幕間
秘密結社
溜まりに溜まっていた書類の処理を終え、椅子に背を預ける。髭を整えながら窓を見れば、もう間もなく日が落ちるというところだった。
不在の期間の決裁仕事は今しがた片付いたが、次は報告書の作成だ。想像される厚みにうんざりとする。
…今日は帰れそうにない。
すぐに取り掛かる気にもなれないので、応接セットのソファに移って茶を淹れることにした。給湯の魔術具で揺れる水面を眺めながら、ここ数日の出来事を思い返す。
同僚の尻拭いに赴いた先で、突然始まった遺跡探索。本来、新規遺跡の探索など私の仕事ではないが、現地に行ってしまった以上は手ぶらでは帰れない。
上陸地点の周辺だけ軽く調べて引き揚げようという目論見は、もたらされた情報ですぐに崩れ去った。遺跡の危険度もさることながら、その価値も計り知れない。かなりの部分が水没してしまったとはいえ、壁を剥がして持ち帰るだけでも帝国に大きな利益をもたらすはずだ。
…あの駆け出し冒険者たちには、いくら感謝してもし足りない。彼らの奮闘がなければ、帝国の利益は勿論のこと、私がこうして途中経過の報告に戻ることもできなかっただろう。
その活躍に見合う報酬を渡せなかったことが悔やまれる。…が、踏み入った遺跡で何やら重要そうなものが持ち去られていたことを思い出した。
まぁいいか、と独りごちて、ポットの底から上がる泡を見つめる。
◇
茶が沸くと同時に、執務室の扉が叩かれた。入室を許可すると、顔を見せたのは砦内の警備の責任者だ。脂ぎった頭皮が西日を反射して輝いている。
現在、砦内は大混乱の只中だ。彼もまだ帰れないのだろう。要件に想像はつくが、追い返すわけにもいかないので向かいの席を勧める。
口を湿らせた彼は挨拶もそこそこに話し始めた。
「先日の誘拐の件なのだが…」
案の定の要件に片眉を上げる。下手人に心当たりはあるが、悟られるわけにはいかない。仏頂面のまま黙って続きを聞く。
一通り捜査の経過を聞いたところで問い返した。
「なるほど…それで、どうして私のところに?」
孤島での一件と誘拐事件の関連は、私と部隊の人間にしかわからないはずだ。
目の前の禿頭が重々しく頷く。
「実はな、儂は誘拐事件とブノワ殿の失踪には関連があると考えているのだ。…時を同じくして起こった二つの事件。『地獄の船頭』を名乗る正体不明の人物。その弟子と思われる子供も目撃されている。おそらく大規模な組織が暗躍しているのだろう」
微妙に当たっている推理に冷や汗をかくが、何とか表情を崩さないように努める。
「…それで、私にどうしろと?」
私の再度の問いに、迷捜査官は両腕を組んだ。
「ブノワ殿の失踪の件、私に任せてもらえないか?二つの事件を並行して捜査したいのだ」
…こいつ、警備上の不手際をあのデブの失態に紛れこませるつもりか?
私としても遺跡発見の経緯を何と報告したものか迷っていたので、お互いに利のある提案ではある。
「……まぁ、いいでしょう。貴方を信頼してお任せします」
散々勿体ぶってから了承すると、彼は安堵の笑みを見せた。
「ありがとう。必ずや秘密結社の全容を暴いてみせるよ」
意気揚々と退室していく禿頭。
◇
冷めた茶が入った二組のカップが残されたテーブル。私は思わず突っ伏す。
「…秘密結社って、何だね?」
これを聞いた彼らの顔を想像すると笑いが堪えられない。
あの愉快な二人組は、随分な大物になってしまったらしい。
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