幕間

料理自慢の宿

 都会でもなく田舎でもない中規模の街。特別な産物などはないが、立地的に流通の中継地になっており、それなりに栄えている。

 そんな街にある一軒のありふれた宿。そこそこの値段設定だが、こじんまりとしつつも清潔な内装と、ほんわかとした美人の女将の接客でなかなか繁盛している。また、併設の食堂で出される料理が美味いのも評判で、地元客が食事だけを摂りに訪れることも多い。

 今日も常連の地元客が仕事終わりにこの食堂を訪れる。


     ◇


 「そうか、坊主は出て行ったのか」


 カウンター席に腰かけた冒険者の男が大きな声で女将と話している。たまにこういうガラの悪い客が居座っているのが、この店の唯一の欠点だ。

 テーブル席についた地元客は眉をひそめた。


 「そうなのよ、手紙一つ寄こさないで…元気にしているのかしら?」


 おっとりとした女将が頬に手を当てる。


 地元客はこの店の次男坊のことを頭に浮かべた。

 何でも小器用にこなすが、それ以外にこれといった特徴のない地味な青年。最近見かけないと思ったら、他の店で修行中の長男に続いてどこかに旅立ってしまったらしい。


「まぁ、大丈夫さ。なにせ『料理人』の息子だからな」


「そうね、あの人の子供ですものね」


 なるほど、と地元客は納得する。手に職があればどこででも生きていけるだろう。厨房のほうに目を向ければ、いつもと変わらず寡黙な男が包丁を振るっている。仕事の合間に、きっちり次男にも料理を仕込んでいたのだろう。


「『料理人』の息子でもあるし、何より姐さんの…」


 女将がカウンターにサラダの皿をどんと置き、男の言葉を遮った。


「その先は口にしないで」


 にっこりと笑う女将が男の耳元に口を寄せてささやく。


「〇〇引っこ抜かれたいか?」


 かすかに聞こえた言葉に地元客がぎょっとするが、さすがに聞き違いだろうと思い直す。


 カウンターに置かれた皿の上の生野菜が、みるみるうちに腐っていくのには気づかなかった。

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