第2章 竜が棲む島 ~地獄の船頭と小汚いガキ~
第1話 『帝国砦』の面々
赤茶けた土埃舞う荒野。手持無沙汰な俺はでかい岩の上に腰を下ろす。じっとりと汗ばむ身体に風が心地よい。…土埃が張り付いてどろどろになるのは難点だが。
首にかけた手拭いを水術で湿らせながら、眼下に展開する部隊を見物する。
◇
「音響砲、放て!」
でっぷりと肥えた指揮官の号令一下、横陣最前列の帝国兵が膝立ちになる。かっちりとした揃えの軍服を着させられ、暑そうだ。
彼らが小脇に抱える筒は、話題の新兵器「携行砲」。甲高い音ともに不可視の砲弾が放たれ、相対していた地竜が昏倒した。
相当離れた位置に座っているのに、こちらの耳までじんじんとしやがる。彼らには特殊な耳栓が配られているらしいが、俺たちにまでは回ってこない。
「続いて毒煙榴弾、装填!」
今日は地竜を生け捕りにするらしいので、おそらく催眠ガスを使うのだろう。二列目の帝国兵が音響砲とやらより一回り大きい筒の先に拳大の榴弾を押し込んでいる。
砲弾が描く放物線を目でたどっていると、いけ好かない先輩冒険者から声がかかった。
「こっちも仕事だ!『農民』」
◇
意気揚々と『帝国砦』までやってきた俺だが、残念ながら「携行砲」を手に入れることはできなかった。帝国軍の専用装備として扱われ、冒険者への販売はしていなかったのだ。
あきらめきれない俺は、何とか中古品でも横流ししてもらえないかと目論んで軍がらみの仕事を受けることにした。仕事の内容は、帝国軍部隊の護衛。「携行砲」があるので護衛など不要に思えるが、小型の魔獣相手に部隊を動かすのは面倒とのことで、それらへの対処は冒険者に任されている。
そんなわけで、今日も土にまみれて冒険者稼業だ。
大岩が魔獣の視線をさえぎるのにあわせて、首に提げた頭骨に魔力を流すのを止めた。魔獣が俺を見失って立ち止まったのを風術で確認してから、かさかさと隠れた岩の天辺に上る。新調したグローブとブーツは、魔力を流すと接触面との摩擦が極めて大きくなるので楽ちんだ。
腹ばいになって様子を伺うと、赤茶色い保護色をした大蜥蜴が短い首を左右に振って俺を探している。
ピッチフォークを片手に飛び降りる。
空中で姿勢をととのえ、長い柄に抱きつくようにして農具の歯の裏に両足をかける。俺の全体重を載せた一撃は、狙いあやまたず蜥蜴の後ろ首に深々と突き刺さる。
靴底に頸椎を外した感触が伝わるが、これほどの傷でも大蜥蜴はまだまだ暴れる。着弾の衝撃を受け止めた太腿にさらなる力を込めて、蜥蜴の尻尾のほうに向かって身体を投げ出すように跳躍。柄の先に両手でぶら下がるようにして体重をかける。
切り取り線を刻まれ、関節を外されたうえに、梃子の要領で力をくわえられた蜥蜴の頭部はばつんと音を立てて引きちぎられた。血と有毒のよだれをまき散らしながら、ごろごろと転がっていく。
必殺技(笑)の名前でもつけられそうな、華麗な攻撃が決まった。
◇
「いやぁ、決まったね!『斬首刑』」
蜥蜴の背中の革を剥ぎ取って、部隊の物資を積んだ馬車に戻ると一人の優男が話しかけてきた。こいつも埃まみれになっているが、荒野に似つかわしくない上等な服を身にまとっている。
この男は帝国軍所属の技師であるチャーリー。「携行砲」の開発にもかかわっていた重要人物なのだが、監視する意味も込めて常に部隊に同行させられている。『帝国砦』の拠点内でもほぼ軟禁状態にされているらしい。
当初、何とか「携行砲」を都合してもらおうと思って声をかけたのだが、気が合ったのですぐに友人感覚の付き合いになった。
