第10話 冒険者たちの意志
意気込んで踊り場の扉を開けると、目の前には森ではなく一本の通路が延びていた。
……休む前に確認しておけば良かったのだが、あの粒子が入り込むのが嫌だったのだ。
「これは、地上に繋がってるのか……?」
微かに感じる冷たい風。気のせいかと思って二人に確認してみると、彼らも同じように感じるとのこと。
通路の壁や床にはところどころ苔が生えているものの、赤い茸はない。すでにやつらの支配圏から脱していたようだ。
俺たちは風上に向かって足取りも軽く歩き出す。
◇
脱出の希望が見えてきたので、自然と口も軽くなる。
「色々大変だったけど、結構稼げたわね。もう少し大きなのがあれば良かったんだけど」
腰に下げた皮袋を叩くセレステ。ちゃっかり道中の森の樹々からも琥珀っぽいものを集めていたらしい。
「あぁ、落ち着いたらまたここに探索に来てもいいな」
ここには琥珀だけでなく、蛸人形の残骸も山ほど転がっている。おまけに、この遺跡の場所を知っているのは俺たちだけ。環境対応や運搬方法などの問題はあるが、それらさえ何とかすれば当分の間ここで荒稼ぎできるだろう。
『地獄工廠』には、やつらの翅だの触角だのも山ほど送りつけてやる。
「……油断は良くないよ」
浮かれる俺たちに重々しい口調で忠告するクライド。こいつ、性格が変わり過ぎだろ。
しかし、と考えてみる。今までの俺の経験では、遺跡から脱出する間際には必ず強敵に出くわしていた。
特大蛸人形か、昆虫頭の人獣か。それぐらいの覚悟はしておいたほうがいいのかもしれない。後者はどうにか止めてほしいが……
通路の終わりはまだ見えない。緩んでいた気持ちを引き締め直し、歩みを進めた。
◇
半日ほど通路を進み、とうとう数日ぶりの太陽を拝むことができた。床に降り積もった雪の照り返しが眩しい。
しかし、俺たちの足はそこで止まる。
「そう来たか……」
俺たちが最初に落ちてきた場所が食堂だったとするならば、ここは半地下のエントランスホールだったのだろう。あそこより遥かに広い円形の空間だ。
厨房の代わりに中央に存在するのは、森一つ束ねたような巨大樹。不気味に節くれだった幹を見る限り、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
天を衝くように伸びた幹は硝子のドームを完全に破壊してしまっており、真っ青な冬空をさらけ出させている。
四方八方に伸び育った枝は、一本一本が並の木の幹ほどの太さがあり、その面積は広場の半分を占めるほど。寒気に負けず生い茂った葉が青々と輝いてる。
その枝々で羽を休める怪鳥の群れ。目視できる範囲だけでも優に百匹は超えている。
今なら分かる。やつらの頭の上の赤いものは、鶏冠ではなく茸だ。本来、番いで行動するはずの怪鳥が大きな群れをつくっていたのは、頭部に巣くった菌糸が操っていやがるからなのだろう。人形を動かせるのなら、生物を動かせてもおかしくはない。
加えて、薄く雪が積もった床には折れた枝やら蛸人形の残骸やらが至る所に散らばり、さながら防衛陣地の様相を呈している。
俺たちのいる場所から巨大樹を挟んで反対側、壁に開いた大穴から一直線に延びる大階段。終端までは見通せないが、光が射しているところをみると地上まで通じてはいるのだろう。
最後に待ち構えていたのは厄介な魔獣などではなく、堅固な要害だった。
◇
一旦引き返して作戦会議。まずは軍務の経験があるセレステに意見を聞いてみるが……
「この人数じゃ作戦も何もないわよ。せいぜい可能な限り気配を潜めて進んで、気づかれたところから強行突破に切り替えるくらいしかないわね」
さすがにあの無数の猛禽の目から最後まで逃れ切るのは無理か。
階段を使わずに壁をよじ登るのは……怪鳥どもに背中を狙い打ちされるだけだろう。
分断して各個撃破するのは……しっかり統率されているらしいあの群れが、そんな悠長な作戦に付き合ってくれるとは思えない。
軍人なら匙を投げて撤退を選択するような状況。しかし、ほどなる食料が尽きる俺たちは立ち向かうより他に道はない。
三人で知恵を絞ってみるが、最初の策とも言えない策よりましな考えは浮かばない。せめてもと思い、生還の確率を上げるような工夫を盛り込んでいく。
「仕方ない、そんな感じで行くか。……最後に何か言っておきたいことはあるか?」
いつまでもまとまらない話をリーダーらしくまとめにかかると、しばらく沈黙を保っていたクライドが決然とした表情を見せた。
「……僕はエノーラのことをご両親に報告しないといけない。だから絶対に生きて帰る」
作戦について聞いたつもりだったが、決意表明をする流れになる。
……そういえば、俺も今までに何度か死線を越えているが、こんな風に覚悟の時間が貰えることはなかったな。
「私が窮屈な軍を抜けたのは、面白おかしく暮らすため。こんなところで終わるつもりはないわ」
……俺は、何だろう。彼らのように高尚な目的や殊更大きな欲があるわけではない。
何となく始めた冒険者稼業。それなりに上手くいっていたのが楽しくて、勢いに任せてここまで流れてきただけだ。
とはいえ、自分で決めて始めたこと。何処で野垂れ死んでも構わない覚悟だけはしているつもりだ。親兄妹には悪いが、諦めてもらうしかない。
心残りと言えば……
「……待たせているやつがいる。待っているはず、たぶん」
きちんと確認したわけでもないし、はっきりと約束を交わしたわけでもない。だから、盛大な勘違いかもしれない。
何とも中途半端な状態だが、いい加減な手紙一つ送ったきり消えてしまうのは……さすがに人としてまずいだろう。
少なくとも顔見知りである俺が、親御さんに続いて居なくなるわけにはいかない。
そこまで考えて、自分の気持ちが半ば固まっていることに今更ながら気づく。
これまでの冒険者稼業。たくさんの人と出会ったし、当然そのなかには女性もいる。だが、この命懸けの土壇場で思い浮かぶのは、何故かあの小憎たらしいもじゃもじゃ頭。
……何か腹立つな。
言葉も発さずにくるくると表情を変える俺に、セレステが玩具を見つけたような顔を向ける。
詳しく話す気なんて更々ないぞ。
◇
死地に踏み出す前に、最後の確認。
一応、俺とクライドが前衛を務めるが、縦長の陣形は取らずに一塊になって行動する。
怪鳥どもに発見されるまでは障害物伝いに進み、見つかったあとは大階段まで最短距離で突っ切る。
上空への対処はセレステに任せて、俺たちはとにかく道をこじ開けることに専念する。いちいち敵に止めは刺さない。
切り札の強壮薬は、俺たちが一本ずつでセレステに二本。必要になるのは俺たちのほうだろうが、自力で飲める状況とは限らないからだ。
「さて、そろそろ行くか?」
求めるものは三者三様だが、生還への意志は全員同じ。
拳をぶつけ合い、互いの健闘を祈った。
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