第9話 姫様と歩く
翌日も日の出前から街の入口で全員揃って待ち構えていたが、調査団が姿を見せたのは完全に日が昇ってからだった。
今日も騎士たちは姫様とは別行動をとるようだ。情報提供のときと同じく、先輩方は騎士たちと、俺たちは姫様と行動をともにすることにした。姫様の荷物を俺とテオで手分けして持つ。なお、執事の老爺は街でお留守番だ。
真面目な顔をした飲んだくれ共の馬車に分乗して、『放牧場』に向かった。
◇
朝日に照らされる『放牧場』を姫様と歩く。朝のすがすがしい空気が心地よいのか、楽し気な表情で深呼吸する姫様。今から気を張っていても仕方ないので結構なことだ。
騎士たちは随分と先行し、先輩方と何やら話している。姫様の護衛は完全に俺たち任せにするらしい。
「いくらなんでも、姫様の扱い悪くないですか?」
テオが珍しく丁寧な言葉遣いで尋ねると、姫様が苦笑する。
「わたくしもそう思います。ここまで露骨だとは」
姫様曰く、何でも弟一派に命を狙われているとのことだった。
継承権の順位は男子たる弟のほうが上位だが、色々な面であまり出来がよろしくないため、姫様のほうを推す声が根強くあるらしい。当人としては爵位に興味はなく、貴族社会から距離をとって教会に身を置いているそうだが、なおも敵視してくる弟側の人間が今回も王国軍に何やら働きかけたそうだ。
さすがに姫様を直接害するような命は受けていないだろうが、遺跡の中で孤立させたり事故にみせかけて魔獣をけしかけたりというのは十分考えられるとのこと。
「本来ならば、むしろわたくしが貴方のような人を守らねばならないのに…力不足でごめんなさい」
俺を見つめて悲し気な顔をする。俺たち、ではなく俺のことを心配なさっているのは間違いなさそうだ。そんなに頼りなく見えるのだろうか…と少し落ち込む。
◇
その後、ぽつぽつと他愛ない会話をしながら歩いていると、魔獣の気配を感知。
テオとアリサも俺の反応に気づいて臨戦態勢に入ろうとするが、手のひらを向けて制止する。これなら俺一人で十分だ。
突然走り出した俺に驚く姫様の声を背に、ピッチフォークを手にする。姫様の前で農具を振り回すのは格好がつかないが、仕方がない。
下段に構えた得物を掬い上げるに振るう。千切れた草とともに高く打ち上がるのは、地下通路にいたどでかい鼠。どうやら現在は地上にも出て来てるらしい。
そのままの流れで長い柄を持ち替え、剣のごとく大上段に構える。軽い掛け声とともに、宙を舞う鼠に目がけて歯の側面を叩きつけた。
地面との間に挟まれた鼠は、あえなく絶命。
「驚きました…お強いのですね」
恐る恐る様子を見に来た姫様から、お褒めの言葉をいただく。
「ですが、荒事に自信があっても好き好んで危険に身を晒すのは感心しません。田畑を耕すのも立派なお仕事ですよ?」
…ようやく姫様の心配の意味を理解する。
どうやら大きな誤解があったようだ。
◇
出発が遅れたため不安だったが、何とか日があるうちに野営地に到着できた。姫様には少し無理をさせてしまったかもしれない。
俺たち三人と姫様で竈を囲む。俺が食事の準備をしている横で、テオとアリサがまた思い出し笑いをしている。
誤解に気づいた俺は、自分が冒険者であること、また丁度いい機会なので冒険者になった経緯を話した。姫様は、ださい服にピッチフォークだけ背負った俺のことを近隣から駆り出された農民だと思っていたようだ。騎士から不興を買った農民を助けるべく、心を砕いていたとのこと。
「こんなのでも、私たちのなかで一番頼りになりますから」
目尻を拭いながら、アリサ。こんなの呼ばわりされてしまった。
「頼りにしてるぜ、リーダー!」
テオにはリーダーに任命される。