ちなみに、グローブとブーツもこいつに蜥蜴革で作ってもらったものだ。性能的には壁や天井を歩けるほどのものらしいが、そんなことをすれば俺の体幹のほうがもたない。
勝手に技の命名をしやがるチャーリーに土埃をふりかけてやっていると、いけ好かない先輩の怒声が聞こえた。
「おい、ダナ!ぐずぐずするな!」
呼ばれて走っていくもじゃもじゃ頭の小汚いガキは、ダナ。背が低いうえにがりがりだが、一応冒険者を名乗っている。俺と同じくあの先輩の下で冒険者をしているのだが、やつが持たされているのは身長よりも大きな背嚢のみ。実質、剥ぎ取りと荷物持ちの雑用係だ。
何のために冒険者なんてやっているのかしらないが、ろくな稼ぎにもならないのに先輩にこき使われている不憫なガキである。
「相変わらず、ザック君のあたりはきついね。傍で聞いてて気分がよくないよ」
チャーリーがうんざりとした顔をしてこぼす。
ザックというのはいけ好かない先輩の名前だ。俺がこんなやつの下についているのは、軍がらみの仕事を受けるにはそうするしかなかったからだ。デブの指揮官と仲良しのザック先輩は、『帝国砦』では中堅程度の腕前なのにもかかわらず顔役の一人なのだ。
丸めた蜥蜴革をチャーリーに投げつける。
「これで子供用のブーツでも作ってくれ」
気が向いたら、飯でもおごってやろう。
◇
デブの指揮官が欲をかいたせいか、予定時刻を少し過ぎた帰還となった。冒険者の面々は砦の入口に着いた時点で日当を握らされて放り出される。チャーリーは監視役の兵士に挟まれて、砦内の居室まで直行だ。
ガキとザック先輩は声をかける間も無く雑踏に消えていった。どうせいじめられるのに、仕事の後まで先輩に付き従うとは熱心なことだ。
仕方がないので一人で屋台にでも行こうとしたところで後ろから肩に手を置かれる。
「これから食事かね?それなら一緒にどうだい」
振り返ると、ヒゲの軍人。別の部隊の指揮官で、この人はデブと違っていい人だ。俺と顔をあわせれば何かと気にかけてくれる。
「おごってもらっても気は変わりませんよ」
苦笑いして予防線を張っておく。自分の部隊に来い、と何度も誘われているのだ。大変ありがたい話なのだが、それは護衛の冒険者としてではなく、輜重隊所属の正規の軍人として。戦闘技術ではなく、魔術を用いた細々とした雑務の能力を買われてのことだった。
…俺の二つ名(笑)を面白がっているだけという可能性もあるが。
結構な額の給金を提示されたものの、俺はもう少し冒険がしたいので断った。文官を目指していたときとは随分と変わってきた心境に自分でも少し驚いている。
「構わないよ。あのデブの近況を教えてくれさえすればいいさ」
親しげに肩を組んでくるヒゲの指揮官。
一兵卒からたたき上げのこの人と違って、デブのほうは軍幹部である親の七光りで指揮官になったらしく、軍の中でも腫れ物扱いらしい。べつに後継ぎというわけではないので、そんなに顔色を伺う必要はないらしいのだが、へそを曲げて親にあることないこと報告されると面倒なので動向が注視されているのだ。
「そういうことなら、遠慮なくごちそうになります」
やつの悪口ならいくらでも出てくる。ザック先輩と仲が良いだけあって、あのデブも性格が悪いのだ。飯代のぶん、しっかりと語らねば。
タダ飯なら屋台というのはもったいないので、ヒゲさんおすすめの店に向かう。
仲間と別れて流れ着いた『帝国砦』。当初は独りになった不安もあったが、俺の冒険者生活はそれなりに軌道に乗っていた。
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