第12話 台無し
熟睡するガキの寝顔を眺める。元気に動き回っていたが、やはり疲れていたようだ。事前に告げていた交代時間にはなったが、このまま寝かせておいてやろう。
「これからどうなるかねぇ…」
自作の干物を齧りながら独り言。一応、思いつくことはやってみたが、どうだろうか。船の奪取が無理ならば、次は島の地上を調査するしかないが…
ガキは冒険に満足したようだし、あの閉ざされた砂浜でのんびり過ごすのもいいのかもしれない。…遠くない未来に終焉を迎えるとしても。
ほのかに光を放つ昇降機を眺めるのにも飽きてガキの顔の汚れを拭ってやっていると、ぱちりとその眼が開いた。
「何、今の音?」
起きたのは俺のせいではなかったようだ。ガキが促すので風術で音を集めてみるが、俺には何も聞こえない。念のため、床に耳を押し付けてみると、そちらからは鐘を連続して打ち鳴らすような振動が伝わってくるのを感じた。
切り札が何らかの結果を出したらしい。
状況が落ち着いたと思われるまで、ここで待機することにする。寝起きのガキに水を飲ましてやっていると、壁を走る管の光が明滅し始めた。光はだんだんとか弱くなり、半球の広間は完全な闇に覆われる。床を伝わる振動もいつの間にか収まっていた。
ランタンを取り出したところで、空間はぼんやりとした青白い光に満たされる。当初の光に比べれば弱いが、周囲を視認するぶんには問題ない。
「切り札、効果があったね!」
ガキの弾む声。せいぜい、蜥蜴人間たちが弱るか混乱するか程度だと思っていたが、思いの外大きな影響があったようだ。
そろそろ下の様子を見に行ってみようと、休息のために広げていた荷物を片付け始める。
念のため、再度防毒面をかぶり、穴の下を覗き込んだところでぎょっとする。海面がここから視認できるところまで上がってきている。上昇の速度からするとまだしばらく猶予はあるだろうが、このままではこの部屋まで浸水してしまう。
さっさと逃げるべくガキに声をかけようとするが、それに先んじてガキが叫んだ。
「イネス、上からも!」
天井の穴、昇降機の筒を伝って赤い水が流れ落ちてきている。昇降機を走る光も瀕死の呼吸のように弱まり始めた。赤い水は水量を増し、やがて滝のようにざあざあ降り注ぎだす。
…毒を受けた蜥蜴人間が何か事故でも起こしたせいか、動力源と思しきイモリが壊滅したせいか、切り札は効果があり過ぎて遺跡自体の機能を破壊してしまったようだ。
ガキと顔を見合わせ、広間の外に向かって走り出した。
◇
大扉の仕掛けが作動するのもどかしく、慌てて廊下に飛び出してみれば、目前の居室の扉から蜥蜴人間が転がり出てきた。最初の調査では気づけなかったが、中に蜥蜴人間が残っている部屋もあったらしい。
足を止めず、そのまま抜き打ちで切り上げると蜥蜴人間はあえなく絶命。一息つこうとするが、いくつか先の扉からも蜥蜴顔がこちらを見ている。切り捨てたやつも、傷口から赤黒い霧を吐き出し始めた。
この期に及んで、なんて鬱陶しい嫌がらせだ…
「離れるなよ!」
肩越しに怒鳴り、次の蜥蜴人間に跳び蹴りを放った。
◇
逃げ道を遮る蜥蜴人間を弾き飛ばしながら走る。霧を噴出されては面倒なので、いちいち止めを差してはいない。全ての扉から出てきやがるわけではないが、不規則に現れるのが厄介だ。やつらに襲撃の意図はなく、遺跡の異変に混乱しているだけのようだが、邪魔なのには変わりない。
ようやく地上に繋がる天井の穴が見えてきたころ、背後からガキの悲鳴が聞こえた。慌てて振り返れば、俺とガキの間に蜥蜴人間が立ちふさがっている。いつの間にかガキと距離が開いていたようで、俺が通り過ぎた扉から蜥蜴人間が出てきやがったようだ。
強引に方向転換して迎撃に向かうが…ガキのほうに近い!
