第6話 球体

 翌朝、遺跡に向かう準備を整えるべく、残っていた帝国軍の物資の中から使えそうなものを漁る。先に確認したとおり、ほとんどが食料と燃料だったが、わずかながら役立ちそうな物も混ざっていたので掘り起こしてかっぱらった。

 最後にヒゲの指揮官に借りた曲刀を腰に差す。


「イネス、剣も使えるの?」


 物欲しそうに言うガキ。俺の得物はもうこれしかないし、譲る気はない。それに、先輩とは別の意味でこいつには荷物持ちしかさせたくない。

 代わりにピッチフォークの歯を渡しておく。魚を釣っていた時に見つけて回収していたものだ。先端の四本歯が真っ二つに割れて、二本歯が二つになってしまっている。

 さすがに怒るかとも思ったが、ちょろいガキは初めてもった武器に満足したようだ。


 準備を終え、向かうのは岩壁の中腹にあるまん丸い洞窟。断崖の上に向かうという選択肢もあるが、おそらくあっさりと先輩の二の舞になってしまうだろう。自棄気味の冒険ではあるが、少しは成功の可能性を高めたい。


 ガキは壁を垂直に歩き、俺は手足を壁につけてゴキブリのように這って洞窟に向かった。


     ◇


 岩壁に穿たれた洞窟はきれいにくり抜かれたような完全な真円だった。直径は俺が腕を上に伸ばせば手のひらが届く程度。床、壁、天井の境目もなく、つるつるの表面をさらしている。足元も曲面なので少し歩きにくいが、蜥蜴ブーツがあれば何とかなりそうだ。

 ランタンに明かりをともし、ガキを引き連れて奥へと進む。


 波の音がほとんど聞こえなくなったころ、ガキが足元を見ながら問いかけてきた。

 

「この道、少し下ってない?」


 言われてみればそんな気もするので、確認してみる。俺は投擲用にもってきた「携行砲」の弾丸に使う鉄球を足元に置いた。寝ぼけた兵士が間違えたのか、食料に混じって少しだけ弾薬の類が積み込まれていたのだ。なお、残念なことに「携行砲」本体はなかった。

 鉄球は静止することなく、滑らかな岩の表面を加速しながら転がっていく。ランタンの明かりが届かないところまで転がっていったので音で判断するしかないが、奥に向かってだんだん傾斜が強くなっているようだ。そして、鋼球が転がる音が唐突に消えたかと思うと、しばらくの無音の後にぽちゃんと水音が聞こえた。

 傾斜の先に結構な深さの縦穴が口を開けているのだろうか。


 ガキに滑り落ちないよう気をつけろと言いつけて、移動を再開する。


     ◇


 やはり奥に向かうほど傾斜は強くなっていたようで、俺はもはや立っては歩けない。蜥蜴革のグローブとブーツを壁につけて足の方から斜面を下っていると、平然と壁面に垂直に立つガキと目が合い、鼻で笑われる。感情が表に出るようになったのは結構だが、憎たらしい。


 完全に垂直になった壁に張り付いて、かさかさと下りていく。洞窟の床に縦穴があいているのではなく、洞窟自体が地下に向かって弧を描いていたようだ。足のほうからは濃い魔力が立ち昇ってきている。外見から明らかだったが、やはりここは天然の洞窟ではなく、神代の遺跡の一部なのだ。

 しばらく下ると、風術で妙な風の流れを感じた。姿勢を変えて下方を視認してみると、目の粗い金網で洞窟が塞がれている。転がした鉄球は網の目を抜けてさらに下に落ちていったようだ。体重をかけても大丈夫なのか確認するため、ブーツで蹴りつけてみると金網はあっさりと壁面から外れて落下していく。やがて、ばしゃんと盛大な水音を立ててしまった。迂闊な行動に後悔しながら耳を澄ますが、魔獣が寄ってくるような気配はない。胸を撫でおろす。


 洞窟の壁に両手足を突っ張ってうつ伏せになるという不細工な姿勢になり、ロープに結び付けたランタンを下ろしていく。蹴落とした金網の先は広い空間になっているようだ。通ってきた洞窟の直下は水面だが、そこを少し外れた位置に金属製の丸い足場が見える。それなりの広さがあり、そこまでの高さもぎりぎり飛び降りれる程度だ。

 ランタンを回収したあと、またかさかさと姿勢を変えて洞窟の縁を両手で掴んでぶら下がる。脚を大きく振って足場に向かって跳んだ。問題なく着地…できたが、足場はぐらぐらと大きく揺れる。水の底に固定されているのではなく、浮いていただけのようだ。

 慌ててバランスをとって揺れを抑え込んだところにガキが飛び降りてくる。…合図を待つように言うのを忘れていた。こいつなら身軽に着地できそうだが、一応受け止めてやる。いつかの姫様を思い出す状況だが、骨ばったガキの身体を抱きとめても何の感慨もない。

 ガキを降ろし、ランタンの明かりを強めて周囲を確認しようとするより先に、周囲の空間は白い光で満たされた。


     ◇


 照らし出された空間は金属製の球体だった。

俺たちが通ってきた洞窟は球体の天頂に口を開けており、上方を見渡せば鈍い光沢を放つ曲面の壁が全周を覆っている。壁面自体は繫ぎ目もなく滑らかだが、腕ほどの太さの管が何本も走っていて、節のような部分が白く発光していた。

 水は球体の中心より少し下まで溜まっており、俺たちが足場を揺らしたせいで大きな波紋を生じさせている。水底を覗き込むが、赤く濁っていてよく見えない。…見覚えのある色合いだ。

 水面付近の壁面に一か所、半ば水没した通路のようなものがあるのが見えた。


 初めて足を踏み入れる「生きている遺跡」に感嘆の声を上げようとしたところで、はたと気づく。…勢いで飛び降りたが、この後どうする?元の洞窟には戻れないし、足場の周りは危なそうな水で囲まれていて先の通路には進めない。

 青くなって周囲を見回すと、足場の端に妙な箱があるのに気づいた。飛び降りる前には影になって見えなかった位置だ。しゃがみ込んで、一抱えほどの大きさの黒い箱を観察する。細い銀色の線で不思議な文様が描かれた箱が、足場から半分はみ出すような形で螺子止めされている。足場全体が傾いていないところを見ると、見た目の印象から受けるほどの重量はないようだ。

 何だろうと頭を捻っていると、別のところを見ていたらしいガキが声をあげた。


「イネス、これ!」


 嬉しそうに掲げるのは、両端に水かきがついたオール。壁面と同じように鈍い光沢を放っている。俺の背丈より長いが、ガキが片手でぶんぶん振り回しているところを見ると、これも見た目より軽そうだ。


「オールだな…ってことは、この足場は舟なのか?」


 そうすると、この黒い箱は推進装置か何かなのだろうが、どのみち操作方法はわからないので使えない。ガキからオールを受け取って水を掻いてみると、足場は赤い水をかき分けて動く。舟のように流線形ではないので苦労しそうだが、何とか通路の方に進めそうだ。


「おら、漕げ!」


 ガキがポーズを決めて先輩の真似をする。ようやく素の顔を見せたガキに不覚にも嬉しくなってしまい、生意気な命令に従ってやることにする。


 ガキに水がかからないよう細心の注意を払いながら円い舟を漕ぎ始めた。 

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