師』よりは『赤い牙(笑)』のほうが若干まし……だと思う。


 師匠の教えは一旦脇に置いて、両の剣を交互に振るって攻め立てる。両者の実力差を考えれば、寸止めなど必要ない。

 遠慮なく急所を狙う攻撃を繰り出すが、ゆらゆらと揺れる剣先に容易くいなされてしまう。手数は増えているのに、遠い。


「足が止まってるぞ!」


 得物の扱いに意識を割いた隙を突かれ、足払いが放たれる。咄嗟に跳んで躱すが、そこから変化した膝蹴りが柄頭を強かに打つ。

 慌てて握り直したときには首筋に刃が押し当てられていた。


「……参りました」


 全くいいところ無しである。普段よりも早い決着で、左手を使わせることすら出来なかった。


「何を焦ってるのか知らないが、地道に鍛錬を積むしかないぞ」


 返す言葉もない。テレンスさんの指摘の通り、俺の心にはあいつに対する見栄の他に焦りもある。


 おそらく俺の身体はもうこれ以上の遺跡探索に耐えられない。現在の体調は良好だが、最近になって突然筋肉が痙攣したり鼻血が噴き出したりということがままあるのだ。散々に訳の分からないものを摂取してきた結果だろう。

 あいつと冒険をするとしても、その期間はごく短いものになるはず。そんなに思い入れのある稼業ではないが、引退前に何か誇れることを成し遂げておきたいのだ。


「まぁ、話したくないのならいいさ。とりあえず飲みに行くぞ」


 汗一つかいていないテレンスさんに誘われる。とりあえず只酒で気分を紛らわそう。


     ◇


 街一番の高級酒場では『放浪戦士団』の面々がすでに宴を始めていた。店の雰囲気などお構いなしに騒いでおり、他の客たちは眉を顰めている。数名の幹部連中を除けばほとんどちんぴらの集まりなので当然だ。

 そんなやつらでもさすがにリーダーには敬意を払うのか、俺たちが姿を見せると揃って立ち上がり頭を下げる。テレンスさんは片手を上げて応じ、一番奥のソファに向かった。


 俺も同じテーブルに着こうとすると、どこからか現れたセレステがぴったりと隣を確保する。こちらの席のほうがいい酒が飲めると踏んだらしい。当然クライドも追いかけて来て、ソファにごつい身体を押し込む。

 結局お馴染みの面々が顔を揃えることになった。


 重い話をする雰囲気でもないので、高そうな酒を傾けながら他愛ない世間話をする。


「そろそろ気が変わったか?正式にうちの団に加入する話」


 俺たち三人は予てより『放浪戦士団』への正式加入を勧められている。セレステが欲しいというのが最大の理由だろうが、一応腕前のほうも評価してもらっているらしい。


「有り難いお話ですが……」


 このまま程々の冒険者稼業を続けるつもりなら集団の中に入るべきなのだが、俺には帰るところがある。セレステも肩をすぼめるだけ。ちやほやされるのはいいが、腰を据えるところまでは考えていないのだろう。クライドは……聞くまでもない。


「そうか……」


 いつものように粘らずに考え込むテレンスさん。しばらくそのまま顰めっ面を続けたのち、突然両肘をついて身を乗り出した。


「それなら、一つ別の仕事に付き合ってくれないか?丁度でかい山が入ったんだよ」


 声を潜めているところを見ると、どうやら団員全員に伝えるような話ではないらしい。


「あいつらには引き続きあの遺跡の探索を任せて、この件は信頼できる人間だけで受けるつもりだ。さすがに頭数が不安だから、お前さんたちが来てくれるなら助かるんだが……どうだ?」


 随分と買ってくれたものだ。テレンスさんほどの熟練冒険者にとってもでかい山だと言うのなら、相当な大仕事なのだろう。


「詳しい情報はまだ漏らせないんだが、場所は王国方面。期間もそんなにかからねえし、分け前のほうも今の仕事とは桁違いだぜ」


 今の仕事でも相当稼がせてもらっているのに、それ以上なのか。王国方面というのも何だか運命じみている。

 その成果を引っさげて、そろそろ帰れということか。


「俺は……興味がありますね。お前らはどうする?」


 二人に水を向けてみる。何もなくずっと行動をともにしてきたが、ここで別れるというのなら仕方がない。

 顎に手をやるセレステと、その横顔をじっと見つめるクライド。お前も考えろ。


「そうね……私もそろそろ山籠りにうんざりしてきたから、受けてみようかしら」


 気心が知れてきたこいつらが来てくれるのなら俺も心強い。何だかんだとそれなりに長い付き合いだ。最後に思い出をつくるのもいいだろう。


「よし、じゃあ出発は明後日だ。こことはだいぶ気候が違うから、各自しっかり準備しておけよ」


     ◇


 準備と言っても、古巣に帰るだけの俺は荷物を纏めるくらいしかすることがない。食料等はあちらで用意してくれるそうなので、あっという間に片付いてしまった。

 自分でもよく分からない判断で流れてきたこの『北の街』。手に入れたものは結構な大金と心境の変化。正解だったと言えるのかは不明だが……まぁ今更言っても仕方がない。


 かくして俺は一冬過ごした『北の街』を離れることになった。

 



 

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