第2話 地獄より届く依頼

 寒々とした街並みを独りで歩く。今日は帰りが遅くなってしまったので、久々の外食に向かう最中。困窮しているとはいえ、一食ぶんくらいの余裕はある。……一日ぶんの稼ぎは飛んでしまうが。


「…ん?」


 安い定食屋の前に人だかりが出来ている。集まった面々は全員冒険者であるところを見ると、どうやら依頼の張り紙でもあるらしい。

 誰かが特定の素材などを求める場合、基本的には伝手がある冒険者に直接依頼を出して調達する。しかし、求める素材が大量であったりすると、こうして公募のような形で広く告知されることもあるのだ。


 とはいえ、こんな場末にまで張り紙が出るのは珍しい。

 興味を持った俺が背伸びして後ろから覗き込むと、人集りがざっと割れて一本の道が出来上がってしまった。

 ……そんなに避けなくてもいいだろ。


「どれどれ」


 すっかり独り言が増えてしまった俺は、遠慮なく道を通って張り紙の前に立つ。

 そこに書かれていたのは……


 遺跡で産出された金属および宝石等の素材を求む。買い取り金額は相場の二割り増しを確約。希少性に応じてさらに上乗せ。買い取り数量、金額ともに上限無し。

 ……何だ、この出鱈目な依頼は。


 首を傾げつつも最後まで読み進めた俺は、末尾に記載された依頼主の名前を見て納得する。

 その名も『地獄工廠』。自分の工房にこんないかれた名前をつけるやつは世界に一人しかいないだろう。そうなると、潤沢な予算の出所も自明だ。二人して何やら大掛かりなことを企んでいるらしい。

 ……あいつ、俺の適当な注文を散々馬鹿にしたくせに。


 顎に手を当てて考え込む。

 報酬は魅力的だし、何よりあの二人のためなら一肌脱いでやりたい。しかし、一人で活動している俺には依頼の品を用意するのは困難だ。その辺りの素材を手に入れようとするならば、街から遠く離れた未踏の遺跡を目指さなければならないのだ。


 さすがに無理だと結論づけた俺は、踵を返して定食屋の入口に向かう。元気にしているらしい二人を思って鼻で笑うと、またも人混みが真っ二つに割れた。


     ◇


 小汚い店の片隅で黙々とまずい粥を啜る。傍らには酒、ではなく白湯。正直、ここまで切り詰めなくてもいいのだが、軽くなる一方の財布を思うと少しの贅沢もする勇気が出ないのだ。


