第16話 帰還
…褒美を貰えるんじゃないのか?
全く心当たりのない指摘に、ガキと顔を見合わせて首を傾げる。
「今回の調査での生き残りは君たちだけだ。ブノワ…あぁ、あのデブのことだね。彼の最期を説明できるのも君たちだけということになる」
そこまでは理解できる。こうしてわざわざ助けにきてくれたのだ。求められるのならばいくらでも証言させてもらうつもりだ。
「ただ…私はともかく、軍の上層部は身分定かならぬ君たちの証言を信用しないだろう。真実を捻じ曲げて、彼の失態の責任を君たちに押し付ける可能性すらある。おそらく、彼の親族がしゃしゃり出てくるからね」
あのデブ、死んでまで迷惑をかけやがるのか…
まさかこのまま拘束されて突き出されるのだろうか、と鋭い目を向けてしまうが、ヒゲさんは笑ってゆらゆらと手を振る。
「いやいや、命の恩人を売ったりはしないよ。ただ、このまま『帝国砦』に帰してしまうと他の者が動いてしまうだろう。…明日、報告のために船を一隻戻すつもりだ。それに乗って大陸に戻ったら、そのまま身を隠すといい」
どこまでも親切なヒゲさん。逃げてしまっては恩返しもできないが、その配慮に甘えるしかない。二人で深々と頭を下げる。
「話は以上だ。ひとまず、ゆっくりと身体を休めなさい」
最後にそう言って、ヒゲさんは天幕から出ていった。どうしたものか、と椅子を行儀悪く揺する。
「…これからどうする?」
しばしの沈黙のあと、ダナがぽつりと問いかけてくる。
「…もう身体が大丈夫なら、荷物を取りに戻るか」
大陸に戻ったあとどうするか、という意味だったのだろうが、俺も決めかねている。とりあえず、問題は先送りだ。荷物を回収するついでに遺物もかっぱらってきてやる。頑張ったのに褒美も貰えないのだ。それくらい許されるだろう。
◇
明けて翌朝。沖合に停泊する船に戻る小舟を、ヒゲさんは見送りに来てくれた。
「それ、本当に君たちの荷物なのかい?」
じっとした目を向けられる小舟は、ぱんぱんに膨らんだ二つの背嚢で随分と喫水が深くなっている。ダナにならって遠慮なく遺物を持ち出したので、この期に及んで転覆の心配をしなければならない。
背嚢の中にはいっているのは、元々の荷物とイモリの死体、黒いマントの束。それに加えて、最初に乗った足場に取り付けられていた推進装置と思しき黒い箱。そして、機械竜から引っこ抜いた予備の動力源の球体と、剥がした鱗数枚だ。機械竜からはもっといろいろ剥ぎ取ってやろうとも思ったのだが、俺たちでは歯が立たなかった。動力源の球体も上手くくり抜くことはできなかったので、周りの金属の枠組みごと持ってきたくらいだ。
ついでに言えば俺が担いでいるオールも遺物なのだが、こちらは小舟の備品と思われているのか、気づかれていない。
「…あ、そういえばお借りした剣は遺跡で失くしてしまいました。申し訳ありません」
ヒゲさんの曲刀は球体の広間で金網とともに地下深くに消えていった。露骨な話題反らしに、ヒゲさんは苦笑いで付き合ってくれる。
「予備があるから構わないさ。…あぁ、君たちにはこれを渡しておこう。岩壁の上で死んでいた冒険者の遺品なのだが」
渡されるのは、ダナが腕にはめているものと同じ意匠の、真珠色の腕輪。こちらには星が四つ灯っている。
「今度こそ、親父さんの遺品じゃないのか?」
ガキの空いている方の手首につけてやる。どうやらあの先輩、親父さんを見捨てただけじゃなく、持ち物までがめていたらしい。島に到着した際に単独で探索をしようとしたのは、この「鍵」を持っていたからなのだろう。
二つ揃った腕輪を太陽に翳すダナを、ヒゲさんと温かく見守る。
「さぁ、そろそろ行きなさい。もう会うことは叶わないかもしれないが、君たちの活躍を祈っているよ」
何から何まで本当にありがたいことだ。ダナとふたり、最後に深くお辞儀をしてから、新たな得物で小舟を漕ぎだした。
