第2話 独断専行
「携行砲」を手に入れることは叶わなかったが、俺は惰性で帝国軍の仕事を手伝い続けていた。嫌な思いをすることも多いが、なかなか割がいいのだ。
今日は珍しく仕事が早く終わり、ザック先輩は喜び勇んで色町に消えていった。ふと思いついて、ガキを食事に誘ってみる。ガキは迷ったようだが、結局はちょこちょこと後をついてきた。
『帝国砦』には帝国の版図に対応して様々な地方の料理店があるが、今日はガキの出身にあわせて純帝国風の店にする。風術で埃を払ってやり、入口をくぐった。
「よう、『農民』」
テーブルに陣取った顔見知りの冒険者がカップを掲げるので軽く挨拶する。決して馬鹿にされているわけではない。そういった輩は『帝国砦』で活動を始めて早々に拳で血染めにしてやったのだ。幸い、おちょくってきたのは駆け出しの若いやつらだけで、それなりに経験のある冒険者からすれば、身のこなしはただの農民に見えなかったらしい。…格好はともかく。
席に着くとガキは一番安い品を頼もうとするので、無視して適当に料理を注文する。ちびっこいくせに一人前に遠慮とは生意気なことだ。
◇
「ごちそうさまでした」
やはり腹をすかせていたのか、注文した分の料理を全部たいらげたガキが手をあわせる。無口で愛想が悪く、まともに会話も成立しないが、挨拶はきちんと出来るようだ。
もじゃもじゃ頭をわしゃわしゃすると、上目遣いでにらんできた。
もう一つ追加でわしゃわしゃしてから、酒が入ったカップを傾ける。
この店は初めてだったが、香辛料がきいていてなかなか美味かった。王国育ちの俺には『帝国砦』の異国情緒漂う見慣れない料理は面白く、最近の趣味は専ら安くて美味い店探しだ。これも『帝国砦』にだらだらと居着いてしまっている理由の一つだ。
とはいえ、評判のいい店はもう粗方回り終えたし、何より同じような日々の繰り返しで気持ちが緩んできているのに少し危機感を感じている。ヒゲの指揮官の誘いには大見得を切ったが、すっかり「冒険しない冒険者」だ。
さすがにそろそろ次の拠点に向かうべきだろうか…
向かいに座るガキがもじゃもじゃ頭を手ぐしで整えよう頑張っているが、傷んで縮れた髪はぼよんと元に戻る。
あのいけ好かない先輩の元にこいつをひとり残していくのはもやもやするが、かといって連れていくという選択肢もありえない。そこまでの仲でもないし、そもそも俺は荷役も雑用係も必要としていない。
せいぜい、ここにいるあいだは腹いっぱい食わせてやろう。
◇
食後の果物で機嫌を直したちょろいガキを眺めてまったりしていると、歓迎されない客がやってきて、許可なく席についた。色街に繰り出していたはずのザック先輩だ。
「おう、お前ら。明日の仕事は島だぞ」
前置きもなく言われても、意味がわからない。このいけ好かない先輩、それなりに腕は立つのだが品性も知性も足りていないのだ。酒を飲ませて適当におだててやり、詳しい情報を吐き出させる。
あっさりご機嫌になった先輩が語るところによると、島というのは『帝国砦』の沖合に船を一昼夜ほど走らせたところにある無人島のことらしい。そこには遺跡があり、明日からデブの指揮官の部隊が探索に向かうのだそうだ。
遺跡の探索、というところで少し興味が沸いたが、俺たちの仕事は荷物の積み下ろしや野営地設営などの雑務とのこと。日数がかかる上にあまり面白くない仕事なのでさすがに断ろうとするが、デブに良い顔をしたい先輩は、俺たちを含めて受諾の返事をしてしまったらしい。
「遅れたら殺すぞ!」
いけ好かないを通り越して殴りたいに昇格した先輩が、タダ酒を飲み干したカップをテーブルに叩きつけて去っていく。
さすがにここまで適当なことをされると付き合いきれない。この仕事を最後にして拠点を移すことを決意し、まだ果物の皮をしゃぶっているガキを促して席を立った。
◇
遺跡探索に同行するとなれば、たとえ雑用係でも入念に準備しておかなければならない。
俺はガキを連れて砦にある居室の一つへ向かった。扉の前には監視役の兵士が立っているが、手土産があれば素通りだ。
「どうしたんだね、こんな遅くに」
眼鏡を上げながら尋ねるのはチャーリー。何やら凝った道具で三人分の茶を入れようとするのを遮り、俺は先ほど先輩から聞いた明日からの任務の話をする。どうやらチャーリーには話が回っていないらしい。
何か余っている物資でも分けてもらえれば、という目的で訪ねただけなのだが、チャーリーは深く考え込んでしまう。随分と待たされた後、チャーリーは顔をあげ、いつになく真剣な表情を見せた。
「まずいな、おそらくそれは正規の任務じゃない」
どういうことか、と尋ねると、座りなおしたチャーリーが詳しい説明を始める。
まず、孤島の遺跡というのは完全に未踏の遺跡らしい。帝国軍が遺跡を確保して、すでに調査を進めているものと思っていたが、軍の上層部にはそんな遺跡の存在自体報告があがっていないとのこと。
新しい遺跡の発見時には本国から専門の部隊が送り込まれてくるはずなので、デブの指揮官が探索に乗り出すのはやつの独断専行とみて間違いないそうだ。
「ここ数日の妙な物資の流れ、合点がいったよ」
何でも、大量の食糧や致死毒の榴弾の調達が進められていたらしい。今回の遠征はちょっとした下見程度などではなく、本格的な遺跡探索を画策しているようだ。ただただ面倒なだけの仕事だと思っていたが、雲行きが怪しくなってきた。
「今すぐ渡せるようなものは、これぐらいしかないが…」
チャーリーが棚から取り出したのは、子供用の蜥蜴ブーツと二枚の防毒面。致死毒が飛び交うような現場になるのであれば、本当に助かる。耳栓すら支給しないやつらが、冒険者にそんなものまで用意するはずがない。
約束どおり、ブーツも仕上げてくれたようだ。
「気をつけなよ。あの指揮官は同じような状況で冒険者を一人死なせているらしい」
部屋の隅で大人しく話を聞いていたガキが珍しく顔色を変えて取り乱す。雑用で散々こき使われているものの、命の危険があるような仕事は初めてなのだろう。
チャーリーの話を聞いて、いっそ今晩のうちに逃げてやろうかとも考えたが…こいつがいる。こいつはきっと逃げないのだろう。
まさに乗りかかった船。仕方がないので面倒を見てやることにする。
◇
チャーリーに礼を言って居室を辞する。もう夜も遅いが、彼もこの件に関して調べてみてくれるそうだ。
任務の裏を聞けたのは良い収穫だったが、今夜のうちに準備しないといけないものはたくさんある。こんな怪しげな任務で部隊から支給される物資など当てにはできまい。
最後の仕事、というのは、どうしてこうろくでもないことになるのだろうか。無駄にきれいな星空を見上げてため息をつく。
「おら、ガキ。今夜はまだ寝かさないぞ」
もじゃもじゃ頭を鷲掴みにして、まだ開いている店を探して歩き出した。
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