第13話 燃ゆる思い
意識が浮上する。がばりと身を起こそうとするも首から下の感覚がない。口から血の塊を吐き出せば、乾いた笑いが溢れた。
「……まさか本当に爆発するとは」
ぶち撒けた腹の底のどろどろは、血液混じりの泥を爆発的に沸騰させた。死体と半死体との間で発生した衝撃波は、両者をまとめて吹っ飛ばした。
分類不能の出鱈目な魔術。極限の状態で編み出した必殺技(笑)は、まさかの自爆技だ。
おかげで俺の身体はもはや直視できない有様。強壮薬による治療も全く追いついていない。
……痛みがないので定かではないが、俺もまもなく死体の仲間入りだろう。
何とか首を傾けてみれば、ばらばらになったエノーラの五体が踊り場に散らばっているのが見えた。何とか俺の仕事はこなせたようだ。
杖の髑髏も罅だらけになってしまったようだが、もうそれはどうでもいい。
あいつらのほうはもう決着がついただろうか。最期に確認しようとするも、もう首も動かない。大きく息を吐き出して目を閉じる。
……もじゃもじゃなのは、もう諦めるしかない。
妙な満足感に包まれて、俺の意識は闇に沈んだ。
◇
波間を漂うような感覚に包まれながら、これまでのことを思う。
結局、親兄妹には近況を知らせることもしなかった。あのまま実家に留まっていればどんな人生だっただろうか。
勢いに任せて始めた冒険者稼業。流れで行動をともになったテオとアリサ。俺が一方的に劣等感を抱いていたが、本当にいい奴らだった。今は離れている二人の関係は、これからどうなるのだろうか。
面倒見の良かった先輩たち。もうとっくに弟さんに再開しているだろう。腰を抜かしただろうな。
姫様、あのときは盾にして本当に申し訳なかった。身辺は色々大変そうだが、これからも逞しく生きてほしい。きっとあのチャーリーが力になってくれるはず。ふざけた男だが、能力だけは確かだ。
……ダナ。あいつのことを考えるのはもう十分だ。好き勝手に頭の中ではしゃぎ回っていやがる。
本当にどうしてあいつなのだろうか。俺の好みとしては、もっとこう……セレステのような。
そういえば、せっかくのご褒美を貰い損ねてしまったな。今にして思えば、やはりそれが一番の心残り……
思い出の海がにわかに荒れ狂う。心地よい感覚は消え失せ、真っ黒な大渦に飲み込まれていく。
溺れる俺の口腔でぬるりとしたものが暴れ回り、堪らず瞼を持ち上げた。
「……舌を入れなくてもいいだろう」
至近距離で見るセレステの口元の黒子。頬に残る涙の跡は見ないふりをしておく。
口移しにされた強壮薬のおかげで身体は何とか動かせるようだ。上体を起こして周囲を見回してみる。
そこは大階段の踊り場ではなく、雪降り積もる針葉樹林の中。俺が死にかけている間に運び出してくれたらしい。
「クライドは……」
問いかける途中で気づく。少し離れたところに立つクライドが、殺意を込めた目で俺を睨みつけている。
……彼も強壮薬の世話になったようだ。
◇
食料のことを考えるとすぐに街を目指したいところだが、さすがに三人とも限界だ。焚き火を囲んでしばし心身を休める。
……強壮薬三本ぶんの副作用がきつく、俺は一人離れているが。
「そう言えば、そっちの戦いはどんな具合だったんだ?」
腹の底よりさらに下から突き上げる衝動を抑え込み、努めて平静な声で問いかける。
「彼が頑張ってくれたわ。凄く格好良かったわよ」
あちらの死体はやはり手練れ揃いだったらしく、最初は防戦一方だったそうだ。そのまま押し切られるかと思ったところで、クライドが捨て身の突貫。運良く武器を奪取する。
それは何の因果か無くしたはずのクライドの斧だったらしい。本来の得物を取り戻したクライドが大暴れし、大怪我を負いながらも何とか撃破したそうだ。
