新たなる武器
何やらいい匂いがして目を覚ます。久しぶりに顔を見せた居候が朝食を作ってくれたらしい。
聞いた人間の血の気が引くような壮絶な体験談を、ちょっとした苦労話のように語る愉快な男。あれで自分は冒険者に向いていないなどと宣うものだから、本当に笑える。
そんな彼は本職顔負けの料理上手でもある。期待に胸を躍らせながら階下に降りた。
◇
「さぁ、食えよ!」
挨拶もそこそこに、両手を広げて嫌らしい笑みを浮かべる居候。テーブルには見慣れぬ食材を使った見慣れぬ料理が並んでいる。どうやら遺跡土産の食材を調理したらしい。
嫌がらせのつもりなんだろうが……相変わらず私のことをよく分かっていないな。
「ありがとう。今日の料理も美味しそうだね!」
皿に載ったサイコロ状の物体をひょいひょいと口に放り込む。意外なことに野菜が果物の味。その美味しさもさることながら、未知の味わいというのが実に私好みだ。
行儀は悪いが、咀嚼を続けながら次の皿に手を伸ばしてしまう。
悪戯の不発に不貞腐れる居候だが、やがて諦めたかのように自身も食事を摂り始める。
不味いものや食べられないものを出すような男ではないことぐらい、とっくに理解しているのだ。
◇
今日はお互い用事もないので、のんびり優雅に食後の茶を楽しむ。茶菓子の代わりにテーブルに並ぶのは遺跡土産の遺物の数々。
「いやはや、本当に盛り沢山だね」
見知ったものも多いが、いくつかには非常に珍しい技術が使われている。
まずは吸血刺又とやらの穂先。効率良く血を吸い出す機構自体も面白いのだが、吸い出した血をどう活用するのかという点に興味を引かれる。柄の部分が損なわれているのが非常に残念だ。
次に『力』の棒とやらの残骸。こちらは文句無しにアタリの遺物だ。金属の性質を変化させる技術なんて汎用性は底知れない。上手く複製できれば巨万の富を生むだろう。
『知恵』の鉢金とやらも興味深いが……試すつもりはない。どう見ても裏から針が飛び出す仕掛けになっている。
「しかし、また『人獣化』かね。……よく生き残ったね」
こちらに関してはある程度研究を進めている。話を聞く限り、今回の対象者は一例めのモリス君とは少し様子が違うようだ。
彼の言を引用して『人獣化』と称したその現象。その表現は言い得て妙で、変化する先は獣のような人というより、人のような獣というほうが適切だろう。肉体の変化のほうに目が行くが、精神の変容も劇的だ。
「性欲、食欲とくれば……次に出くわす『人獣』は睡眠欲か?」
そんなのに出くわしたとしても、そのまま寝かせておいてやればいいのだ。
◇
茶葉が入った陶器の瓶を片付ける居候の姿を見て思い出す。
「あぁ、そうだ。君にこれを渡しておくよ」
戸棚から取り出した五つの硝子瓶。中には薄桃色の液体が揺らめいている。
「……何だ、それ」
薬の類に抵抗があるのか顔を顰める居候。子供でもあるまいに。
「これは強壮薬さ。効果は折り紙付きだよ」
姫様が遺跡から持ち帰った液体を精製して作った強壮薬。肉体を変化させるような成分は粗方分離してある。
現在、姫様は『放牧場』の遺跡探索を主導して進めていらっしゃる。何でも、すでに崩れた街の遺構とやらまでは安全が確保できたそうだ。その過程でこの薬剤の原料も手に入れて下さったのだ。
「あっという間に体力が回復するのは君が知っての通りさ。ただし、精神への影響はわずかに残っているから気を付けなよ」
いわゆる催淫作用というやつだ。これも分離するべく頑張ってはいたのだが、かの『聖女』が「これはこれで売れる」とおっしゃるので、一旦研究の手を止めている。
説明を聞いてさらに顔を顰める居候。しかし、役には立つと思ったのか結局その懐に瓶を収めた。
……そう遠くないうちに役に立つんじゃないのかな?
