第11話 冒険者たちの末路

 無謀な砦攻めは静かに始まった。雪降り積もる床に点在する遮蔽物を伝って慎重に進んでいく。

 遮蔽物の配置の都合上、最短経路を辿ることは出来ない。なかなか距離が稼げないことにやきもきするが、ここで焦っても仕方がない。

 どの道そのうち怪鳥どもに見つかって、強引な力攻めになるのだ。


 蛸人形の残骸から素早く頭を覗かせ、前方の状況を確認する。経路の選択はリーダーの仕事だ。

 事前に取り決めた合図に従って、腰を屈めた三人が一塊になって走る。


     ◇


 巨大な枝に背を預けて一息。第一段階の隠密行動は思いの外順調に進んでいる。発見されないまま、想定よりも奥まで侵攻できた。


 セレステが粉雪を舞わせて上方からの視線を遮ってくれているのが大きい。おまけに足跡まで消す芸の細かさ。雪がある環境になって、ますます魔術が冴え渡っている。

 帰ったら色々教えてもらわないと……魔術について。


 二人の様子を確認する。緊張した面持ちではあるが、まだ疲労はなさそうだ。

 間もなく巨大樹の枝の陰に入る。ここまでは順調だったが、そろそろ隠密行動も限界だろう。俺の予想では……やつが現れるはず。


     ◇


「来ると思ってたぜ!」


 上方から落下してきた悪魔を思いっきり殴り飛ばす。体液が飛び散るが、もはや気にしている場合ではない。

 それを皮切りに、頭上の枝の至る所から汚い黄金色が次々と降り注ぐ。体当たりの直撃をもらうようなことはないが、地に降り立った悪魔どもはすぐさま俺たちの周囲に集合し始める。


「セレステ、擬装から防御に切り替え!俺たちは突っ込むぞ!」


 こうなることは予定通り。鼓舞の雄叫びを上げて突撃を開始した。


     ◇


「うおぉっ!」


 横倒しにした棺桶を両腕で押し、土木工事のように道を切り拓くクライド。万能の棺桶はここでも大活躍だ。


「おらぁっ!」


 俺は斜め後方から飛来する砲弾を蟹爪で弾き返す。やつらの襲撃とともに息を吹き返した蛸人形が砲撃を開始したのだ。幸い、脚部のほうは破損したままらしいので、射線は読みやすい。


「急いで!」


 泣き言を零しながらも、きっちりと俺たちの背を守るセレステ。怪鳥どもの攻撃も始まっているが、張り出した枝が邪魔で飛びにくいのか、一度に襲ってくる数はそう多くはない。


 残る道程はおよそ半分。連携が上手くはまり、ここまでは見事な快進撃だ。このままなら行ける。

 ……やつらに隠し玉がなければだ。


     ◇


 巨大樹が落とす影から抜ける。ここから先は遮蔽物も少なく、大階段まで一直線だ。

 邪魔な枝がなくなったぶん怪鳥の攻撃は増えるだろうが、やつらの包囲も抜けたので前衛二人も対処に回れる。


「痛いっ!」


 怪鳥の爪が肩を掠めたらしいセレステ。すかさず振り返り、黒い砲弾を投擲して援護する。


「クライド、背負ってやれ!」


 役割分担の都合上仕方がないとはいえ、今まで随分二人に負担をかけてしまった。ここらで頑張らなければ……相棒に笑われてしまう。


 最後尾に下がり、セレステに代わって怪鳥どもの対処に回る。あいつのように魔術による広域防御は出来ないので、両腕の蟹爪と両脚のブーツの刃で地道に打ち落すしかない。


 そんな覚悟を固めるも、怪鳥どもからの追撃が来ない。肩越しに見上げれば、やつらは大きく距離をとって横陣を引いている。真っ直ぐではなく、両翼を少し前に出した陣形。

 ……風の壁ではなく、風圧を一点に集中させるつもりか?狙いはおそらく階段の破壊。


 駄目押しのように、左右を大きく迂回してきた悪魔どもがクライドの前方を塞ぎにかかる。味方諸共吹き飛ばすらしい。


「二人はそのまま突破しろ!後ろは俺がどうにかする」


 とりあえず、二人には退路を切り拓いてもらわなければ始まらない。

 ……しかし、どうする?


 破れかぶれで砲弾の投擲。一応、指揮官っぽいやつを狙ってみると、多少は陣形が乱れる。

 そのまま立て続けに打ち落としてやるも、怪鳥どもは陣形の維持を優先するように切り替えやがった。避ける素振りも見せずに魔力を高めて始める。

 ……多少の時間は稼げたが、これならあいつらと一緒に逃げたほうがましだったか。


 俺が悪あがきをしているうちに二人は階段に駆け込んだ。怪鳥どもの風術の発動はもう間近。

 と、そこで悪魔どもの残骸で出来た畦に埋もれて棺桶が残されているのに気づいた。

 最期まであれと運命をともにするのか……


 焦りを堪えて中身を放り出し、狭い棺に身を押し込む。蓋をぴっちりと閉じると同時に外界で魔力が爆発した。


     ◇


 上下左右、カクテルにでもされるかのように激しく揺さぶられる。もはや自分がどちらを向いているのか分からない。

 散々に振り回されて吐き気が喉を突き上げるが、衝撃は然程でもない。無駄に上等なクッションのおかげだ。棺桶自体も軋みを上げるのみで、きっちり耐えてくれている。

 ……まさかこんな用途まで想定していやがったのか?


