第3話 雪中行軍
「どうやら打ち解けられたようだね」
突然の声に顔を上げれば、いつの間にやら三人組が到着していた。すっかり話し込んでしまって全く気づかなかった。
リューの目が笑っていないところを見ると、やはりこいつもセレステさんを狙っていたようだ。エノーラ嬢も勘付いている様子。
……面倒臭いことになりそうだ。
「全員揃ったところで今回の遠征について説明するよ」
リューが語る計画によると、今回の目的地は雪深い山の中腹にある針葉樹林。そこで最近発見された大規模遺跡を攻めるそうだ。
現在、発見者である熟練冒険者の一団が探索を進めているが、その広大さから満足に手が回っていないとのこと。そこにこっそり忍び込んで遺物を掠め取るつもりらしい。
あまり行儀が良い振る舞いではないが、それを禁止するような取り決めなどはない。厄介な魔獣の処理は先方がやってくれるだろうし、安全性も実現性も十分ある計画だ。
「今回の目的地は遠い。さっさと出発しようか」
遅刻について悪びれることもなく歩き出すリュー。その隣にぴったり張り付くエノーラ嬢と、黙って従うクライド氏。
「あなたたちもさっさとしなさい!」
二人で顔を見合わせる。セレステさんの立ち位置は、あちら側というわけでもなさそうだ。
「……俺たちも行きましょうか」
自分のことは棚に上げて、セレステさんにべったりくっついて歩き出した。
◇
行軍時の陣形は、大きく先行するリューに少し遅れてエノーラ。その護衛のようにクライドが控えて、俺たち二人は最後尾だ。
見通しの良い雪原では不要かもしれないが、念のため時折風術を行使して後方を警戒する。
「あなた、呪術以外もいけるのね」
魔術の行使に気づいたセレステさんが脇腹をつついてくる。むしろ呪術のほうこそ使えないのだが、見栄を張って曖昧に笑っておく。
「公国でも複数の系統を扱う術師は少ないんですか?」
俺の問いに意外そうな表情を浮かべるセレステさん。
「もちろんそうよ。どうしても練度が落ちちゃうしね。多方に手を出すと良くないのは、何事も一緒よ」
公国のほうでは早いうちに専門の系統を決めて腕を磨くのが一般的らしい。……今更そんなことを教えてもらっても遅いのだが。
「わたしの専門は、これ」
魔力の流れとともに、俺たち二人を中心にして柔らかな風が渦を巻く。……これは冷気を遮断しているのか。
なるほど、この人が雪中でも薄着のままなのはこの技術があるかららしい。
……しかし、まずいな。風に乗って滅茶苦茶いい匂いがする。媚薬入りの香水でも使っているのか?
くらくらし始めた頭をはたくようにリューの叫びが響いた。
「敵襲!」
この不揃いな面子での初戦が始まる。
◇
粉雪を巻き上げて前方から迫るのは狼の群れ。真っ白な毛皮が保護色になって見辛いが、二十匹近い数だ。
「行くぞ!」
その掛け声を開戦の合図として果敢に突撃するリュー。赤熱する双剣が雪原を溶融させて二本の轍を形作る。あれが『赤い牙(笑)』か。
群れの只中で『赤い牙(笑)』が躍る。その手数と鋭さ、たしかに噂になるのも納得だ。
堪らず散開し始める狼たちにまばらな矢が降り注いだ。放ったのは弓を背負っていたクライド……ではなくエノーラ。荷物持ちにされてただけなのかよ。
クライドは斧を掲げて射手を守る構え。エノーラ嬢、術師っぽいのにわざわざ武器を使うってことは、治療術あたりが専門なのだろうか。
なかなか噛み合った連携を見せる三人組だが……
「……これは、俺たちのところまで取りこぼしが流れてきますね」
あくまで三人組での戦術。最後方の俺たちへの配慮は不十分。牙を逃れた狼たちが左右に迂回して迫ってくる。
まぁ、俺たちもべつ護衛対象というわけではない。仕事の始まりだ。
◇
セレステさんから少し離れて、得物を振るう空間を確保。狙いを俺に誘導するべく杖を掲げた。先端の頭骨に備わった「魔獣の注意を引く」という特性は今でも有効なのだ。
