第13話 機械竜
のたうち始めた肉質の管から咄嗟に飛びずさる。こいつ、まだ生きてやがったのか!
ガキに警告を発する間もなく、めきめきと鎖を引きちぎった地竜の像。二本足で立ち上がり、前肢を頭上高く掲げる。
「避けろぉ!」
巨体に隠れて見えないが、ガキが立つ位置は機械竜を挟んで真逆。助けは間に合わない。祈りを込めて声を振り絞る。
二本の破城槌が金属球を揺るがした。
床から伝わる衝撃に転びそうになりながらも正面に回り込む。機械竜の前肢は金属製の床を深々と窪ませている。そのクレーターには血だまりは…ない。僅かに外れたところには尻餅をつくガキ。紙一重で躱せたようだ。
しかし、機械竜は首をくねらせて追撃の構えを見せている。
「通路まで戻れ!」
再度の叫びとともに柱のような前肢にブーツで蹴りを入れる。勿論びくともしないが、注意は引けたようだ。いつの間にか光が灯っている機械竜の目が俺を無感情に見据える。
長大な首による薙ぎ払いを横っ飛びに回避。硬質の鱗が金属製の床に傷を刻む不快な音が音が響きわたる。騎士が乗っていた小型の地竜ほど速くはないが…かすっただけでも終わりだ。
横目に見れば走り去るガキの後ろ姿が見える。最低限の仕事はこなせたことに安堵し、最後の最後に立ちふさがった強大な門番に向けて曲刀を構えた。
◇
機械竜はガキを追おうとするが、俺が踏み込む素ぶりを見せると、こちらを牽制するように頭を揺らす。そんな事を何度か繰り返すうちにガキの姿が通路の奥に変え、機械竜は俺に向き直った。呼吸するかのように蠢く鱗の隙間から白い光が漏れている。
しばしの睨み合いのあと、左右の前肢による連続の踏みつけ。初撃よりは小回りの利いた動作だが、十分躱せる。合間を縫って腹の下に潜り込んで切りつけてみるが、ぎゃりぎゃりと音を立てるのみで傷一つつかない。天井が降ってくるかのようなのしかかりに、慌てて脇腹から転がり出る。
そのまま通路とは逆の方向に間合いをとろうとするも、機械竜はのしのしと歩み寄ってくる。鈍重な動きだが、巨躯に応じて歩幅は大きく、ぴったりと追ってきやがる。中央に陣取ったまま動かないのなら放置して逃げるだけなのだが、そう甘くはないらしい。
尾の先に繋がる管は長さに余裕があるらしく、機械竜が移動した分だけ金網の下から引きずり出されて床をのたくっている。ともすると、この球体全体が行動範囲なのかもしれない。
「さて、どうするか…」
曲刀の柄を手の内で遊ばせながら独り言ちる。弱点は丸わかりなのだ。尾の先から伸びる肉質の管が、こいつを動かす動力源に繋がっているに違いない。…見つけたときに断ち切っておけばよかったのだが、今更言っても仕方がない。
やつも俺の狙いに気づいているのか、背後を取られないように立ち回っているように見受けられる。尾を狙うには何か一手必要だ。
真っ当に巨体の脇から回り込むのは無理だと判断し、背を向けて一気に走る。機械竜は追いすがってくるが、俺のほうが僅かに速い。少しずつ距離が開き、踏みつけの間合いから首の一撃の間合いに入る。
斜め上方から鞭のようにしなって振り下ろされる頭突き。風術で感知して必死に左右に跳ね飛ぶ。やつも走りながらの攻撃なので頻度は高くないが、無理な動きに両脚が悲鳴を上げる。
球面の床の傾斜がきつくなり二足で走るのは厳しくなってきたころ、ようやく頭突きの雨が止む。間髪入れずに転身すると、機械竜は大振りの一撃を叩き込むべく、引き絞った弓のように首を反らしているところだった。
…ここで仕掛ける!
