第8話 黄金の悪魔

 扉の先の光景に、三人揃って息を飲む。


 アーチ状の天井を持つ通路で構成された螺旋の回廊。壁と天井は硝子で出来ており、向こう側に積もった雪の結晶がきらきらと輝いている。

 螺旋の内側は雪が溶けてしまったのか、大きな空洞になっている。緩やかな傾斜で下っていく回廊の終端は、ここからでは確認できない。

 螺旋回廊が地上に向かってくれれば有り難かったのだが……


「硝子の天井をぶち抜いて地上まで道を作れるか?」


 美しい光景に惚けた表情を浮かべるセレステに問いかけると、呆れた目を向けられる。


「よくそんな無茶を思いつくわね……まぁ通路全体が崩壊して仲良く生き埋めになるのが落ちね」


 そういうことなら、この先に進んでみるより仕方がないか。

 広さも傾斜も問題ないが、戦闘向きの場所とは言えない。もしまたあの蛸人形でも出て来て大砲をぶっ放しやがったら、躱したところで結局生き埋めだろう。


「そろそろ行くか」


 未だ鑑賞し足りなさそうな二人を促して、螺旋回廊を下り始めた。


     ◇


 通路の中央に鎮座する苔生した小山。思いっ切り蹴飛ばしてみるが、動き出す気配はない。


「こいつもか……」


 螺旋回廊を下ってすぐ、これと同じく動かない蛸人形に出くわした。苔が生え過ぎたのか、あるいは別の理由か。原因は不明だが、遺跡の崩壊を気にしながらの戦闘は避けられている。

 ……そういえば、こいつらには赤い茸が生えていない。苔に淘汰されてしまったのだろうか。


「持って帰れれば結構な金になりそうね」


 セレステの言う通り、これまでに見つけた蛸人形は十を超えている。いずれも金属の塊なので、苔さえ剥がせば『地獄工廠(笑)』が高値で買い取ってくれるはずだ。


「持って帰れればなぁ……」


 当然、こんな重量物を運ぶことは出来ないので、全部通路に放置したままだ。金になりそうな部品だけを剥ぎ取っても良かったのだが、まずは脱出路を発見しないと話にならない。


 念の為、セレステには側面の壁を調べながら歩いてもらって来たが、脇道は見つかっていない。まぁ、硝子製なので目で見ただけでも分かるのだが……


 そんな具合にどんどん地上から遠ざかるように歩みを進め、やがて螺旋回廊の終端に辿り着いた。


     ◇


「訳が分からんな」


 辿り着いたのは螺旋回廊の内側、大空洞の底だ。そこに広がるのは鬱蒼とした森。地上に生えていた針葉樹などではなく、熱帯のような植生になっている。

 いつの間にか気温も汗ばむほどに上がっている。この遺跡の水が温まっていたのは、この辺りに関係あるのだろうが……

 陽光の届かぬ地下で育つ青々とした植物。まともなものであるはずがない。


 とりあえず休憩をとろうと捩じくれた根っこに腰を下ろしたとき、セレステが鋭い声を上げた。


「敵影、四。接敵まで三十秒!」


 俺とは索敵の範囲が段違いだ。しかも樹々があってもお構いなしらしい。

 感心しながら通路との境目まで下がって陣形を整える。事前の取り決め通り、俺が最前衛だ。


 セレステの予測通りに敵が姿を見せるや否や、リーダーの俺は素早く指示を下した。


「前後衛、入れ替えだ!」


 現れたのは黄金色の外骨格を持つ悪魔だ。


     ◇


 然程の時間もかからず悪魔は退けられた。ほっと安堵の息を吐く俺に向けられる視線は冷たい。


「リーダーを任せるとは言ったけど、あの指示はないんじゃないかしら?倒せないにしても、時間を稼ぐくらいは出来たでしょう」


 セレステの小言に返す言葉もない。完全に俺の失態だ。


 森から現れた巨大昆虫。その姿を見た瞬間に、俺は素手で戦うのは無理だと判断した。特段、アレが苦手というわけではないが……さすがにあの大きさは勘弁して欲しい。

 俺の急な指示にも何とか反応してくれたセレステが冷風の竜巻を放ってやつらをひっくり返し、そこにクライドが飛び込んで棺桶で頭を叩き潰す。やつらは見た目相応のしぶとさを見せたが、杭を打つように何度も棺桶を叩きつけるうちに絶命した。


