エピローグ

 田舎の漁村に空飛ぶ舟なんか乗り入れたら大騒ぎになってしまうので、少し手前で着水。そこからは俺のオールで舟を進める。


 妙な三人組が乗った舟が砂浜に着くと結局大注目を集めてしまったが、小さな人影が飛び降りて手を振ると集まった漁民たちに歓迎された。

 …実際はガキではないのだが、自分の容姿を最大限に利用しやがる。俺も、こいつが一つ歳上だというのを忘れてしまいがちだ。


 せっかく人が集まってくれたので情報収集。すぐ近くの街から定期便の馬車が出ていることを教えてもらう。礼を言って出発しようとするが、何故か歓待の宴会が始まる。片田舎の村ならではのノリだ。

 ダナの王国に対する第一印象も良好なようで安堵する。


 結局一晩泊めてもらい、翌朝早くに出発することになった。これまで乗ってきた木舟から浮遊機構を取り外し、分担して背負う。この空飛ぶ木舟なら陸の上でも走れそうだが、さすがにそこまで目立つことはしたくない。

 追手を気にする必要もないので、のんびり歩いていく。


 半日程度で辿り着いた小さな街の停留所から王都行きの定期便に乗せてもらう。姫様は身の危険がある自領の屋敷ではなく、王都の別邸に住んでいると言っていた…はず。

 間違いなっていない事を祈りつつ、馬車の旅が始まった。


 点在する主要な街を辿りながら、だんだんと王都に近づいていく。内陸でオールを担いでいることに首を傾げられる程度の、いたって平和な旅路だ。…冒険者になってから何度も死にかけているので、こういうのは新鮮だ。

 異国の街並みに目をきらきらとさせてはしゃぐダナを、チャーリーと一緒に暖かく見守る。


 やがて、馬車は終点の王都に到着した。しばらく滞在していたとはいえ、俺も王都の地理に詳しいわけではない。道行く人に姫様の屋敷の場所を尋ねる。

 貴族街に場違いな俺たちは周囲から不審な目を向けられながらも、何とか一軒の大きな屋敷の門前に辿り着いた。


     ◇


「…お久しぶりですわね」


 鉄格子越しに見える姫様の顔。俺のことを忘れてはいらっしゃらなかったらしい。


 門の隙間から屋敷の敷地を覗き込んでいた俺たちは、ほどなく門番に捕らえられた。

 半日ほど牢屋に放り込まれていたが、幸運なことに食事を持ってきてくれたのは顔見知りの執事の老爺だった。俺たちから事情を聞き、教会でお勤めの最中だった姫様を呼び出してくれたのだ。


 俺は詳しく事情を話そうとするが、苦笑いの姫様に遮られる。


「さすがにこのままお話を聞くつもりはありませんわ。応接間でお待ちしておりますので、皆様と一緒に長旅の垢を落としていらっしゃいまし」


     ◇


 湯上りに使用人の衣装を着せられた俺たちが豪奢な応接間に入ると、姫様は老爺が入れた茶を飲んで待っていた。チャーリーとの間に湿ったもじゃもじゃを挟んで、姫様の向かいに座る。


「さて、彼から簡単に事情は聞きましたが、貴方の口から詳しくお聞かせくださいまし」


 俺の話の如何によってこいつらの人生が左右されるのだ。『帝国砦』での出来事について、可能な限り熱を込めて語る。

 相槌を挟みつつ最後まで聞き終えた姫様は、意地悪げに微笑んだ。


「また無茶をなさって来たのですね。…まぁ、貴方らしいですわね。その子供の面倒を見てきたことも、チャーリーさんに手を貸したことも、貴方にはそこまでなさる義理はないでしょうに。普段悪ぶっているくせに、微笑ましいことですわ」


 小っ恥ずかしい人物評をされて俯いてしまう。横目にみれば、ダナもにやついてやがる。…お前、子供だと思われてるのはいいのか?

 揶揄いの効果に気が済んだ姫様がぽんと手を打つ。


「それで、わたくしはどうすればよろしいのかしら。大方の予想はつきますが」


 緩んだ雰囲気を引き締めるように座り直した俺は、テーブルに額をつけた。


「この二人の庇護をお願いできませんか?」


 二人、という言葉にダナが、姫様の御前であることも忘れて立ち上がる。


「どういうこと?!僕はこれからもイネスと一緒に冒険するよ!」


 涙目で俺を睨みつけてくるが、譲る気は無い。これは逃亡を始めてからずっと考えていたことなのだ。

 こいつは孤島での体験を経て完全に冒険者になる気でいたようだが、せっかく新天地に来たのにわざわざやくざな稼業を始める必要はない。こいつは俺よりも冒険者の才能がありそうだが…もし親父さんが生きていたら一緒に反対してくれるはずだ。


「お前なんかいらねえよ。荷物持ちも剥ぎ取り役も間に合ってる」


 相棒って言ってくれたじゃないか、と泣き出すダナにずきりと胸が痛む。こいつと過ごした日々を思い出すと心が揺れるが、目を逸らさず睨み据えた。

 チャーリーはこうなることを予想していたのか、我関せずとカップを傾けている。


 黙って俺たちのやり取りを見ていた姫様だが、このままでは埒があかないと話を進め始めた。


「…わたくしは勿論構いませんわ。むしろ有難い話です。チャーリーさんの価値を考えれば、子供一人の面倒を見るぐらいのことでは、むしろお釣りを払わねばなりません」


 姫様が了承してくださるのなら、このままさっさと話をまとめたい。再度、深々と頭を下げた。


「では、よろしくお願いします。このお礼は、また改めて…」


 勢いのままに退散しようとする俺の背に、泣き止んだらしいダナが縋るような声をかけてくる。


「…じゃあ、僕が一人前になったら連れて行ってくれる?」


 一人前も何も、お前は俺より歳上じゃないか。思わず笑いそうになるが、そういう場面ではない。

 顔を引き締めて振り返る。


「あぁ、もし本当にそんな日が来たらな」


 中途半端な期待を持たせるのは酷かもしれないが、平和な都会暮らしをしていれば、いずれそんな気もなくなるだろう。


「…じゃあ、これ。約束の印」


 ダナが片方の腕輪を外して俺に手渡す。親父さんの形見のほうではない、星一つのやつだ。


「わかったよ…まぁ、せいぜい頑張れ」


 空いた手をもじゃもじゃ頭に乗せ……るのは止めて、薄っぺらい胸板に手のひらを当てる。


「じゃあな!…ダナ」


 浮かんだ涙を見られないように、背中越しに手を振って退室した。


     ◇


 先ほど触れられた場所に重ねるように、自分の手のひらを当てて俯くダナ。我慢の限界を迎えて爆笑し始めるチャーリー。

 ルシアンナ姫は呆れたような表情でため息をつく。


「…彼、気づいてませんの?」


 少し紅潮した顔のダナが座り直す。


「そうみたいです。…直に裸を見られても気づかれないのは、さすがに悔しいです」


 毛虫を見たような顔で扉を睨みつけるルシアンナ姫。


「一体何をしているのですか、あの男は…」


 新しい茶を淹れさせて気を取り直した面々は、今後のことを話し合い始める。


「さて、笑いがおさまらないチャーリーさんは後回しにするとして…あなたはどうなさいますか?多少は使用人としての仕事をしてもらおうと思っていますが、他の時間は好きな事を学んでもらって構いませんわよ」


「仕事は一人前ぶん回してください……これでも成人してますので。その代わり」


 幼顔に決意の炎が灯る。


「僕……わたしに、戦い方とお洒落を教えてください」

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