第4章 氷下の密林 〜不死身の呪術師と永遠の妖精〜

第1話 忍び寄る敵

 苔生した石壁に身を隠し、ひたすら待つ。冷え切った冬の空気が俺の身体を切りつけるが、ここで火を熾すわけにもいかない。

 フードを目深に被って崩壊した住居跡の監視を続ける。


 今日はもう諦めようかと考え始めたころ、雪がちらつく曇天に二羽の鳥が飛来した。

 巨大な猛禽の身体に駝鳥のように発達した脚部。何やら無駄に格好いい名前がついた魔獣だが、俺は単に怪鳥と呼んでいる。

 なお、頭はつるつるに禿げている。


 巣に帰還した怪鳥の番いは、捕らえてきた家畜を仲良く分け合って食べ始める。俺の存在にはまるで気づいていない。

 そろそろと忍び寄り、団欒の風景に向けて邪悪な杖を構えた。


「……くっ」


 指向性をもたせてあるらしいが、それでもやっぱり結構きついな。

 ちっこい頭骨に組み込まれた機構。そこから放たれる不可視にして不可聴の呪いは、巨大な魔獣ですらもたちまちのうちに地獄に落とす。

 飲み込んだ獲物の肉を吐き散らしながら瓦礫の間を転がり回る二羽の怪鳥。


 威力を高めた音響砲と聞いていたので、てっきり咆哮で木っ端微塵に粉砕するようなものを期待していたのだが……やつに任せた結果、こんな悪趣味なものに仕上がってしまった。

 試作品を暴発させたチャーリーに聞いたところによると、「死にたくなるほどの苦痛だが、死にたくても簡単には死なせてもらえない 」……らしい。その事故のときには工房周辺の家々にも影響が出てしまい、奇病の発生として大変な騒ぎになったそうだ。


「さて……」


 このまま衰弱して絶命するまで待ってもいいのだが、蓄積された魔力が少々心許ない。……それに、あまりに見るに耐えない光景なので、さっさと楽にしてやることにする。

 杖の機構を停止させて惨劇の舞台に飛び出した。


     ◇


 呪いの効果は未だ残り、なおものたうつ二羽の怪鳥。手前の雌に向かって跳躍する。


「おらぁ!」


 小細工なしの振り下ろし。頭骨同士の硬さ比べは俺の得物に軍配が上がる。石材と脳の破片が混じり合って辺りに飛び散った。


 この杖には衝突の瞬間に破壊力を増強する機構まで組み込まれており、こんな雑な攻撃でも致命の一撃に変わるのだ。本来、駆け出し冒険者が持つような代物ではない。売りに出せばとんでもない値がつくはずだ。

 ……見た目さえまともだったら。


「うぉっ…」


 背後からの突風に体勢を崩す。その流れのままに前転して後ろに向き直ると、大きく翼を威嚇する怪鳥の姿。

 さすがに目の前で連れ合いを惨殺されれば地獄の苦痛のなかでも立ち上がるか。


 怒り心頭の怪鳥がふわりと空に舞い上がる。あきらかに理にそぐわない動き。この辺りの魔獣は当たり前のように魔術を使いやがるので厄介だ。

 急降下の勢いそのままの突撃……に先行して襲いくる旋風。立てた棺桶の陰に身を隠してやり過ごす。

 続く馬上槍のような嘴での追撃は棺桶に直撃し、大きく吹き飛ばした。……しかしもうそこに俺はいない。


 棺桶の下部には手を離しても自立する脚が取り付けられており、裏側には足掛かりの突起まで生えている。

 それらを使い、一瞬の隙に怪鳥の頭上まで跳び上がった俺は、空中で後ろ回し蹴りを放つ。

 踵の刃に羽根を切り裂かれた怪鳥は奇声を上げて墜落した。


     ◇


 もがく怪鳥を連れ合いの元に送ってやり、一息。このまま休憩にしたいところだが、日が落ちてしまうと殺風景な石造りの街は相当に冷える。

 気合いを入れ直し、素材の剥ぎ取りを始めた。


 嘴、爪に風切り羽根。胸肉、腿肉と、金になる部分を根こそぎ集めて棺桶の中に放り込む。

 この棺桶、蓋を開けると食材保管庫に簡単な調理台まで組み込まれている。俺の行動を知り尽くしたかのような工夫の数々……本当に腹が立つ。手放そうにも手放せない。


「さて、帰るか……」


 すっかり固まってしまった身体をほぐしつつ、『北の街』へと帰還した。


     ◇


「…おぅ、『呪術師』か」


 棺桶を引きずって街門の前に姿を見せた俺に陰気な門番が声をかけてきた。返事をする元気もないので片手を上げて挨拶代わりとする。

 『呪術師』。人間の精神や肉体に直接害を成す術を得意とする術師の総称だ。理論的には呪術も他の魔術と一緒なのだが、その不気味な印象により、人々からは忌み嫌われている。

 もちろん俺は呪術など使えないのだが……そう呼ばれている理由はお察しだ。訂正しようにも、この格好では説得力の欠片もない。


 すっかり冷え切った身体を引きずって辿り着いたのは、街の外れの長屋の一室。外気と変わらぬ室温にうんざりするが、品質相応の賃料なので文句は言えない。

 ともかく火を熾さねば……


 地下闘技場での死闘を乗り越えた俺は、存分に王都を満喫するべく予定を立てていた。しばらくは楽しい日々が続いたのだが、家主が発する謎の圧力は日毎に増していき、やがて追われるように王都を後にすることになってしまった。

 そのまま『羊の街』に向かうも、やっぱり到着直前に目的地を変更。……どうしても踏ん切りがつかなかったのだ。あの仰々しい別れから、まださほど時間は経っていない。再会はもう少し先でもいいはずだ。無事を知らせる手紙は道中に出しておいたので、まぁいいだろう。


 そして勢いのままに流れてきたのは、この通称『北の街』。辺境のそこそこ奥に存在する、中堅冒険者が集う拠点の一つだ。

 咄嗟に決めた目的地だが、ここを選んだのには理由がある。公国との境界にほど近いこの街には術師の冒険者が比較的多い。彼の国には教会とは別の魔術研究機関があり、そこから流れて冒険者に身をやつす者が結構いるのだ。

 魔術に関する情報収集と自身の魔術の腕の向上を目論んだ俺は、少し背伸びしてこの街で活動することを決めた。

 しかし……


「ひもじい……」


 物流に難があるこの街の物価はかなり高い。その代わり、街の周辺に棲息する魔獣は金になるものばかりだし、少し足を伸ばせば未踏破の遺跡も数多く残っている。当然、難度も相応だが、やりようによっては相当に稼げる。引退までここで活動する冒険者もいるくらいだ。

 装備の充実により、駆け出しの俺でもこの辺りの獲物を狩ることはできている。しかし、事前に魔力を蓄積させておかなければならないという都合上、あまり数は稼げない。

 結果、じりじりと目減りする貯蓄に神経を削られる日々を送っている。そんなわけで、新鮮な鳥肉を料理することもできず、今日もかちかちのパンを齧っているのだ。

 あとであれも売りに行かないと……


「……はぁ」


 白湯を啜りながら誰もいない室内を眺める。冒険者になってから、何だかんだと騒々しい毎日だった。一人で活動する期間もあったが、それでも先輩なり知り合いなりが常に傍にいた。この街では飲みに行く相手もいない。


 また判断を間違えただろうか。今からでも引き返せばいいのだが……それも気まずい。

 穴だらけのソファの上で身を縮こませる。


 今度の敵は、貧窮。……手強い。

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