手放しに褒められて、だらしなく顔を緩めるクライド。
話を聞く限り、俺の支援をする余裕なんてなかっただろうに。詳しくは語られていないが、それなりの無茶をしたのだろう。
……何故とげ付き氷球を選んだのかは謎のままだ。
「そっちこそどうだったのよ。特に最後の訳が分からない魔術」
悪いが俺にも訳が分からない。突如、潜在能力が開花して……などという都合のいいことは考えていない。おそらくは俺の血のせいだ。
そもそも、あれだけ血を失っておきながらまともに動けていたこと自体おかしい。得体の知れないものを大量に摂取してきたせいで、俺の身体は本格的におかしくなり始めたらしい。
一度、きちんと調べてもらわないと……
互いの戦場についての報告が終わったあとは、ぽつぽつと世間話。何ということのない話題が、ずっと張り詰めっぱなしだった心をほぐしていく。
やがて集めた薪が尽きようとしたとき、突然セレステが切迫した声を上げた。
「敵影、十六!……おそらく人型よ。すでに包囲されているわ」
……最低限の警戒はしていたつもりだったが、まだ死体が転がってやがったのか。
傷は治りきっていないし、まともな武器もない。さすがに泣きそうだ。
と、思ったところでセレステが薪の燃えさしでまたとげ付き氷球を作ってくれて、気が抜けそうになる。
……そうだな、今更死んでたまるかよ。
焚き火を中心に背中を守り合い、敵の襲来を待ち構えた。
◇
雪原に張られた天幕の下、分けてもらった毛布に包まって温かいシチューを啜る。
俺たちを包囲したのは、針葉樹林の遺跡を探索していた冒険者の一団だった。雪崩に巻き込まれた仲間を探しに来たらしい。
お互いに臨戦状態で一触即発の状況だったが、俺たちが事情を説明するとあっさり保護してもらう運びとなった。
「おい、遺体の収容が終わったぞ。お前さんたちの仲間も一応回収してきた」
天幕に入って来て声をかけるのは、熟練冒険者のテレンスさん。冒険者の一団のリーダーだ。
「ありがとうございます。……事情が事情とはいえ、お仲間の遺体を破壊してすみませんでした」
その辺りで揉めるかと思ったが、熟練冒険者ともなれば実にさっぱりしたもので……
「んなもん気にしなくていいって言っただろうが。やつらも訳の分からん状態でいるよりいいだろう」
仲間の死に狼狽えているようではまだまだ駆け出しということなのだろう。
「それより、これからの事だ。俺たちが探索していた遺跡とお前さんらが出てきた遺跡、どうも中で繋がってるようなんだ。せっかくだから一緒にやろうぜ」
これは俺たちのほうに利が大きい話だ。あの遺跡にはまだまだ金目のものが残っているが、俺たちだけで運び出すのは困難。彼らは運搬を請け負う商会などにも伝手があるらしく、協力できるなら非常に効率的だ。
「そうしてもらえるなら、こちらこそ有り難いです。とはいえ、正式な返事はあいつらと相談してからにさせてください」
セレステは先ほど他の天幕に呼ばれて出て行った。クライドはその護衛(笑)だ。
「おぅ、頼むぜ!……お前さんからも、あのねぇちゃんによろしく言っておいてくれや」
テレンスさんもすでに妖精(笑)の虜にされてしまったらしい。
◇
ひとしきりの話が終わると、テレンスさんはいそいそと出て行った。行き先は聞くまでもない。
独り残された天幕で、これから先のことを考える。
とりあえずは、今回の探索の後始末。エノーラ嬢のこともあるし、再探索の段取りもしなければならない。
そのあとは……
吹き抜ける寒風に身震いする。まだ副作用が残っているのか、帰りたくて仕方がない。
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