「それより、新装備のほうは完成したのかよ?」
先ほどからいそいそと片付けをしていたのは、それが気になっていたからか。やはり彼も男の子だ。
「もちろんさ!工房へ行こう」
◇
離れに作られた工房。一個人が持つものとしては極めて立派なものだ。『帝国砦』から持ち出したのは僅かな工具だけだったが、伯爵家の潤沢な資金のおかげで当時を上回る環境を手に入れることができた。
興味深げに辺りを見回す居候に声をかける。
「まずはこれだね。昨日言っていたコートさ。それに合わせてグローブとブーツも改良しておいたよ」
作業台の上に一着の黒いコートを広げる。複合素材に鋼糸を組み込み、要所は機械竜の鱗でさらに補強してある。重量は抑えて防御力も欲しい、という要求に応えた逸品だ。
しかしながら、袖を通した居候の顔がまたも盛大に顰められる。
「着心地は抜群なんだか……この肩のトゲは何だ?」
それはお針子さんの仕業だ。さすがお抱えになるだけはあって、見事に姫様の意向を汲み取っている。
「強そうだろう?……それより次は盾だね。これは自信作だよ」
適当に誤魔化してお披露目の準備を始める。何か言いたげな居候だったが、結局黙って準備を待つことにしたようだ。この男、場の雰囲気に流されやすい。
今度の作品は大物。苦労して作業台の上に引っ張り上げると、居候は大きく目を見開いた。
「扱い易さは保ったままで出来るだけ面積が欲しい、という君の要求。空飛ぶ舟の応用技術で実現したよ。さすがに浮遊させることまでは出来ないが、重量を軽減する特性のおかげで、この大きさでも十分片手で扱えるはずだよ」
驚いて声も出ないようなので、勢いにまかせて説明を続ける。
「もちろん強度のほうも問題ない。重量を気にしなくていいぶん十分な厚みを持たせてあるし、表面にはあのオールの水かきを薄く伸ばして貼り付けてある。他にも色々と工夫を盛り込んだ渾身の作品だよ」
この辺りでようやく混乱から脱する居候。ぐにぐにと眉間を揉む。
「言いたいことはいくつもあるが、まず……棺桶じゃねぇか!」
そう。この盾、見た目はまるで棺桶だ。ダナ君がすっぽり入るほどの大きさ。
性能は説明した通りに確かなものだが、意匠については我々の完全な悪乗りだ。
「よく分かったね。この通り、中に物もたくさん収納できるよ。君の要求通りに出来たと思うんだが……どうだろう?」
「要求通り」を強調することで居候の口を塞ぐ。ちょろい。
「……くそ、これはもういい。肝心の武器はどうなったんだ?この棺桶にオールを使っちまったんだろ」
なるほど、オールの原形を残したまま剣か槍にでもすると思ってたんだな。仕様は任せると言われて、そんなつまらないことをするわけないだろう。
「もちろん武器も完璧に仕上げたさ。……そっちは現物を見せる前に説明しておこうか」
あからさまな前振りに身構える居候。その直感は信頼していいぞ。
「柄はあのオールのものを流用。中空になっていたから、内部には魔力を蓄積する金属を充填しておいた 。しかし、この武器の核心は先端部。君と姫様から提供された素材に私が帝国軍の秘匿技術を注ぎ込んだ最高傑作だよ!」
仰々しい口上を聞いて歓声を上げる居候。…本当にちょろいな。
「それがこれだ!銘は『苦悶する髑髏』!」
取り出だしたるは一本の杖。古木の内部に金属を仕込んだ柄。その先端部には小さな獣の頭骨が鎮座している。両側頭部からは不釣り合いな大きさの立派な巻き角が生えており、禍々しさは抜群だ。
すとんと表情が抜け落ちた居候。無言で立ち上がり、こちらに向かってくる。
…まずい。ふざけ過ぎたか?
「いや、こんな見た目だけど凄いんだよ。口腔から放たれる集束型音響砲。巻き角が持つ特性で振動を増幅させて威力を何倍にも高めるんだ。もちろん強化処理をしっかり施してあるから、打撃武器としても一流で……」
言い訳じみた説明の途中で杖が奪われる。鼻先に突きつけられる髑髏。
「そうか……早速試させてもらうぜ」
◇
試し打ちの的にするのは何とか勘弁してもらい、居間に戻る。殴られるくらいならともかく……あの機構は凶悪そのものだ。
試作品が巻き起こした惨状を思い出すと今でも身震いが止まらない。
「無駄に性能がいいのが腹立たしいな」
そんなことを言って脱力する居候だが、決して無駄などではない。戦いに向かう恩人にして友人の無事を祈って、全身全霊を注ぎ込んで作り上げたのだ。
……私の全身全霊には遊び心が多分に含まれていたというだけのこと。
「これでご注文の装備は揃ったわけだけど、これからどうするんだね?」
答えたくないのか、ソファに寝そべって目を瞑り始める居候。
「……王都見物だ」
何が言いたいか分かっているくせに、下らない引き延ばしを図る男にため息が出る。
「そのあとだよ。『羊の街』に向かうんだろう?」
どんな選択をするのかは、彼と彼女が決めること。周りが口出しするべきではないのかも知らないが、無理矢理流れを作ってやらなければこの男は決断しないだろう。
逃す気はないと悟ったのか、唸るのを止めた居候が真剣な顔で天井を見つめる。
「俺は……」
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