プロローグ

プロローグ

「どうした、掛かって来い!」


 凄まじい威圧感を放つ騎士の言葉に、意を決して走り出す。

 小細工なしの上段からの斬り下ろし。渾身の一撃は鍔元で容易く受け止められた。


 …しかしここで引いては未来はない。続けて二度三度と打ち込むが、いずれも剣先でいなされる。盾を使うまでもないらしい。

 これが戦いを生業とする者の実力か…守りが破れない。


 俺の腕前を見るのは十分と思ったのか、連撃に差し込まれる強烈な前蹴り。咄嗟に盾を割り込ませるが、その裏まで突き抜ける衝撃が肺を押し潰す。

 強制的に吐き出される空気とともに、石畳を跳ね転がされていく。何とか勢いが止まったのは場外の土の上だった。


 青空を見上げながら己の軽率さを悔やむ。軽い気持ちで挑戦していいものではなかったらしい。気楽な暮らしを求めていたはずが、どうして自分からこんな目に遭いに来ているのか…

 未だ整わぬ呼吸に気が遠くなり始めたところに冷たい声がかけられる。


「どうした、もう終わりか?」


 軋む身体は終わりを切望しているが、これで終わるわけにはいかない。俺はまだ全てを出し切ってはいないのだ。

 律儀に待ってくれていた騎士への返答は、握りしめた土塊。


「…貴様」


 忌々しげな騎士の顔に思わず口角が上がる。ようやく盾を使わせてやった。

 どうせ正攻法で挑んでも勝ち目はないのだ。行儀など知ったことか。

 …好きなようにやってやる。


 這いつくばったまま、騎士の顔目掛けて続けざまに土塊を放つ。さすがに直撃は許さないが、鬱陶しそうだ。

 これを最後の悪あがきと判断した騎士は、止めをさすべくゆったり歩み寄ってくる。


 そこに迫るは一際大きな土塊。これまでと同様に盾で防がれる寸前、中空で破裂して広範囲に土埃を撒き散らした。

 魔術。

 剣の腕を評価する場だが、使ってはいけないとは言われていない。


 思わず目を細める騎士。完全に視覚を奪うには至っていないが、布石としては十分だ。

 俺は先ほどの一撃で緩んでいた留め具を外して盾を放り投げた。


「…むっ」


 意表を突かれた騎士が声を上げる。わざわざ隙をつくった上で放たれた投擲は、山なりの軌道。

 首を傾げながらも剣で難なく捌かれるが、その影から俺が地を這うように迫る。騎士か目を晒した隙に拾い上げた木剣。こちらが本命だ。


「うらぁっ!」


 ガラでもない掛け声とともに、なけなしの力を込めた斬り上げを放つ。…が、最後の踏み込みがざりっと音を立てて滑る。

 散々土をばら撒いた俺の自滅だ。


 しかし、間合いが狂ったその一撃は、狙ったとおりの騎士の喉元……ではなく、防具がない下腹部にめり込んだ。

 木剣とはいえ、会心の手応えにさすがに申し訳ない気持ちが湧いてくる。


 恐る恐る騎士の顔色を伺う俺のこめかみに、柄頭の痛打が叩き込まれた。


「…殺してやる」


 物騒な言葉とは裏腹に内股で情けなく崩れ落ちる騎士。

 立会いをしていた若い騎士が駆け寄って来るのが霞む視界に映る。


 …このあとどうなるかわからないが、やれることはやった。

 満足感に包まれて、俺は意識を失った。

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