神器創造

 いつもより早い時間に目を覚ます。今日は午前のうちから来客の予定だ。


 事前に聞いた話では三人で訪問するとのことだったが、おそらく二人になるだろう。あの男を殺すと息巻くあの子は、きっと鍛錬を優先するはず。


 関係性を変えるのが怖くて逃げたのは、同じ男として分からないでもない。しかし、心底心配してくれた相手にあの手紙はないだろう。

 ……恩人ではあるのだが、私も一度痛い目を見せてやるべきだと思う。


 情けない男のことを思い、ため息一つ。もはや着慣れた異国の衣装を身に纏い、もてなしの準備を始める。


     ◇


「今日は貴女も座りなさい。何かご用があるのでしょう。わたくしの話は長くなりますから、そちらの要件を先にしていいですよ」


 家主にして金主の姫様に促され、おずおずと席に着く護衛の女性。

 元冒険者とは思えない、洗練された所作。しばらくあの男と行動をともにしていたと聞くが、あまり相性は良いようには思えない。


「あの、これを加工して武器を作ってもらえませんか」


 差し出されたのは小さな鉈。彼女のようなお嬢さんが持つにはいささか無骨な品だ。何か思い入れでもあるのだろうか。

 ひとまず手に取ってみる。遺物らしいが、変わった特性などはなさそうだ。それだけに手の加え甲斐がある。


 とはいえ、この真面目そうなお嬢さんからのご依頼で好き勝手するわけにはいかない。詳しい事情と要望を聞いてみる。


     ◇


「……そういう訳で、あの男を確実に仕留められるものをお願いします」


 物騒なことをおっしゃるお嬢さん。あの子の件で義憤を感じているのだろうが、それだけではなさそうだ。

 おそらくはあの男に対する対抗心。死にかけながらも着実に成果を上げる彼に負けたくないのだろう。

 聞けば、模擬戦ではあの男に大きく勝ち越してはいるらしい。ただ、何でもありの真剣勝負ならどう転ぶか分からないとのこと。

 ……たしかに、あの男なら何でもやってきそうだ。


「わたくしからも素材を提供します。……今回はおふざけ無しでお願いしますね」


 姫様は……怒るというより、ただ面白がっているだけだ。

 まぁ彼を懲らしめてくれるというのなら、私も全力で協力させてもらおう。


     ◇


 細かい仕様を詰め終わり、今度は姫様のご依頼について私から報告する。


「予てよりご依頼の『神器』の件、材料の目処が立ちましたので製作に着手しました」


 想定以上の進捗だったのか、軽く目を見張る姫様。


「……あの適当な依頼でよく調達できましたね。追認したわたくしが言うのも何ですが」


 私もそう思う。駄目元で出した依頼だったのだが……


「第一便で届いたのがこれです。非常に変わった素材で、融合させた素材の特性をどんどん取り込む性質を持っているようです」


 木箱から取り出したのは、天然ではあり得ないほど大きな琥珀。特殊な性質は元より、見栄えの面でも神器に相応しい。


「それはまた変わったものですが……すでに何か混ざっているのではありませんか?」


 さすが姫様、一目見て気付かれたか。


「おっしゃる通りです。これには先日我々が『活性因子』と名付けたものが多量に含まれています」


 最近遺跡で発見された赤黒い謎の液体。それに含有される肉体と精神を変容させる成分を、我々は『活性因子』と名付けた。

 それはもちろん強烈な再生の特性に因んだ命名だ。他にも何か秘密がありそうだが、『活性因子』は抽出するなり霧散してしまうので思うように研究は進んでいない。


「なるほど……まぁ詳細な設計は貴方にお任せします。言うまでもないことですが、これもおふざけ無しでお願いしますね」


 さすがにこの件でふざけてしまえば、姫様に潰されてしまう。多少の遊び心に留めることにしよう。


「しかし、これだけのものになると値段の付け方が難しいですね。一体どのような方がご提供くださったのですか?」


 木箱の中から封筒を取り出して手渡す。


「輸送を請け負った商会によると、『不死身の呪術師』なる人物だそうですよ。先行納品分の積荷に手紙が同封されていました」


 姫様は差出人の名前を見るなりがっくりと項垂れた。


「あの男……何を考えて『呪術師』などと名乗っているのですか。今のわたくしが、呪術師との付き合いを疑われては困るのですが」


 最近の姫様は色々と張り切りすぎて、王国のみならず教会からも目をつけられてしまっている。ただ、呪術師云々については我々の悪ふざけが原因だろう。

 ……私がふざけた工房名をつけたということは、知られるわけにはいかない。


「しかし、最近は少々派手に動き過ぎましたね。そろそろ弟君が何か仕掛けてくるかもしれませんね」


 慌てて話の流れを変えてみると、姫様の目に闘志の炎が灯る。


「……それならば迎え打つまでのこと」


 元々は身を守るためにご自身の地位を高めるおつもりだったはずだが、すっかり好戦的になってしまわれたらしい。

 この一見嫋やかな女性の過去には、一体どんな壮絶な出来事があったのだろうか……

 



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