必殺の一撃が叩き込まれる寸前、俺は身に纏っていた黒マントを放り投げる。上手く顔面を覆うような器用な真似はできないが、一瞬視界を遮るには十分。倒れてくる巨木のような首を躱して一気に傾斜を駆け降りる。真正面から突っ込んでくる獣の相手には慣れているのだ。狙うは、これまでの逃走で大きく引き伸ばされた肉質の管。
しかし、機械竜はそれを見逃さず、身を捩って妨害を試みる。肩口をぶつけるように横倒しになる巨体を避けきれない。硬い鱗で脇腹を抉られた俺は痛みで足をもつれさせて倒れるが、走ってきた勢いそのままに斜面を滑り落ちる。グローブとブーツの摩擦で何とか方向を修正し、機械竜の尾から伸びる管を空いたほうの手で必死に掴んだ。
上体を捻り、渾身の力を込めて曲刀を振り下ろす。
「これで終わりだ!」
ぶつりと断ち切られた肉質の管。凄まじい勢いで噴出する赤黒い液体の水圧で俺は吹き飛ばされた。
◇
鼻から侵入する液体にむせ返った俺は意識を取り戻す。
「どうなった!?」
涙目で辺りを見回すと、金網の床を挟んで横倒しになったままの機械竜。鱗の隙間の光は消えており、動き出す様子はない。広間中央の金網には萎びた管の残骸と曲刀が引っ掛かっている。
随分と位置関係が変わっていることに疑問を覚えるが、赤黒い液体の水圧に続いて暴れまわる管に弾き飛ばされたのを朧げに思い出す。俺が寝そべっているのは、機械竜の初撃で出来たクレーターだ。不気味な赤黒い液体が水たまりをつくっている。
慌ててクレーターから出ようとするが、左足に鋭い痛みが走る。弾き飛ばされているうちに痛めたらしい。よく見れば、他にも全身傷だらけだ。このままこの液体に浸かっていれば治りそうな気もするが、下手をすれば蜥蜴人間になってしまうかもしれない。
必死に這いずっていると、通路からガキが駆け寄ってくる。
「イネス、大丈夫!?」
かつてなく焦った表情を見せるガキ。大丈夫ではないが、ひらひらと手を振り返しておく。クレーターの傍の床で上体を起こし、大きく息を吐いた。
ずたぼろにはされたが、何とか強敵を退けた。今すぐにでも眠りたい気分だが、地下からは浸水が迫っている。まだ時間の余裕はあるだろうが、最低限の治療が終わり次第、地上に戻らなければならない。
とはいえ、せっかく苦労してあんな化け物を倒したのだ。多少なりとも素材を剥ぎ取ってやらないと気が済まない。どこを持って帰ろうか、と機械竜のほうに目をやり、にやけ顔が固まる。
鱗の隙間からほのかに青白い光が漏れている。
「…もう一回戻ってろ」
予備の動力源を持っていたらしい機械竜が、ゆっくりと重い身体を持ち上げた。
◇
先ほどまでよりも鈍い動きで立ち上がった機械竜。傷の痛みをこらえ、俺は無手のまま身構える。
…どうする?
弱点らしきところはもう見当たらないし、この負傷では攻撃をかわし続けるのも無理だ。絶望的な気分で歯を食いしばっていると、機械竜は管の切れ端がこびり付いた尾をこちらに向け、反対側に走り出した。
逃げるつもりなのか?とも思ったが、ここは閉鎖空間。不思議なの挙動に戸惑うが、やがて意図を理解する。
「まだ、そんな動きができるのかよ…」
ほぼ垂直になるまで傾斜を駆け上がった機械竜。柱のような四肢をたわめ、壁を突き破らんばかりの力強さで跳躍する。天井近くまで浮かび上がった巨体が、鱗に覆われた背を下に向けて隕石のごとく降ってくる。
ガキが何やら叫んでいるが、もはや耳に届かない。迫り来る死をぼんやりと眺めるのみだ。
地下空間に星が落ちた。
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