第5章 炎上する草原 〜裏切りの騎士と救いの聖女〜

第1話 終わらぬ後始末

 真っ白な毛皮の狼の群れ。雪解けの季節を迎えた山においては、その保護色ももはや意味を成さない。


「死ねぇ!」


 傾斜もお構い無しに突撃する大男。両手に持った巨大な得物を嵐のように振り回す。

 あれは蛸人形から引っこ抜いた砲身だ。本来、一本でも持ち上げられるような重さではないのだが……今のやつは強い。


「頑張って!」


 彼に力を与えるのは、もちろんこの妖精。応援だけに留まらず、魔術の支援を行使し始める。

 地面についた両手から魔力が浸透。狼どもの足元に泥の舌が絡みつく。動きを阻害するには不十分に見えるが、そこから伝わる振動が獣の身体をたちまちのうちに麻痺させる。

 才能溢れる術師は自力で擬似呪術を再現しやがったのだ。


「さて……」


 このまま傍観していてもすぐに終わるだろうが、それで分け前をいただくのは少々心苦しい。

 嵐を前に立ち尽くす哀れな獣たちに無慈悲に襲いかかった。


     ◇


 ぬかるむ山肌を駆けながら、腰の得物を抜き放つ。赤味を帯びた刀身を翳して魔力を込めると、柄がほんのりと温かくなる。

 ……俺の魔力ではこの程度が限界だ。


 気を取り直し、動けぬ獲物に対峙する。剣を持つ右手を前にした、以前とは逆の構え。浅い踏み込みとともに、最小限の予備動作で突きを放つ。

 狙い自体は過たずにきっちり眉間を捉えるが、力の籠らない一撃は頭骨の丸みに逸らされてしまう。素早く引き戻し、今度は首筋を狙うも肩の肉で受け止められてしまった。

 ……動けない相手にも通用しないか。


 久々に剣を手にした俺は、現在テレンスさんに師事している。片手で剣を扱い、もう片方の手で搦め手を使うテレンスさんは、正しく俺の上位互換。

 空いた時間に稽古をつけてもらい、ほぼ我流の剣術を一から見直しているのだが……


「……埒が開かないな」


 このままでもいずれ倒せるだろうが、もう一つの訓練の成果を試してみることにする。

 顎門を掻い潜る踏み込み。無手の左で狼の喉笛を掴み上げる。獣の身体を宙吊りにしたまま掌中で魔術を発動させた。


 狭小空間で発生する水蒸気。その圧力は狼の首を容易くちぎり飛ばす……ということもなく、身体全体を水平に吹き飛ばした。

 セレステの指導の元で編み出した攻撃的な魔術。それなりの威力だが、燃費を考えると実用性は微妙なところだ。おまけに反動で肩が外れそうになっている。


 鍛錬の成果は着実に出ているが、強くなった実感は湧かない。ため息一つついて獲物を追いかけた。


     ◇


 いまいち締まらない仕事を終えて、とぼとぼと山中に設けられた野営地に帰投する。ここはテレンスさん率いる『放浪戦士団』の探索拠点。俺たち三人はここに間借りして仮称『密林の遺跡』の共同探索を進めている。

 とはいえ、俺たちの担当は主に野営地の防衛を行う予備人員だ。危険が少ないぶん分け前は少なめになってしまったが、仲間たちからも異論は出ていない。


 クライドとセレステは借り受けたテントで休憩をとる間、俺は食事の準備だ。先ほどの戦闘で活躍できなかったので、せめてこれくらいしなければ……


 料理を火にかけて一息。辺りを見回せば、寛ぐ『放浪戦士団』の面々に加えて運営のための人足が忙しそうに動き回っている。

 この野営地は急拵えとは思えぬほど立派なもので、食料等の物資も定期的に運ばれてくる。そのおかげで、俺たちはいちいち街に帰還することなく活動を続けられているのだ。

 

 『密林の遺跡』の探索は非常に順調に進んでおり、次から次へと金目のものが運び出されている。そのために中々区切りが付かず、冬が終わっても足止めされているのだが……


 初回探索時の怪我はとうに癒えて、当時のおかしな精神状態もすっかり収まった。

 あのときの気持ちを気の迷いなどと言うつもりはない。言うつもりはないが…いざ冷静になってみると、顔を押さえてのた打ち回りたくなってしまう。なので、再会前にこうして猶予の時間があるのは助かってはいる。

 ……くそ、あのちんちくりんめ。


     ◇


 配膳、食事、後片付け。その次は各種書類の処理だ。多額の金が動く仕事なので当然と言えば当然だが、この辺りは妙にきちんとしている。

 リーダーを筆頭にがさつな人間ばかりの集団なのに、何とも不思議なことだ。


 もし文官になっていたら毎日こんな感じだったのだろうか?

 そんなことを考えつつ紙束をめくっていると、セレステが酒瓶片手に後ろから抱きついてきた。


「そんなの後でいいじゃない。私のテントで飲みましょうよ」


 そうしたいのはやまやまだが、さすがにこの仕事までいい加減に済ますわけにはいかない。俺も決して真面目なほうではないが、仕事もせずに報酬を貰って飲んだくれるほど腐ってはいないのだ。


「クライドを誘ってやれよ。あいつなら喜んで付き合ってくれるだろう」


 まとわりつく酔っ払いの腕を振り払うと、ぷうっと頬が膨らむ。痛々しい妖精(笑)だ。

 

「彼、真剣過ぎて重いのよ。それに、あそこまで筋肉があるのはちょっと……」 


 哀れ、クライド。


     ◇

 

 セレステを適当にあしらいつつ書類仕事を終えると、鍛錬の時間。テレンスさんはまだ活動中なので、一人で型の確認をする。


 テレンスさんに教わっているのは、守りを主体にして根気よく隙を窺う剣術。正直に言って、俺の性に合っているとは言い難い。

 ただ、天性の勘を持たない人間は、このほうが確実に強くなれるとのこと。


 どうにもしっくりこない型稽古を続けながら考える。

 こうして鍛錬をする理由。時間潰しの側面が強いのは確かだが、それにしてもわざわざ疲れることをやる必要はない。

 そもそもべつに剣の腕を上げる必要もないのだ。今は修理中だが、チャーリーの装備が戻ってくれば現状でも中堅冒険者並みの働きは出来る。辺境探索の最前線を目指すというのならともかく、そこそこの稼ぎでのんびり暮らすにはこんな基礎鍛錬など不要だ。


 それなのに、誰に言われるでもなく頑張ってしまうのは……あいつとの冒険者稼業を頭のどこかに描いてしまっているからだ。

 見栄もあるし、何かあれば守ってやりたいとも思う。


 ……いかん、考え事をするとすぐにあのもじゃもじゃが出てきやがる。


     ◇

 

 そんなもやもやを抱えつつも平穏な日々を送り、やがて俺たちは本格的な休暇をとるために一旦『北の街』に帰ることになった。

 

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