第13話 冒険終わって
全力で謝罪をしたい状況ではあるが、まずはモリス君のことに決着をつけなければならない。
…止めを刺すのか?
覚悟を決めないまま這いずっていくと、モリス君が跪いたまま小刻みに震えだした。顔に似合わぬ逞しい筋肉がしぼんでいき、下半身を覆っていた羊毛が抜け落ちていく。
姫様と顔を見合わせる。
「治療しましょう」
◇
頭の中までまともに戻っているかは不明なので、念のため縛りあげた上で仰向けに寝かせる。鼻から上顎のあたりはべっこりと陥没。上の前歯は残っていない。両側頭部からもだらだらと流血している。
我ながら、随分とひどいことをしたものだ。
姫様が膝をつき、モリス君の頭部を手をかざす。治療が始まる、かと思ったところで、姫様が顔を背けながら言う。
「貴方は、その…そちらの治療をお願いできますか?」
指差すのは、モリス君の下半身。赤黒い抜け毛に覆われて、どういう状態なのか判別できない。
「わたくしが上半身でお手本を見せますから、何とかなさってくださいまし」
投げやりにいう姫様。前代未聞の状況で治療術の講習が始まるようだ。
「ちなみに…折れているんですか?潰れているんですか?」
「貴方も潰しますわよ?」
手応えがあったらしい。
◇
完全に日が没した頃、モリス君の未来がかかった治療を何とか終える。意識は未だ戻らないので、治療の成否は不明だ。
二人とも疲労困憊なので、このあとどうするにしても今すぐ行動を開始するのは無理だ。とにかく野営の準備は必要だろうと、姫様に照らしてもらい、作業を始めたところで聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「それは都合が良すぎるだろう」
悪態とは裏腹に、笑みがこぼれる。
草原の闇の向こうから現れたのは、テオとアリサ。だけでなくランダルさんとロディさんだった。
◇
結局、テオは最後まで俺の背嚢を持っていてくれたらしく、食料は潤沢にある。毎度のごとく料理の腕をふるいながら、ランダルさんとロディさんに経緯を聞かせてもらう。
どうやら、騎士たちと先輩方が浴びた液体は、モリス君が浴びたものとは違って一時的に精神に変調をきたすだけのものだったらしい。ベテラン冒険者である先輩方は頭上の羊男にいち早く気づき、なるべく液体を浴びないように咄嗟に対処したとのこと。
結局、意識を失うことにはなってしまったが、テオとアリサを追撃している途中で正気に戻り、二人と協力して暴走する騎士たちを昏倒させていったそうだ。
なお、騎士たちは縛り上げて遺跡に転がしたままだそうなので、面倒だが明日回収しに行かなければならない。俺が太腿をざっくりとやった騎士以外は、命に別状ない程度の傷らしい。
ひとしきり話を聞き終わると、先輩方は出来上がった食事をかき込んで、すぐに自分たちのテントに戻っていった。すぐ寝るのかモリス君の様子をみるのかわからないが、ベテラン冒険者にもきつい一日だったようだ。
三人分の食事を皿を持って俺たちのテントへ向かう。
うつ伏せのテオが背中の深手を姫様に治療してもらっている。先ほど聞いた話によると、アリサをかばった傷だそうだ。
二手に分かれるという話だったが、二人は追手が水路のほうに使わぬように実質囮として動いていた。敢えて追手に追いつかせながら、引きつつ戦うという無茶をしていたらしい。
アリサは涙を浮かべながらテオを叱責している。
テオは憎まれ口で言い返しているが、お互い手は握り合ったまま。
ふと、姫様と目があう。
こちらもいい雰囲気になりかけたような気もするが、潰すだの潰さないだので全部台無しだ。
◇
その後の後始末にも大変な苦労があった。
目を覚ましたモリス君が姫様を見て何故か錯乱したり、救出した騎士たちがこちらの陰謀を疑ったり…
とはいえ、終わってみれば万事うまくいったことになる。
遺跡の調査自体は成功とは言えないが、姫様は謎の液体や羊男の情報を持ち帰ってこれたのに対し、騎士たちはよだれを垂らして暴走したあとに昏倒していただけ。あわよくば姫様を遺跡内部でどうにかするという裏の任務も大失敗だ。
俺たちも、今までの冒険者稼業で稼いだ総額よりも多い報酬をもらってほくほくである。
しかし、何より嬉しいのはモリス君の思いがけない生還だ。冒険者になって早々に心に刻まれた傷がなくなった。
目覚めると頭の中身もきちんと元通りになっていたモリス君だが、残念ながら両側頭部に巨大なハゲが残ってしまった。
酒場の少女が縫った帽子を常にかぶっている。
結局、モリス君の変貌については、本人の記憶が一切残っていないこともあって詳細不明のままだ。
元に戻れたのは、角がもげたおかげなのか。顔面への一撃のおかげなのか。
…あるいは、その前の一撃のおかげか。
姫様がもげた角を詳しく調べてみるそうだ。
なお、俺の治療がうまくいったのかは聞けていない。
◇
やがで、調査団が帰還する日が訪れた。
到着したときとは異なり、現在は姫様が調査団の主導権を握っているようだ。さすがに帰り道で騎士たちにどうこうされることはないだろう。
例の騎士は最後尾で歯をむき出している。一人だけ出血が多過ぎて死にかけたのを根に持っているのだろう。
…俺がやったと知られていないことを祈っておく。
「これからは、自分の身は自分で守って見せますわ!」
姫様の決意をテオとアリサが応援しているが、俺はその言葉の真意を知っている。きちんと謝罪はしたので、そんなににらまないでいただきたい。あのときのおかしな高揚は、きっと怪しげな水に浸ったせいなのだ。
「じゃあ、二人もがんばってね」
アリサは姫様の護衛をつとめることになった。
自分の身を守ることを決意した姫様は、教会内部での地位を上げるべく、今回以上の功績を求めることにしたそうだ。その際に同性の護衛がいれば助かるとのことで、アリサに声がかかった。
アリサは、少しの逡巡を見せたのち引き受けた。
何度も振り返り、手を振る二人。
◇
「結局、お前はこれからどうするんだ?」
彼らの後ろ姿が見えなくなった頃、テオがこちらを見ずに問う。
テオは本腰を入れて父親の足跡を辿ることにしたそうだ。
姫様の執事の老爺は博識で、形見の剣を一目見ただけで公国の騎士のものであることを見抜いた。公国といえばアリサが出奔してきた国だ。姫様の護衛にならなかったとしても同道は難しかっただろう。
いつの間にやら見慣れてしまった草原を眺めながら、テオの問いに答える。
「俺は…」
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