しかし、それが効果を発揮するより先にセレステさんの魔術が発動する。
「……『霧氷結界』」
吐息混じりの発声とともに巻き起こる地吹雪。彼女の必殺技(笑)ではなく、公国軍の制式魔術だろう。いくつかの結晶同士が寄り集まり、朝日を反射して宝石のような輝きを放った。
無数の宝石は俺たちを中心とした軌道で旋回する。軌道は次第に広がっていき、駆け寄ってくる狼たちのところまで到達。氷晶の飛速度は痛打を与えるほどのものではないが、直撃するとそのまま毛皮に張りついて彼らの行動を確実に阻害する。
煌めく風が止んだとき、風上側の半身が氷像と化した狼たちが雪原に転がっていた。
……凄いな、これが本職の術師による対軍魔術か。
「あとはあなたに任せていいかしら?」
感心している俺に、セレステさんからのお願い。向かってきた狼たちは全て沈黙しているが、仕留めてはいないようだ。
復帰してくる前に杖で叩き潰していけばいいだけなのだが、せっかくの見せ場。大技を披露してやろうか。
両手で握って杖を高く掲げて集中。髑髏の機構を起動すると同時に風術も使って出力を強引に引き上げる。集束は多少甘くなるが、呪いの威力は即死級だ。
「……死ね!」
技の名前などないので、とりあえず適当な台詞を叫んで照射を開始。薙ぎ払うように呪いをばら撒いた。
ただでさえ動きを封じられた狼たちに不可視の攻撃を躱す術はなく、目と耳と鼻と口から血を噴き出して雪原を汚していく。
ついでとばかりに前線に残っていた獲物にも呪いをお届けすると、あっという間に地獄のような光景が広がった。
「これが呪術……」
僅かに影響を受けたらしいエノーラ嬢が尻餅をついて震えているが、セレステさんは手を叩いて大笑い。さすがにこれだけ近くで使えば、今のが呪術ではないことくらいわかるか。
……張り切って実力(笑)を披露したが、魔力の残量は早くも半分。俺のせいではない。背中にしなだれかかる魔女が悪いのだ。
◇
雪原を突破した一行は山岳地帯を進む。初戦以降も散発的な魔獣の襲撃はあったが、俺に呪術(笑)を使わせたくないのか三人組が頑張って対処した。
無駄遣いかと思われた大技にも意味があったらしい。
ここからの道は急斜面だ。ブーツの刃を起こして滑り止めにする。
ごそごそと作業をする俺にセレステさんが抱きついてきた。
「さっきの杖もそうだけど、随分といい装備ね。……そんなに稼いでるの?」
なるほど、それでやたらと距離が近かったのか。何を期待しているのかわかるが、残念ながらその期待には応えられない。
「友人が作ってくれたんですよ。金はないので、材料持ち込みです。……ろくに工賃も払わなかったので、嫌がらせでこんな邪悪な見た目にされました」
背負っていた棺桶から干し葡萄を取り出してセレステさんにも分けてあげる。
「……その棺桶、死に別れた恋人のミイラが入ってるって噂になってるわよ」
そんなことを言いつつも、何のためらいもなく干し葡萄を口に放り込むセレステさん。だいたい、あんたも普通に棺桶に座ってただろうが。
「金がないのは残念だけど、なかなか話せそうで助かるわ。あの三人は道中ずっとあんな具合だったでしょう?」
随分とあっさり本心をぶち撒けやがるな。話し相手がいて助かっているのは俺も同じだが、あいつらの雰囲気が悪いのはこの人のせいでもある。
もはや格好つけ続けるのも馬鹿らしい。俺もすっかり素を丸出しにして、やつらの陰口を叩きながら準備を進める。
セレステさん、もといセレステは魔術で何とかするらしく準備は不要とのこと。
「さて、そろそろ行くか」
聳え立つ雪山を見上げる。頂上付近は吹雪いているようだ。ここからは強力な魔獣が出現するだけでなく、厳しい自然も牙を剥く。
本来ならばこんな危険な場所に自分から飛び込みたくはないのだが、金のためなら仕方がない。
……金がない男は歯牙にもかけられないのだ。
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