 未だ怒りが収まらぬセレステから逃げるように死骸の検分に向かう。

 黄金色の外骨格はべつに金属製というわけではなかったらしく、クライドの攻撃でばきばきに砕けている。大量の体液まみれで実に気持ちが悪い。

 その気持ち悪い体液に混じって、ところどころに赤黒い菌糸が散らばっている。こいつらが餌にしていたらしい。


「……回収するつもり?」


 セレステに問われるが、さすがにこれは後に続く探索者に残しておいてやろう。


 俺たちは一旦通路に引き返し、休憩をとることにした。


     ◇


 俺の先導の元、悪魔の森の探索を進める。先導と言っても、何の手掛かりもないので壁沿いに進んでいるだけだが……


 休憩の際、俺はリーダーを辞退する旨を申し出たのだか、許されなかった。ついでに先導役も降ろしてもらえなかったので、おっかなびっくり単身先行させられている。


「敵影、一。その樹の上よ!」


 もはや誰がリーダーか分からない指示に大人しく従って、捩じくれた幹に飛びつく。そのままやつらの動きを真似をするように這い上がった。

 葉の動きに目を凝らして待ち構える。


「うらぁ!」


 敵の姿を確認するなり右腕を振るう。グローブの上に無理矢理取り付けた蟹爪が悪魔を幹から引っ剥がして下界にはたき落した。

 まともな人間は素手で魔獣と戦ったりしないのだ。


 樹の下からずどんという重い音が響く。


「仕留めましたよ!セレステさん」


 止めを刺したらしいクライドの声を聞きながら溜息をつく。さっきからずっとこの調子で二十匹近く倒している。強敵ではないのものの、ごりごりと精神が削られていく。

 棺桶の中にまで体液が染みてなければいいのだが……


 かさかさと幹から降りる途中で、枝の合間から気になるものを発見する。

 壁際に位置する一本の巨木。人ひとり通れそうなほどのウロの中に仄かな光が見えた、ような気がする。


「おい、何か見つけたぞ!」


 樹上から叫ぶ。気のせいかもしれないが、とにかく確認しなければ。一刻も早く悪魔の庭から脱出しなければならないのだ。

 ……やつらの巣じゃないよな?


     ◇


 一本の巨木と思ったものは、複数本の樹々が絡まり合って生えているものだった。床をぶち抜き壁材を持ち上げるように成長したらしく、幹の隙間は洞窟のように壁を越えた奥深くまで続いている。

 ランタン片手に覗き込んだ俺は思わず咳き込む。生温い風に混じって赤い光を放つ粒子が舞っており、それを吸い込んでしまったのだ。


「……その奥に進むの?」


 セレステが顔を顰める。俺もこんな見るからに危険そうな場所に入りたくはないが、他に手掛かりもないので仕方がない。

 

 クライドに預けていた棺桶から防毒面を取り出して装着。二人にはセレステの魔術で何とかしてもらうことにする。

 各々が準備を整えるのを確認したのち、不気味な洞窟に踏み入った。


     ◇


 樹々が織り成す洞窟を歩く。武器を振るうほどの広さはないが、通るぶんには問題のない道幅。根が張り出して足場は悪いので、苔生した壁に手をつきながら慎重に進む。

 細かい分岐はあるが、基本的には一本道なので迷うこともない。


 懸念していた閉所での襲撃もなく、調子よく移動距離を伸ばしていると、ふいに壁についていた手がずるりと滑った。

 剥がれた苔の下から黄金色の煌めき。小型のあいつもいたのかと飛び上がりそうになるが……違う。


「……琥珀か?」


 樹皮の隙間から顔を覗かせる透き通った結晶。混じりものがあるのか、少し赤味を帯びているような気がする。

 これが琥珀そのものかは分からないが、金になるのは間違いない。蟹爪でごりごりと周囲を削り、胡桃大の塊を掘り出した。


「おい、これと同じものがあったら回収しておいてくれ」


 こういうのが好きそうなセレステに放ってやる。きっとクライドが血眼になって探してプレゼントしてくれるだろう。


     ◇


 お宝探しをしながら、さらに進む。樹皮に張り付く苔に赤い茸が混じりだした。漂う粒子の量も増えている。もしかして、これは茸の胞子なのかもしれない。

 ……まずいな、最初に結構吸ってしまったぞ。


 粒子が濃くなって視界が悪くなり始めたころ、とうとう洞窟の出口に辿り着いた。

 広大な空間を前にして泣き言が溢れる。


「勘弁してくれ……」


 そこは先の森よりも遥かに巨大な樹々が生い茂る空間。その大きさは高い天井を貫くほど。破られた天井の隙間から上階と思しきものが見えている。

 異様に捩じくれた幹は、赤い茸が苔を駆逐してびっちりと生えている。あれがあいつの餌ならば……


 悪魔の庭の先には、悪魔の楽園が広がっていた。

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