第11話 本気と切り札
話を終えた俺たちは、期待に胸を膨らませて正面の穴に向かう。今度の穴は一回り大きいものの、立って歩けるほどの高さはない。またも四つん這いになって奥に進んでいく。
…他の遺跡もこんなに狭い通路ばかりなのだろうか。細身のロディ先輩はともかく、ごついランダル先輩がはいはいをするのを想像すると笑いが込み上げてくる。
敵の気配もないので、そんな下らないことを考えながら手のひらと膝で床を這う。もしも帰れたらチャーリーに膝当てもつくってもらおう。
やがて、また球形の小部屋に行き着いた。左右の壁には狭い穴。いずれの穴もランタンの明かりが届く距離に次の小部屋が見えている。
ガキが追いついてくるまえに先の小部屋の様子を確認してみると、それらもそれぞれ二つの道に分岐していた。どうやらこの先は木の根のようにどんどん通路が増えていくらしい。
一つ前の小部屋に戻って悩んでいると、ガキが追いついてきたので状況を説明する。
「手分けして総当たりするしかないんじゃないの?」
ガキは簡単に言うが、あまり気が進まない。別れているときにイモリにでも出くわしたらまずいだろう。俺の懸念に気づいたのか、ガキがピッチフォークの歯を構えて頷いているが…
「…仕方ない。本気を出すか」
かなり辛いが、広範囲の風術で経路を調べることにする。軍属の本職の術師ならば戦場丸ごと把握することが出来るらしいが、俺が持つ魔力ではお察しだ。遺跡内の濃密な魔力による補助を期待して、全力で魔力を放出した。
「…ありゃ?」
昏倒するのも覚悟の上の挑戦は、さほど時間も要さずあっけなく終わる。どの通路も、五度ほどの分岐を経たあとに一つの巨大な空間に繋がっているようだ。…格好つけて本気を出すとか言ってしまったが、結局どの道を選んでも同じだった。
ガキに半笑いされてしまう。
◇
どこを選んでも同じだが、とりあえず右端の経路を進むことにした。分岐のたびに穴が狭くなり苦労する。おまけに、巨大な空間に近づくにつれて潮の香りが濃くなってきているような気がする。手前にあったものと同じく、昇降機があったような巨大な縦穴があるのだろうか。
最後の分岐の小部屋にガキと背嚢を残し、俺が先行して様子を確認しに向かう。もはや四つん這いどころか腹這いだ。念のため手放していない剣が引っ掛からないように注意しながら進んでいると、ようやく前方に出口の明かりが見えてきた。
出口の穴から顔を出した俺は絶句する。
これまでの遺跡内部とは打って変わって、岩肌がむき出しの大空洞。自然物とは不釣り合いな光る管が天井付近の壁面にびっしりと這いまわり、空洞全体を明るく照らしている。遥か下方には、壁面と同じく岩肌がむき出しの床が広がっており、蜥蜴人間の群れが巨大な金属塊に群がっている。数は百を下らない。
空洞に渡された極太の梁から無数の鎖で吊り下げられた金属塊。流線形の細長い物体が平行に二つ繋がれたそれは、どうみても双胴船だ。船首から船尾まで貫くように馬鹿でかい砲まで備えつけられている。
…お宝を期待していたが、ここまで規格外のものがあるとは想像だにしていなかった。
大空洞の奥側には港のようなものが建造されており、どこからか海水が入り込んできている。その先の壁面には、王都の城門を越える大きさの大扉。あの金属製の双胴船は飾りなどではなく、完成後には大扉から外海に出して実際に航行させるのだろう。こんなもの持って帰ったら、一生分の稼ぎになるどころか歴史に名が残る。
「イネス、あれ!」
待ちきれなかったのか、最後の分岐から別の経路を通って追ってきたらしいガキが隣の穴から顔を出している。指差しているのは当然、あの双胴船だ。そんなに必死に言わなくても見えているぞ、と軽口を返そうとして、小声のなかに混じっていた緊迫感に気づく。あらためてガキの指差す方向に目を凝らした。
