エピローグ

 街一番の大きな酒場。まだ日は沈みきっていないが、酔客たちで大盛況。

 その輪の中心で、冒険者らしき男が何やら語っている。その沈痛な面持ちを見る限り、何か辛いことでもあったのだろうか。

 俺も輪に加わって、詳しく聞いてみることにする。


「三百近い群れに突然襲われて、僕一人では守りきれなくて……」


 どうやら仲間を失ったらしい。死と隣り合わせの稼業とはいえ、見知った相手を失うのは堪えるだろう。


「僕の仲間たちは頑張ったんだけど、助っ人で入れた『呪術師』が期待外れで……」


 その割には呪い(笑)に怯えまくっていたように見えたが。


「一旦離脱したあと、すぐ助けには戻ったんだ。でも……遅かった。何とか遺体を探し出して、弔うことしか出来なかった」


 わざわざ弔ってやるとは見上げた青年だ。それは労ってやらなければならない。

 酔客たちに割って入り、男の背後から肩を揉んでやる。


「……大変だったな、リュー」


 俺の両手から立ち上る不気味な紫色の霧に腰を抜かす青年。葡萄酒を使った只の一発芸だぞ。


「お前の仲間は死んだというのなら、これはお前には関係ないな」


 懐からどでかい琥珀を取り出すと、酔客たちからどよめきの声が上がる。

 この琥珀、セレステが革袋に収めていたものがいつの間にかくっつき合って一塊になったものだ。正体不明の物体だが、金になるのは間違いないだろう。

 ……分け前をどうするかと悩んでいたが、しょうもない法螺を吹くようなら遠慮はいるまい。


「なっ!それとこれとは話が別だろう。分け前はリーダーの僕が決める」


 目の色を変えて叫ぶリュー。あっさりとぼろを出しやがった。

 俄然愉快な展開になり、盛り上がる酔客たち。その人混みの中から追い打ちの声。


「あら、リーダーはとっくに変わっているわよ」


 セレステの登場に一瞬喜色を浮かべるも、すぐさま歪む色男の顔。


「どうして『呪術師』なんかの味方をするんだ!お前は僕の女だろう」


 ……僕の女?

 気になる言い回しに後ろを振り返ると、素早く視線が逸らされた。

 この妖精、出発前の時点で手を出してやがったのか。


 そうこうしているうちにクライドがリューの襟首を締め上げる。


「お前!セレステさんは僕の……」


 噛み付くところはそこなのか。エノーラちゃんが草葉の陰で泣いているぞ。


 しかし、参った。勢いで分け前のことを決めてやろうと思ったのに、もはや場は滅茶苦茶で収拾がつかない。

 困り果てたところに、ここでも顔役らしい熟練冒険者が割って入る。


「よし、そういうことなら拳でリーダーを決めればいいだろ!」


 滅茶苦茶な提案をするテレンスさん。滅茶苦茶だが、分かりやすいのは俺としても大歓迎だ。


 酔客たちの後押しもあり、リーダーの座を賭けた決闘が執り行われることになった。


     ◇


 滅茶苦茶な決闘の提案をあっさりと呑んだリュー。術師相手ならどうにでも出来ると思ったのだろうが……生憎と俺は闘技場の戦士だ。


 浅い打撃を顔面に集中させたので、色男の顔はすっかり芋のように腫れ上がっている。もう気は済んだので、そろそろ派手に決めてやる。

 大きく間合いを取って右手を掲げると、野次馬どもから大きな歓声が上がった。

 ……まずいな、俺もだいぶ染まってきている。


 歓声を背に受けて、助走からの大跳躍。渾身の後ろ回し蹴りは、色男改め芋男を野次馬の輪まで吹っ飛ばした。

 のたうち回って呻く芋に向かって、ゆっくりと歩み寄る。


「……剣を置いて失せろ」


 地獄の底から響くような声で通告すると、芋は慌てて剣帯を解く。そのまま捨て台詞も吐かずに転がっていった。

 さすがにここまで恥をかかせれば、後で何か言ってくることもないだろう。


 ……べつに武器を賭ける約束はしていなかったんだが、何事も言ってみるものだ。これで今日から俺が『赤い牙(笑)』だ。


 望外の戦利品を腰に帯びて遠くに目をやると、ちょうど夕日が沈むところだった。


 一度は諦めた生還。何の因果か、こうしてやり直す機会が与えられた。

 ……我ながら気持ち悪いが、あのとき頭に響いた無邪気な声が生きる力になったのは間違いない。

 誠に不本意なことに、今際の際で自分の気持ちに気づかされてしまった。相当な不義理を働いた自覚もあるので、どんな顔をしていいか分からない。どんな顔で迎えられるのかも分からない。

 しかし、さすがにこれ以上逃げるわけにはいかないし……逃げられそうにない。さっさと後始末を終わらせて、あいつのところに帰ろう。


 一発、二発は殴られるだろうが、それで許してくれるなら甘んじて受けてやる。

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