ひとしきり馬鹿な話をしたおかげか、随分と打ち解けた様子の姫様が白湯を手に自然な笑みを浮かべる。
「私も頼りにさせていただきますわね。…とはいえ、正直な話、私は遺跡の探索などどうでもいいのです。無事に帰れさえすれば」
危なくなったらみんなでさっさと逃げましょうね、と小さく舌を出した。
◇
翌朝、代表の騎士が全員を整列させて訓示めいた長話を行ったのち、一行は遺跡を目指して野営地を発った。
地下道に入っても、姫様の護衛につくのは俺たちだけだった。遺跡内部の乏しい明かりでは背中が見えないほどに先行している。さすがに遺跡の中では騎士たちも護衛の真似事ぐらいはするだろうと思っていたのだが…本気で姫様がどうなっても構わないと考えているのだろう。
魔獣だけでなく、前方の騎士たちの動向にも注意を払いつつ通路を進む。テオとアリサが姫様の前を歩き、俺はいつぞやと同じく後方警戒だ。
あまり身体を動かすのは得意でないらしいのに、姫様は弱音も吐かず黙々と足を動かしてくださっている。
◇
何度目かの円形広間に辿りついたとき遥か前方から戦闘音が聞こえ始めた。念のため、俺たち三人が通路を塞ぐように並んで武器を構えていたが、わざと魔獣を後ろに流してくるようなことはなかった。
「鼠、ではなさそうだな。羊か?」
テオの推測に俺とアリサも同意する。
前方に羊がいるということは、俺が崩落させた箇所が突破されて街の遺構から降りてきているのだろうか。この数日の間に入口側から羊が入ってきて巣でも作った可能性もあるが…
遺跡に響く蛮声と金属音に、姫様は表情を硬くする。
◇
騎士たちが戦っていたのはやはり羊だったようだ。通路の端に転がっている毛刈りもされていない羊の死体の横を通り過ぎていく。姫様はなるべく血を見ないように下を向いて歩いている。
姫様の体力を気遣って何度か休憩を挟むが、前方を進む集団との距離はさして変わっていない。あちらはたびたび羊とやりあっているせいだろう。
やがて、中央に穴が開いた円形広間に到着した。
「この下が水路になっていますのね」
姫様が口元を抑えて後ずさる。姫様も魔術の心得があるのか、下の異常な魔力濃度を感じたようだ。
この部屋には長居しないほうが良さそうだ。想像していた以上に不気味な遺跡に顔色を悪くした姫様を促して先に進む。
◇
そろそろ、俺が遺跡破壊した箇所に差し掛かる。
どういう状況になっているのだろうか。あのとき追ってきていた羊の群れが瓦礫を吹き飛ばしてとっくに開通しているのか、騎士たちが必死に掘り返している最中なのか。
…先輩方、俺がしでかした事を秘密にしてくれているだろうか。
そういえば、いつしか戦闘音も聞こえなくなっている。
◇
辿りついた崩落現場には、通路の天井付近に這って潜れる程度の穴が開いていた。土砂の散らばり具合からして、騎士たちが頑張って掘ったらしい。姫様が追いつくのを待つこともなく先に進んだようだ。
テオが先行し、瓦礫の向こうの様子を確認することになった。アリサが姫様の緊張をほぐそうと何か話しかけようとしたところで…
「は?」
テオの間抜けな声がこだました。
アリサと姫様にはここで待つように言い、俺もテオを追う。狭い空間に苦心しながらテオの隣まで這っていくと、ランタンの明かりでぼんやりと照らされた瓦礫の向こう側の光景が目に入った。
石畳に倒れ伏し、身じろぎ一つしない先輩方と騎士たち。闇に包まれた天井からは、途轍もない長さの縄梯子。
そこにぶら下がるのは、巨大な如雨露を手にする羊顔の男。得体のしれない液体を倒れ伏す面々に雨のごとく降らせている。
想像だにしていなかった光景に、凍りつく。
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