第9話 光舞う密林
俺たちは天井をぶち抜く巨木を目指すことにした。上階の存在が確認されている以上、探せばどこかに真っ当な階段もあるんだろうが、この環境で悠長に探索などしていられない。
地表にせり出した根っこで足場は最悪、おまけに樹々が邪魔して真っ直ぐに進めない。目的の巨木は見えているのに、なかなか近づけない。
「敵影、前後に各一。どっちも蛸人形よ!」
見通しも悪いので索敵はセレステ頼みだ。幹に登って身を潜め、前方の敵に備える。
樹皮を削りながら現れる蛸人形。この森に入ってから、こいつも現れるようになった。苔に加えて赤い茸がびっしり生えたまだら仕様のやつだ。
道中にあった苔だけの人形はいずれも動かなかった。最初に倒した人形の中にあった蠢く粘液。あいつが人形を動かしていやがるんだろうか……
不気味な想像を中断し、樹上から飛び降りる。蛸人形の背中に着地して、砲塔の接合部に蟹爪をねじ込んだ。
◇
うんざりするほどの戦闘を経て、ようやく辿り着いた巨木の根元。さすがに休憩を挟ませて欲しいが、この環境ではゆっくりできない。
「先頭の交代は……無しだよな」
にっこり笑うセレステと憐れみの目を向けるクライド。くそ、彼がセレステに逆らってくれれば、多数決で覆せるのに……
悪態をつきつつ、俺は幹に張り付いてあの悪魔のように登っていく。もはや俺の魔術による索敵は機能していないので、完全に目視頼みだ。
太い枝に取り付いたとき、頭上の枝葉ががさがさと揺れる。……やはり、やつらが来たか。
「任せるわよ!」
クライドの背中からセレステが叫ぶ。立場を失くしたリーダーに逆らう術はない。うんざりしながらも、迎撃態勢に入った。
姿を見せる黄金の悪魔ども。樹上はやつらの領域だ。側面をとるように枝の上を飛び回り、蟹爪を振るって次々とはたき落とす。
当然仕留めるには至っていないが、気にしている場合ではない。こいつら、一匹見かければ百匹はいやがるのだ。
「……死ね!」
呪詛の言葉を吐きながら第二陣に躍り掛かった。
◇
そんな奮闘を繰り返して何とか巨木を登りきり、上階に到着する。周囲の光景は下の階と同じく光舞う巨木の森だった。いささか粒子の量が増えたように感じる。
まだ休める状況ではない。
俺は次の進路を決定するために再度樹に登る。枝葉の動きに注意を払いながらも遠方を確認すると、苔に埋もれた壁の一面に半開きの扉が見えた。さほど距離はない。
その先に何があるかは分からないが、この環境よりはましなはず。
幹から飛び降りた俺は二人をつれて早速そこに駆け込む。
◇
「ふぅっ!」
久方ぶりに防毒面を外して一息。扉の先は階段の踊り場になっていた。下方に向かう階段は床をぶち抜いて育った樹々に塞がれているが、上方へは進行可能。
幸いなことに扉は密閉できたので、すぐに上へは向かわず、ここで休憩を取ることにした。
散々働かされたクライドは仮眠を取っている。セレステはほとんど彼の背中の上だったので、肉体的な疲労はないはずだが……
「魔力の残りは大丈夫か?」
俺の確認にいささかやつれた笑顔を見せるセレステ。さすがに本職でも厳しいか。
「結構ぎりぎりね。……それより、あなたは大丈夫なの?いつ音を上げるかと楽しみに見てたんだけど」
音は上げていたつもりなんだがな……
しかし、問われて初めて気付く。俺の体調はむしろ万全に近い。あの粒子を吸い込んだ際には、口から茸が生えてきやしないか恐々としてたのだが……
以前、俺が立てた仮説。強烈な再生の特性を持つあの赤黒い液体が霧状になって遺跡内部に充満しているのでは、というものを思い出す。赤い粒子も似た性質を持つとすれば、今の好調にも頷ける。
この状況で体力に満ち溢れているのは助かるが、身体には良くないんだろうな……
「……まぁ泣き言を言っても仕方ないしな」
俺の呟きを痩せ我慢ととったらしいセレステが労うように抱き締めてきた。むにゅりと潰れる柔らかいもの。
……クライドは熟睡している。
「随分頑張るのね。帰ったらご褒美に一晩でも二晩でも付き合ってあげるわ」
……本当かよ?自分からどうこうするつもりはなかったが、そんな誘いを断るほど堅物ではないぞ。
誰に遠慮する必要も……ないはず。
魅力的な提案に、俺はたちまちのうちに気力まで全快する。すぐにでも先に進みたい気分だが、そういうわけにもいかない。
呑気に寝てしまっているクライドの隣に身を横たえて目を閉じる。
……悪いな、クライド。
◇
階段を侵食する樹木を前に項垂れる。
「ここまでか……」
巨木の森は多重の積層構造になっていた。ずっと階段が使えれば森を回避して地上に向かうことができたのだが、残念なことに階段は数層ごとに塞がれてしまっている。
そうなると、また扉の外の森に出て天井を貫く巨木を探さなければならない。ひっきりなしに襲ってくる蛸人形ややつらに対処しながらだ。
もはや強敵とも言えない相手だが、途中で休憩を挟めないのがなかなかにきつい。
幸いなことに、道は途切れることなく地上に近づいていっている。上がってきた高さを考えると、そろそろ地上に出てもおかしくないのだが……
後に続く二人を振り返る。この疲労では続けてもう一層の攻略は無理だろう。
「今日はここまでにするか」
積層する巨木の森の探索を開始してほぼ二日。残りの食料はあと一日ぶんといったところ。明日中に何とか脱出しなければ……
さすがに、あの茸を食う気はない。
◇
慎ましやかな食事を終えて一息ついていると、おもむろにクライドが口を開いた。
「……リューはどうなっただろう?」
久々に喋ったと思えば、セレステ以外の名前が飛び出してくる。……ようやく薬の影響が抜けてきたのか?
「さぁ、どうだろうな」
自分のことに必死ですっかり失念していたが、そう言えばそんなやつもいた。やつの腕前なら一人で街まで帰還することも不可能ではないだろう。その後、救援を募って……
まぁ、期待薄だろうな。
「僕とエノーラちゃんは隣同士の家で育った幼馴染だったんだ。ある日、村にリューがやって来て……」
聞くまいと思っていた彼らの馴れ初め。吐き出すことで楽になるなら、と黙って聞く。
まぁ内容は想像していたものとほぼ同じ。自分から身を引いたのに、結末があれではやりきれないな……
「こんな稼業だもの、しょうがないわ。そういうときは、楽しいことをして忘れるしかないわよ」
クライドの膝に手を置いてセレステなりの慰め。
……この妖精、誰でもいいのか。
◇
ひとしきりの話が終わったのち、交代で長めの仮眠をとる。各自、万全の体調で勝負の一日を向かえた。
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