双胴船の片側、甲板上に周囲より一回り大きな人影がある。身にまとうは黒いマント、ではなく鈍色の甲冑。ザック先輩を殺した異形の騎士が、蜥蜴人間の造船作業を監督するように佇んでいた。
お宝を目前にして、あいつかよ…
◇
どうするにせよ、狭い穴に腹這いになっている状態では手の出しようがない。ずりずりと後ろ向きに這って一つ前の小部屋に戻った。向かいの壁の穴からもガキが這い出してきてうなだれる。
「蜥蜴人間だけじゃなく、騎士までいたんじゃどうしようもないね…」
たしかに、あの騎士を相手にするのは無理だが…
もしあの船を奪うことができれば、諦めかけていた島からの脱出が現実味を帯びてくる。あの巨船をたった二人で操るのは難しいとは思うが、外装自体はすでに完成しているようなので、海に浮かべることは可能だろう。あれだけのものが漂流していれば、他の船に発見されて救助を受けるということも十分期待できる。
どうやって船を港に下ろして大扉を開けるのかなど、課題はいくつもあるが、船の周りの設備を上手く扱えればきっと不可能ではないはずだ。
「いや…あいつらまとめてぶっ倒すぞ」
度肝を抜かれたガキが慌てて聞き返してくる。
「いやいや、どうやるのさ?……これまでの冒険、十分楽しかったから無茶しなくていいよ」
ガキはもう諦めに入っているようだが、勝算はあるのだ。
「あまりやりたくなかったが、切り札を使ってみる」
本気の次は切り札?という胡乱げな声を黙殺し、切り札の準備を始める。
◇
貯蔵庫、飼育場、大空洞に繋がる小部屋まで引き返し、ガキには背嚢から黒マントを何枚か取り出させた。それを使って大空洞に繋がる穴を塞ぎにかかる。試しに火術で炙ってみると少しとろけたようになったので、うまい具合に貼り合わせて下部の一か所を残して穴を塞ぐことに成功した。
「ついでに飼育場のほうもやっとくか」
右の穴にも同様の作業を施す。ガキが物問いたげに見ているが、次の道具を見れば自ずとわかるだろう。続いて、俺の背嚢の底に仕舞い込んでいた木箱を引っ張り出した。頑丈な蓋を開けると、俺の肩越しに覗き込んでいたガキが、ひっと引きつった悲鳴を上げる。
「それって…」
俺の、ではなく帝国軍の切り札、致死毒の榴弾。食料に混じって一箱だけ荷物に紛れ込んでいたのだ。見つけたときは兵士のずさんな作業に頭を抱えたが、こうして使い道があった以上、感謝しなければならない。
箱に納められている榴弾は三つ。毒煙が発生するまでの時間を調整するつまみが組み込まれている。起動後、所定の時間になれば破裂して毒煙を撒き散らす仕組みだ。
…衝撃等では起動しないと聞いていたが、こんなものを無造作に背嚢に放り込んでいたのは少々軽率だったかもしれない。
「防毒面はきっちりつけたか?」
最後の確認をすると、ガキがぺたぺたと顔の周りを触ったのちに頷く。俺もしっかりと確認してから、榴弾のつまみをいじって起動までの時間を最長に設定した。飼育場側に一つ、大空洞側に二つ放り込んで、穴を完全に封鎖。昇降機の縦穴まで急いで退避する。
◇
縦穴の壁に張り付いて待つのは疲れるので、遥か上方の大広間まで引き返した。念のため着けっぱなしにしていた防毒面を外し、深呼吸する。
「上手くいくかな?」
ガキに問われるが、俺も全くわからない。あの空間の広さに対して榴弾の数が心もとない気もする。ただ、あの榴弾は本来野戦で使うことを想定して毒煙の量を調整しているので、今回のように閉鎖空間で使えば効果は跳ね上がっているはず。
そもそもあの蜥蜴人間たちに毒が通用するのかも未知数だ。多少なりとも弱ってくれれば、状況の打開に繋がるのだが…
「さぁ、どうだろうな。…とりあえず、仮眠でもして待とうぜ」
遺跡のなかを散々動き回って、おそらくもう夜になっているはずだ。そろそろまとまった休息をとるべきだろう。
マントにくるまって横になるガキの隣に腰を下ろし、策の成就を祈った。
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