第3話 孤島

 結局、準備に朝まで駆けずり回ることになってしまった。

 ほとんどの店は閉まっていたのだが、何とか頼み込んで開けてもらい、物資を分けてもらうことができた。そのとき初めて知ったが、商人たちのあいだでは微妙に俺の名が売れているようだった。以前、どうみても農民の俺が若手冒険者をまとめてぼこぼこにしたのが話題になっているらしい。思わず顔を覆ったが、その分おまけもしてもらえたので良しとするしかない。


 もらったパンをガキにも分けてやり、動き出した街を後にして港に向かった。


     ◇


 デブの部隊の兵士たちが船に荷物を積み込んでいる。彼らも徹夜だったらしく、出発前からぐったりしている。

 俺は『羊の街』の遺跡で赤い水に浸ってから異常に体調が良く、少々寝なくても問題ないが、隣のガキも辛そうだ。

 雑用を申し付けられては面倒なので、木箱の陰に隠れて気配を殺しておく。


 予想通り遅刻しているザック先輩を待っていると、代わりにヒゲの指揮官が走ってきた。デブを呼び出して何やら口論を始める。風術で盗み聞きしてみたところによると、どうやらチャーリーに事情を聞いて抗議しにきてくれたようだ。

 こちらが心配になるくらい強くデブに物申してくれたが、さすがに任務を中止にさせることは出来なかった。うなだれたヒゲさんがとぼとぼと街に戻る途中、隠れている俺たちに気づいて木箱のほうに近づいてきた。


「すまん、私では力不足だったよ。もう少し早くわかっていれば、やりようもあったのだが…」


 デブは親の名前を使ってまで遺跡探索を強行することにしたらしい。十中八九、親の承認など得ていないと思われるが、確認するにも他の有力者に根回しするにも時間が足りないとのこと。探索が失敗してデブが失脚すればヒゲさんにも利があるはずなのに、わざわざ朝早くから動いてくれてありがたいことだ。


「金は…渡しても意味がないな。これでも持っていけ」


 農民には不要かもしれないが、と笑って渡してくれたのは腰に提げていた反りの強い曲刀。今の帝国軍において剣は儀礼的な意味合いになっているが、指揮官の持ち物だけあってそれなりの品に見える。俺はもはや長物のほうが扱い慣れてしまったが、予備の武器があるのはありがたい。


「…お借りしておきます。遺物を見つけたら横流ししますね」


「いらないよ。それより無事に帰って土産話を聞かせてくれ」


 格好いい背中を向けて去っていくヒゲさん。

 と、入れ代わりにだらだら歩いてくるザック先輩が目に入る。憂鬱だが、いつまでも隠れているわけにはいかない。ガキを引き連れて船の乗降口に向かった。


     ◇


 停泊している船の甲板に上がり、隅っこで大人しくしておく。荷物の積み込みをやらされるかと思ったが、何も指示されなかった。むしろ俺たちに荷物を触られたくないらしい。


 することもないので船を観察する。

 小舟に乗って池で遊んだ経験はあるが、こんな立派な船で沖合に出るのは初めてだ。とはいえ、大陸間を行き来している船に比べると随分と小さい。デブの権力で勝手に動かすにはこのくらいが限度なのだろう。乗り込んでいる兵士もおそらく部隊の半分ほど。水夫を除けば二十人程度だ。

 申し訳程度に設置された何門かの可動式の砲が、この船が一応軍船であることを主張している。

 これから向かう遺跡がどれほどの規模なのか知らないが、大丈夫なのだろうか…


「お前ら、今度の任務は荒野のぬるい仕事とは訳が違うぞ。浮かれてたら海に沈めるぞ!」

 

 酒瓶片手に偉そうにぬかす先輩。これから数日間ずっと一緒に行動するわけなので、今から機嫌を損ねると面倒だ。言い返したいのをぐっと堪える。


 やがて準備が整ったのか、係留用のロープが外される。陸のほうに目をやるが、早朝の港に見送りの人々など誰もいない。

 

 朝もやの中、人目を忍ぶように一隻の軍船が出港した。


     ◇


 出港してからも雑用を申しつけられることはなく、俺たちはずっと船倉に押し込まれていた。おかげでしっかり睡眠は取り返せたものの、海の上の景色を少し楽しみにしていただけに残念だった。勢いで折り畳み式の釣り竿まで準備してきたが、この分だと島に上陸してからも使いどころはなさそうだ。

 先輩は指揮官の船室に行ったまま帰ってこない。きっとまだ飲んでいるのだろう。あの人には船酔いなど関係ないらしい。

 顔色の悪いガキに水を飲ませてやる。


 波に揺られること一昼夜、扉の外がにわかに騒がしくなり始めた。どうやら目的の海域に到着したらしい。兵士の一人が呼びにきてくれたので、俺たちも甲板にあがる。

 上陸地点を探しているのか、船は目的地と思われる島の周りを旋回しているようだ。城壁のごとくそびえ立つ断崖に全周を囲まれたほぼ円形の島。遠目に見ただけでは正確にはわからないが、街が一つすっぽり入るほどの大きさはあると思われる。絶壁の上には濃い緑色の樹々がこんもりと生い茂っている。

 こんな島、余程の理由がないかぎり誰も寄りつかないだろう。未踏の遺跡が残っていたのも頷ける。


 岩壁に走る大きな亀裂の正面で船が停まると、兵士たちとともに甲板に整列させられた。

 対面に立つデブの指揮官の訓示が始まる。


「よし!これから向かうのは、私がかつて私兵を派遣して調査を試みた島だ。そのとき上陸した者に生還者はいなかった」


 このデブ、目的地に到着してから何てことを発表しやがる。ザック先輩は知っていたのか、しきりに頷いている。


「しかし、諸君らは栄えある帝国軍の兵士であり、無能な私兵どもとは練度が違う。そして何より、今回は「携行砲」という強力な新兵器がある。さぁ、歴史に名を刻むぞ!」


 嬉しげに「携行砲」を振りかざすデブを前に、兵士たちの間にどんよりとした空気が漂う。隣のガキは歯を食いしばって俯いている。

 やはり、逃げるべきだった…


    ◇


 島まではまだ随分と距離があるが、水深の都合により、ここからは小舟で移動するらしい。冒険者三人と山盛りの荷物を載せた小舟が海に降ろされると、デブの指揮官が俺たちに命令を下す。


「お前らの仕事はあくまでも仮の拠点の設営だ。我々が上陸するまでに準備をととのえておけ!」


 遺物を懐に入れたら処刑だぞ、と言い捨てて船室に戻っていく指揮官に、へこへこと頭を下げる先輩。舳先に片足をかけて、こちらを振り返る。


「おら、さっさと漕げ!」


 人員構成の都合、操船は俺の担当だ。おそらく島に着くまで交代はなしだろう。ため息ひとつ、初めて扱うオールを握る。

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