「大丈夫!」
勇ましい声とともにガキの身体が沈み込む。地を這うような姿勢で斜めに走り出したかと思うと、走路を壁、天井と変えて蜥蜴人間に飛びかかった。
どさりと仰向けに倒れる蜥蜴人間。その喉にはピッチフォークの歯が根元まで突き刺さっていた。猫のようにしなやかに着地したガキは小憎たらしく得意げな顔を見せている。
「…ははっ。やるな、相棒」
今まで色々気を遣ってきたが、いささか過保護だったのかもしれない。ちびっこい相棒の頭をくしゃりと撫でて、地上に向けて逃走を再開する。
◇
天井の穴を潜り、起伏の激しい円形の通路をしばらく進む。ここまでくればもう大丈夫だろうと、少し歩みを緩める。
「船、遺跡ごと沈めちゃったね」
からかうように俺の顔を覗き込むガキ。腹が立つが、たしかに俺の発案でやったことだ。こんな結果は予想できるはずがないとはいえ、追及されれば謝るしかない。
…せっかく脱出の目が出てきたのに、それももう潰えてしまった。
謝罪を口にしようとする俺に向かって、ガキが慌てて手を振る。
「いやいや、冗談だよ!……これまで、本当にありがとう」
澄んだ目で真っ直ぐに俺を見つめるガキ。何と返していいか分からず、とりあえずもじゃもじゃ頭をわしゃわしゃしておく。
「…実は、僕のほうこそ謝らないといけないことがあるんだ」
ガキが続けて何やら語ろうとしたところで、オールと乗り捨てた足場が見えてきた。水没した地下とは逆に、球形の広間のほうは赤い水が引いているようだ。昇降機のところに流れ込んできた赤い水は、あそこに溜まっていたものだったのかもしれない。
「続きは上に戻ってからゆっくり聞かせてくれ」
地上まであと僅か。たった一日のことだが、太陽の光が恋しい。もう日が昇っているといいなと思いながら最後の歩みを進めた。
◇
球形の広間を全景を目にした俺たちは思わず立ち止まる。水が引いた広間は隠されていた下半分をあらわにしていた。
底にあたる部分には金網が敷かれており、その上に鎮座するのは家屋ほどはあろうかという金属塊。あの飛竜の巨像を彷彿とさせるが、こちらは地竜を象っている。金網の下から伸びた管で縛り付けらたように腹を地につけている。浸っていた水はまだ乾いておらず、ところどころに赤い汗を流したようにも見えた。
先日の悪夢を思い出し背筋に冷たいものが走ったが、こいつはもう機能を停止しているようだ。
「最後にお宝が見つかったね」
ふざけるように言うガキに笑い返す。
脱出の希望が潰えた今、こんなもの見つけても詮無きことだが、せっかくなので詳しく調べてみることにする。念のため離れたところから鉄球をぶつけてみるが、何の反応も示さなかったので警戒もそこそこに近づいていく。
「しかしでかいな、これ」
地竜の傍に立ち、その背中を見上げる。もし立ち上がれば、竜車を牽く本物の地竜より二回りは大きい。ぐるりと一周見て回るだけでも大変だ。身を覆う鱗も一枚が手のひらよりも大きい。
金属製の顔とにらめっこしているガキを残して尻尾のほうに回ってみる。
「お、何だこりゃ」
金網の下の虚空から伸びる管、全て鎖のようなものだと思っていたが一本だけ様子が異なっている。尻尾の先端に繋がるそれは、他の管に比べて随分と太い。構成する素材も金属ではなく生体由来のものに見受けられる。イモリの飼育場の堀にあったのと同じものだろうか。
ブーツの先で管をつついてみると、どくりと大きく脈動した。
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