第14話 意地

「…死に損なったみたいだな」


 水たまりから天井を見上げ、声を上げて笑う。頭では完全に諦めていたが、身体は最後まであがいてくれたらしい。


 俺が無意識にクレーターへ飛び込むと同時に、狙いが逸れたのか金網の上に墜落した機械竜。その巨体は勢いのままに転がり、本来ならばクレーターの底の俺も挽き潰すはずだったが、手に触れたものを咄嗟に掲げたことで命を繋ぎ止めた。

 …ガキが投げてくれた長いオール。こいつはとんでもなく頑丈だったようだ。上手い具合にクレーターの傾斜に引っ掛かって、超重量を支えきってくれた。左足のつま先はぺちゃんこだが、その程度の傷は今更だ。


「おら!何、余所見してやがる」


 泣き笑いのガキのほうに向かおうとしている機械竜の尻を水かきでがんがんと殴る。振り返った金属製の顔には驚愕が浮かんでいるようにも見えた。

 ガキの歓呼にかぶせるように叫ぶ。


「ここは俺に任せろ!お前は先に上に行け!」


 頼むぜ相棒、と続けて、ガキの反論を無理やり飲み込ませた。思いを断ち切るように背を向けて壁を駆け上がっていくのを見送る。せめてもの慈悲のつもりか、機械竜はガキが天井の穴に帰るまで動かなかった。


 …これ以上頑張っても意味はないだろう。あの鱗を打ち破る術はないし、まぁそのうち潰されて死ぬ。

 ガキを逃がしたことだって本当は無意味だ。地上に戻ったところでそのうち干物になるだけだ。

 だが、どうせ死ぬなら。


「…好きなようにやってやる!」


 最後まで諦めないだとか、生きた証を残すだとか、そんな殊勝な気持ちはさらさらない。腹の底から突き上げる、言葉にできない衝動をぶちまけるだけの自己満足だ。


 オールを両手で握り、片足の踏み切りで飛びかかる。鈍色の金属同士が打ち鳴らした鐘を合図に、観客のいない最終幕が始まった。


     ◇


 踏みつけや体当たりでは俺を仕留められないと見たらしい機械竜は、身体の側面をこちらに向けた。長い首と尾で攻めてくるつもりのようだ。…今の足の状態で大面積の攻撃をされたらあっさり終わったと思うが、そういう判断はできないらしく助かった。

 対する俺は、オールを三等分するように両手で握って身体の正面で水平に構える。オールでの戦い方なんぞ知るわけないので、ただ馴染みのある持ち方をしてみただけだ。


 横薙ぎに迫る尾。腰元を狙う一撃を、俺は舟を漕ぐようにオールを傾けて防ぐ。水かきに押しつけた太ももと両腕の三点で衝撃を受け止めるが、踏ん張りの効かない俺は鞠のように弾き飛ばされる。

 片足での着地に失敗したので、潰れた足も使って速度を殺す。脳天まで突き抜けるような痛みに涙が出るが、痛いだけなので問題はない。

 機械竜は首での追撃を狙っていたようだが、想定以上に吹き飛ばされた俺に戸惑うように頭を傾けている。

 

 その後も機械竜の攻撃が続くが、その都度弾き飛ばされる俺は止めを許さない。広間の中央の金網はやつの墜落で脱落してしまっているので、穴に落とされぬように飛ばされる向きを必死に調整する。

 両腕は骨も軋み始めているが、それとは裏腹にびくともしないオールは異様な信頼感を放っている。…神代の人間は何を考えてこんな素材でオールを作ったんだろうか。


 機械竜もオールの厄介さに気づいたのか、やがて攻撃に噛みつきも交えるようになった。咥えて奪うつもりのようだ。

 さすがにそれをされては終わる。頭部での攻撃はオールを引いて凌ぐ。悔しげに顎門を嚙み鳴らす機械竜。そこで喉から一際強い光が放たれているのに気づいた。

 …あの奥にに予備の動力源があるのか?


 どうせこのまま守りに徹していても死を先延ばしにするだけ。そもそも、今の状況自体が悪あがきなのだ。危険を承知で反撃を試みる。

 尾の一撃の勢いを利用して懐に飛び込む。俺の予想外の動きに意表を突かれたようだが、すぐさま胴体でのしかかろうとしてくる。

 しかし、それは読んでいる。無事なほうの足のブーツで急制動をかけ、水かきを首の付け根の鱗の隙間にねじ込んだ。

 自身の体重でこじられて数枚まとめて弾け飛ぶ鱗。転がるように間合いをとると、鱗があった場所の下から青白く光る球体が顔を覗かせているのが見えた。光の色からして、あれが動力源だろう。

