エピローグ
馬車ほどの大きさの巨牛。
鼻息荒く真正面から迫ってくる、ど迫力の光景。
紙一重で衝突事故を避けた俺は、ピッチフォークの穂先?を脇腹に押し当てた。
石突?を地面に埋め込み、柄を両腕と片膝で支える。歯を食いしばり、全身をきしませる衝撃をしのぎきった。
自身の勢いで身体の側面に深々と四条の溝を刻んだ牛。
襲う激痛に悶え、こちらに注意を払う余裕はなさそうだ。転げまわる巨体に潰されないよう気をつけながら、首筋に農具の歯を突き立てる。
捻りを加えて太い血管を引きちぎると、赤い噴水が舞った。
額の汗を拭いながら街道をのほうを見ると、少し先で一台の竜車が停まっている。あまり待たせるのも申し訳ない。急いで背肉のいいところだけ剥ぎ取り、なだらかな丘を駆け降りる。
◇
結局、俺はテオともアリサとも別れることにした。付いていくと言えばどちらも受け入れてくれただろうが、その後の自分の姿を想像したときにどうにもしっくりこなかったのだ。
とはいえ、そのまま一人で羊を狩っていても仕方がないので、次なる拠点に向けて移動中。
目的地は通称『帝国砦』。
辺境はいくつもの国に隣接しているが、どこの国の土地にもなっていない。拠点を開拓した勢力がそのままそこを支配するかたちになっている。
『帝国砦』は別の大陸の覇者たる帝国が、はるばる海を越えてきて築いた冒険者の拠点だ。大軍を率いて海辺の城塞の遺跡を攻略し、そのまま拠点としているのだ。
攻略時に発見した遺物を解析して「携行砲」なる武器が開発されたという情報を耳にした俺は、ここを次の目的地に定めた。
実力不足は手っ取り早く武器で補おう、という堕落した考えだ。
なお、防具については今のところ真っ赤に染まった服一着のみ。
水路を流れていた怪しげな水に加えて俺とモリス君の血で染まった羊毛服は、洗うと石鹸と反応してさらにどぎつい色になってしまった。
さすがに捨てようとも思ったのだが、姫様に調べてもらうと強力な「再生」の特性を有しているとのこと。再生されるのは服の破れだけで、着ている人間の傷が再生したりはしないのだが、荒っぽい扱いをする冒険者にとってはありがたい。
趣味の悪い色づかいだが、止むなく継続使用している。
◇
「ありがとうございます。今日の夕食は豪勢になりますね!」
竜車に戻ると、にこにこ顔の中年男性。竜車のオーナーの商会主だ。
竜車をひくのは『地竜』と呼ばれる首長、尾長の巨獣。つぶらな瞳で穏やかな気性をしているのだが、ある程度の魔獣までなら蹴散らしてしまう。
高い運搬能力と自衛能力をもつ彼らの調教が可能になったおかげで、辺境の拠点間の移動と物流は劇的に良くなった。
とはいえ、魔獣があらわれるたびに『地竜』をけしかけていると積み荷が大変なことになるので、今回のような冒険者による護衛の需要も残っているのだ。
「お待たせしました。とりあえず背肉の美味しそうなところだけ取ってきました」
土埃を払ってから馬車に乗り込む。
凶暴なくせに草食の牛さん、なかなかの美味なので楽しみだ。
◇
草原に沈む夕日を眺めながら、『放牧場』での日々を思い出す。
流されるままに始めた冒険者稼業。土まみれ毛まみれになって死にかけもしたが、今となっては不思議と辞めようとは思わない。
首に提げたちっこい頭骨を握り、短いが濃厚な時間を共に過ごした仲間を思う。
道を違えはしたが、冒険者を続けていればいずれ再開することもあるだろう。
すっかり手に馴染んでしまった農具を地術で手入れする。
…何はともあれ、装備の更新をしなければ。『帝国砦』で変な噂が立つ前に。
御者をしていた商会主が振り返る。
「遠目に見てましたよ。さすがですね!『血染めの農民』」
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