◇
俺たちが船倉に潜む軍船は、往路と同じく一昼夜で『帝国砦』に帰還した。扉の外からは着岸作業の喧騒が聞こえてくるが、俺たちは深夜になるまでここで待機だ。
ヒゲさんは俺たちも島で死んだことにしてくれたらしい。この船の乗員には言い含めてくれているので問題ないが、港にいる人間に見つかるわけにはいかない。
「…結局、これからどうするの?」
小声で問いかけてくるダナ。…まだはっきりとは決めていないが、俺は王国に戻るしかないだろう。しかし、その前に…
「チャーリーに会いに行く。逃げる前に礼を言っておかないとな」
やつの助言やヒゲさんへの働きかけがなければ生き残れなかっただろう。『帝国砦』には寄るな、とのヒゲさんの言葉には反することになるが、せめて俺たちの無事だけは知らせておいてやりたい。
積み荷の果物を失敬しながら、夜が更けるのを待った。
◇
元は砦のこの拠点だが、現在はべつに攻められることを想定しているわけではない。内部はともかく、城壁の警戒は手薄だ。
俺たちは黒いマントを纏い、ついでにマントの切れ端を巻き付けて顔も隠す。荷物が満載の背嚢は傍の路地にでも隠しておけばいいだろう。一人はてくてくと散歩するように、一人はかさかさとごきぶりのようにそそり立つ城壁を上った。
窓の位置を念入りに確認してから部屋に飛び込む。覆面の二人組による襲撃に腰を抜かすチャーリー。叫び声をあげようとする口を咄嗟に押さえれば、そのグローブを見て襲撃者の正体を悟ったようだ。
くたりと脱力したあと、三人分の茶を淹れ始めた。
「デブの部隊は全滅したという報告を受けていたのだが…本当によかった」
茶を配り終えて着座したチャーリーが大きく息を吐く。
その後、彼の催促にしたがって俺たちの活躍を語って聞かせる。扉の外には見張りの兵士がいるので大きな声は出せないが、大いに盛り上がった。
「さて、次は持ち帰った遺物を詳しく見せてもらいたいところだが…これから君たちはどうするんだね?」
きらきらと子供のように瞳を輝かせていたチャーリーが一転して険しい表情になる。ヒゲさんがしていた危惧に、こいつも気づいたらしい。
「…とりあえず、王国に向かおうとは思っているんだが」
結局、実家に戻るくらいしか思いつかなかったが…あまり気は進まない。顔をしかめていると、何やら考えこんでいたチャーリーが妙なことを言い出した。
「それなら、私も連れて行ってくれないか?」
何を言っているんだ?
どういうつもりなのかと問い返すと、チャーリーは自身の企みをを滔々と語り出す。元々、チャーリーを軟禁生活に置いていたのはあのデブが主導してのことだったそうだ。言いなりになる軍上層部にも愛想が尽きていたところに、今回の事態。混乱に乗じて他国に亡命をしてやろうということらしい。
「どうだろうか?私の技術者としての知識はそれなりに価値があると思うのだが…何か伝手はないかね?」
伝手、と聞いて一人の高貴な女性を思い出す。『放牧場』でともに冒険した姫様だ。あの方は自身の地位を高めようとしている野心家だ。こいつのことも高く買ってくれるかもしれない。
「一つ心当たりがあるな。姫様……ルシアンナ?姫だ」
俺が挙げた名前にチャーリーが目を見開いて驚く。
「才媛と評判の伯爵令嬢じゃないか。帝国人の私でも知っているよ。…本当にそんな凄い方の知り合いなのかい?」
名前もうろ覚えなのに、と半目を向けてくるチャーリーに力強く頷いておく。最初の自己紹介で名前を聞いたあとは、ずっと姫様と呼んでいたので仕方がない。
何だかんだあったが、ともに戦った仲(笑)だ。会いさえすれば助けてくれるはずだ……たぶん。
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