 …予想は当たった。頭部に動力源が組み込まれている可能性もあったが、あれだけ攻撃に使っているのだ。重要な部品は胴体側にあるだろうという推測の元に行った賭けが功を奏した。


 にわかに湧き出た勝機。先ほどの無茶で無事だったほうの足もいかれてしまったが、何とかしてあの光る球体に一撃加えれば…

 そこまでの道筋を必死に組み立てていると、初めて痛撃を受けた機械竜が後ずさりを始めた。ある程度離れたところで、振り返って真後ろに走っていく。痛めた両足では追いすがることは出来ない。


「おいおい、またあれかよ…」


 思い出されるは、先ほど死を覚悟した大技。しかしあれは背中から落ちてくるものだ。上手くすれば、落下の勢いを利用してどうにか出来るかもしれない。

 おそらく最後の攻防になるだろう交錯に覚悟を固めていると、機械竜は妙な動きを見せた。

 垂直の壁に張り付いたまま頭をこちらに向けて顎が外れんばかりに口を開く機械竜。喉の奥からは目を焼くような光が放たれ、全身の鱗からも火花が飛び交っている。

 …こいつにも飛竜の巨像と同じ機構が搭載されているらしい。木っ端微塵になった軍船の残骸を思い出し、自身の結末を悟る。

 めいっぱい頑張ったが、ここでお終いか…


 清々しい笑みを浮かべる俺を閃光が包み込んだ。


     ◇


 喉の奥に流れ込んだ鼻血をごぼりと吐き出す。飛竜のものほどの威力はなかったようで、俺は木っ端微塵にはなっていない。だが、全身を駆け回る痺れに指一本動かせない。目が眩んで見えなかったが、あれも雷だったのか。朦朧とした頭でぼんやりと考える。

 唯一動かせる目をぐるぐると回してみれば、つま先のほうから機械竜が歩み寄ってくるのが見えた。やつも全力を尽くした一撃だったのか、随分と動きがぎこちない。俺の身体から立ち上る煙越しに見えるその姿に何だか笑えてくるが、口元が少し引きつるだけだった。

 …あとは一思いにやってくれ、と祈る。


 ぽんこつ竜ののんびりした歩みが広間の中央に差し掛かったとき、一筋の黒い流星が落ちた。


「は…?」


 意味の分からない出来事にかすれた声が捻り出される。なけなしの力で首を折り曲げてみれば、機械竜の首に取り付くもじゃもじゃ頭が視界の端にうつる。離すまいと必死に握っているのはピッチフォークの歯の根元。全体重と背嚢の重さを乗せた天からの一撃は、動力源こそ外しているものの、鱗のない首元を過たずに捉えている。

 …あのガキ、なんて無茶をしやがる。


「あぁっ!」


 機械竜は残りの命を燃やすに全身にばちばちと火花を走らせた。ピッチフォークの歯を伝った雷がガキの小さな身体を焼き焦がす。白煙とともに振り落とされたガキはくたりとして動かない。機械竜はのろのろとした動きで生涯最後の獲物に食らいつかんとしている。

 …呆けている場合じゃないだろう!


 歯を食いしばって身体を起こそうとするが、全身に残る雷の残滓がそれを阻む。何か手はないのか、と必死で頭を巡らせ、はたと思い出す。

 以前、アリサが言っていた。雷術で筋力を上乗せするのは、適性がない人間がやると身体が焼け焦げてしまうと。複数の術に適正がある俺だが、あいにくと雷術の適正はなかったので、そんな物騒なことは試したことがなかった。しかしすでにこんがりと焼けている今ならもはや関係ない。

 残った魔力をかき集め、見様見真似の筋力強化を試みる。釣り上げた魚のように痙攣する俺の身体。魔力でだめなら、と気力を振り絞って無理やりに抑え込む。脳味噌まで焼けそうな気分だが、知ったことか!

 噴き出す鼻血を撒き散らし、ばね仕掛けのように跳ね起きる。


 一歩二歩と足を動かすうちに容量をつかんだ俺は、曲面の床を飛ぶように加速する。脚はみしみしと不穏な音を立てているが、崩壊しながらも俺の意思にに従ってくれている。瞬く間に機械竜との距離を詰め、残りの魔力を全部つぎ込んで弾けるように跳躍。経験したことがない浮遊感を味わいながら、中空でオールを大剣のように振りかぶる。

 最上段から振り下ろした水かきは、農具の残骸を竜の首の奥深くまで埋没させた。出せるものをすべて出し切った俺は、受け身も取れずにぐしゃりと床に叩きつけられる。と同時に、さんざん猛威を鈍色の首がみしみしと千切れ落ちて床を揺るがした。


 相棒との連携による『斬首刑』が決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る