 気を失いたくても失えない苦悶の時間が続き、やがて揺れは収まり無音となった。

 さすがにこの中で吐いてしまえば大惨事。急いで這い出ようとするも、蓋が開かない。

 ……とうとう壊れたのか、あるいは生き埋めか。死ぬ覚悟はしていたが、この死に方は予想外だった。


 とりあえず観念してぶち撒けようとしたところで、ずりずりと棺桶が引っ張られる気配がした。この感じは怪鳥ではない。蛸人形の鋏か、あの悪魔どもか……

 

 蓋が開くなり飛び出してやろうと身構えるも、開く前にノックの音。


「……もしかして、この中にいるの?」


     ◇


 クライドが蓋をこじ開けるなり、棺桶を飛び出して急用を済ます。口を濯ぎながら辺りを見回すと、そこは大階段の下だった。何の奇跡か、都合よくここまで吹き飛ばされたようだ。

 広間に通じる口には汚い黄金色が混ざった圧雪の壁。危うくここに埋葬されるところだったらしい。何もかもが間一髪だった。


 大階段には雪崩でも流れ込んだのか、雪塊や倒木、巨石などが散らばっていた。融雪と黒土が混ざった泥に足を取られないよう気をつけながら地上を目指す。


「意外と何とかなるものね」


 自分の足で歩き出したセレステが疲れ切った笑みを見せる。

 俺たちが無事に脱出できたのは、半分以上こいつのお蔭だろう。直接的な打撃力こそ低いものの、極めて応用性が高い魔術の支援。あれらがなければどうにもならなかった。


「……本当に疲れた」


 ごつい身体を重たそうに運ぶクライド。

 こいつがいなければセレステを守り切れなかっただろう。恵まれた体格に甘えず鍛錬を積み重ねた戦闘技術。俺も地下闘技場で腕を上げたつもりだが、こいつには敵わない。


「帰ったら風呂にするか、飯にするか……」


 思わずどこぞの新妻のような台詞を吐いてしまう俺。

 二人の活躍には及ばないまでも、全体を見渡して穴を埋めるように動いたつもりだ。多少は格好がついたと思いたい。


 考え事で少し遅れた俺の視界の端に妙なものが映った。確認のため、踊り場に溜まった雪を掻き分けてみる。


「リュー、ではないな」


 手足が捻じ曲がった見知らぬ男の亡骸。損傷が激しく分かりにくいが、装備を見る限りどうやら冒険者ではあるようだ。

 先行していた冒険者の一団の構成員だろうか。彼らも雪崩の被害を受けていたのか……


 一歩間違えれば俺たちもこうなっていた。たしかに死力は尽くしてきたが、生き残れたのは色々なものが上手く噛み合った偶然の結果だ。

 さすがに遺体を回収する余裕はないので、短く冥福を祈って背を向ける。


 先を行く二人に追いつこうと階段に足を掛けるなり、激しく転倒する。


「……は?」


 雪から這い出してきた死体が俺の足首をがっしりと掴み、大口を開けて真っ赤な舌を覗かせている。


「イネス!」


 クライドが俺の名を呼びつつ、上段から跳躍。その勢いのまま死体の頭部に棺桶を叩きつけた。


「ねぇ!前からも」


 未だ混乱の最中にある俺の耳にセレステの声が届く。慌てて顔を上げれば、倒木の陰から姿を現す三つの人影。それぞれに得物を構えた冒険者の死体だ。

 身体の損傷は少なく、動きは機敏。もしかすると、生前の戦闘技術まで引き継いでいるのかもしれない。明らかに連携の構えを見せている。


「……油断は良くないんだったな」


 人形が動かせるなら、死体を動かせてもおかしくない。未練がましく俺の足にしがみつく冒険者の腕を振りほどいて立ち上がる。


「クライドはセレステの護衛を頼む。俺が道を拓く!」


 俺の指示を聞いて、すぐさま先行するクライド。その背を追おうとする俺を途轍もない衝撃が襲った。


「……ぐっ」


 再び階段に突っ伏して大量の血反吐をぶち撒ける。頭が叩き割られたように痛み、目と耳からも出血。何が起きたのかさっぱり分からないが、致命傷なのは間違いない。

 震える手で強壮薬を取り出し、栓を噛みちぎる。


 何とか命を繋ぎ止めた俺は、謎の攻撃が発せられたほうを見た。

 階段の遥か下方。泥まみれの踊り場に立っていたのは、『苦悶する髑髏』を携えたエノーラの亡骸だった。

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