 俺のテーブルに近づく者はいない。呪術師は一般の人間のみならず、冒険者の間でも忌避されている。その脅威を知っているだけに尚更なのだろう。

 具の無い粥をつまみに白湯を飲む不気味な風体の男。側からみれば誰かの弔いにすら見紛うはずだ。……俺でも近づかないな。


 薪代を節約するために閉店まで居座ってやろうと企んでいると、物好きなことに俺のテーブルに向かってくる三人組が現れた。


「『呪術師』、ここにいたか。君を探してたんだ」


 断りもなく席に着くこの優男、たしか最近この街にやってきた新進気鋭の冒険者だったはず。

 腰には業物らしい剣が二本。使い込み具合からすると、予備なのではなく両方同時に使うのだろう。


「……イネスだ」


 何となく好きな系統の人間ではなさそうに感じるが、話も聞かずに追い返すのも悪い。とりあえず名乗って片手を差し出す。


「あぁ、僕は『紅い牙』のリュー。こっちの大きいのがクライドで、そこの可愛い女の子がエノーラだよ」


 こいつも自分で二つ名を名乗る手合いか。リューとやらの言葉を受けて、残りの二人に目をやる。

 片方は長柄の斧と弓を背負った鎧姿の大男。変わった武器の組み合わせだか、どうやって使うのだろうか。

 もう一人はローブを羽織った小柄な女。こっちは術師か。たしかに可愛いが、性格はきつそうだ。顔を赤らめてリューの肩をばんばんと叩いている。

 その様子を寂しげに見つめるクライド氏。


 三人で組んでいるようだが、人間関係は一目瞭然だ。


「……それで、用件は?」


 あまり深入りしたくないので、さっさと話を進めるように促す。


「もちろん、張り紙の件だよ。あれだけ美味しい依頼は滅多にないからね。僕たちも人数を増やして挑戦しようと考えてるんだ」


 今、声をかけてきたということは、そうなのだろうと思っていた。まさに渡りに船ではあるが…


「……それは依頼の後もずっと組むということか?」


 仲間が増えるのは有り難いものの、修羅場に巻き込まれるのは勘弁だ。

 煮え切らない俺の態度にエノーラ嬢が眉を吊り上げるが、やたらと爽やかな笑みを浮かべたリューがそれを宥める。


「今回試しに組んでみて、それから考えてくれればいいよ。実はもう一人にも声をかけていて、そちらからは色よい返事をもらっている。君もどうだろうか?」


 合計五人か。こいつらの評判は噂に聞いているし、もう一人の助っ人というのもそれなりの腕なのだろう。

 諦めていた依頼に望外の面子で挑めるというのは、またとない機会ではある。


「……わかった。受ける」


 色々考え合せた結果、俺は受けることにした。


     ◇


 明けて翌朝、貯蓄をはたいて万全の準備を整えた俺は街の外で仲間を待っていた。

 間もなく集合時間だが、まだ一人も姿を見せない。何をやってるんだ……と考えるも、気分が悪くなりそうな光景しか思い浮かばず、ため息をついた。


 棺桶に腰掛けて頬杖をついていると、ようやく街門から一人の人間がやってくるのが見えた。背格好からして、昨日の三人組の誰かではない。もう一人の助っ人というやつか。


「おはよう。あなたが『呪術師』さんかしら?」


 現れた女性を見て思わず喉を鳴らす。

 術師なんだろうが、その衣装は身体に密着するかなり際どいもの。……実にでかい。顔は美人とか可愛いとかいうよりも、妖艶という言葉が相応しく、口元の黒子から目を離せない。

 この街にこんな人いたか?年齢はそれなりにいってそうだが、全く問題はない。


「はい、イネスと言います。今日からしばらくよろしくお願いします」


 フードを脱ぎ去り、リューにも負けない爽やかな笑顔を浮かべて初対面の挨拶をする。やつが来る前に少しでも優位をとっておかなければならない。

 たとえ卑怯と言われようが、すでに戦いは始まっているのだ。


「あら、見た目とは印象が違うのね。わたしはセレステよ。こちらこそよろしくね」


     ◇


 二人並んで棺桶に腰を掛け、ぽつぽつ世間話。


「セレステさんは最近まで公国軍にいらっしゃったんですね」


 俺に密着して座るお姐様の身の上話に合いの手を入れる。術師としての経験は豊富そうだが、冒険者になってからはまだ日が浅いらしい。


「そうなのよ、色々あって辞めちゃったんだけどね」


 なるほど……詳しくは語られなくても、どんな厄介事があったのかは想像に難くない。まぁ掘り下げる必要はないだろう。


「困ったら何でも聞いてください。でも俺はまだ術師としては駆け出しですので、セレステさんも色々教えてくださいね」


 俺の言葉にうふふと笑ったセレステさんが唇を寄せて囁く。


「もちろん、わたしでよければ手取り足取り教えてあげるわよ」


 ……さすがにこれは意識してやっていやがるな。まぁ拒む理由もないので、そのまま耳をくすぐられておく。

 街を出立していく他の冒険者たち恐ろしい目で睨まれるが、そんなもの知ったことか。


 実際、この人と一緒に冒険できるのは幸運なことだ。のんびり指導を受ける暇はないだろうが、本職の術師の戦い方を間近で見るだけでも得るものは大きいはず。


 ……帰って来てからのお楽しみもありそうだしな。

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