第8話 合同調査団

 遺跡探索から一週間が過ぎた。


 街に戻ったあと、疲弊しきっていた俺たちはすぐ休ませてもらったが、先輩方は他の冒険者に顛末を説明してくれたらしい。

 案の定、酒場の少女には泣かれてしまったそうだ。


 さすがに翌日一日は休みにしたが、俺たちもいつまでも沈んでいるわけにはいかない。遺跡探索のまえと同様に、『放牧場』の魔獣相手の活動を再開した。


     ◇


「お疲れ」


 三つのカップが打ち合わされる。以前ならやいのやいのと言いながら料理を待つところだが、誰もそんな気分にならない。

 酒もやらず、とりあえず腹を満たしたところでアリサが切り出した。


「みんな、体調はもう万全ね」


「ああ、問題ないぜ。お前もそいつの扱いに慣れてきたな」


 テオがテーブルの脇に転がしてあるピッチフォークに目をやる。


 遺跡の崩落で装備を失った俺は、こいつを得物にしている。先端部はかなりの重量だが、逆側に取り付けられたハンドルも同じく金属製であるため、意外にも扱いやすい。さらには「錆びず、頑丈」という地味だが多少有用な特性も持っていた。

 一応、新たに剣を購入することも考えたが、今の手持ちでは以前のものより格が落ちたものしか買えない。当然、失った防具の代わりを買うこともできないので、間合いの広いピッチフォークはつなぎの武器としては丁度よかった。


「ああ、しばらくはこれでやってくさ」


 なお、同じく武器を失ったランダルさんは予備の槍をもっていたらしい。備えが足りないと怒られたが、駆け出し冒険者には高い要求だ。


「…それで、これからどうする?前言ってたように拠点を移すか?」


 俺は遺跡探索の前に保留していた相談を持ち出してみた。


「とりあえず、調査団の到着まではここにいろって言われているしな。それまでに考えようぜ」


 テオも決めあぐねているらしい。アリサも同じようだ。俺の気持ちとしては二人とは別れる方向に傾いているが、今言い出すべきではないだろう。ただでさえ狩りに集中しきれていないのだ。


「調査団、ね…」


 一体どんな連中なのだろうか。


     ◇


 中途半端な気持ちで狩りを続けること数日、調査団の到着日を迎えた。

 日の出前から先輩方にたたき起こされ、街の入口に整列して欠伸をかみ殺していると、やがて街道のほうからそれらしい馬車の一団が姿を見せる。遺跡の先行調査は王国軍か教会の調査団が担うとのことだったが、今回は両者の合同調査団が結成されたらしい。


 教会は、神代に生きた人々を「魔術を初めとする、高度な技術を残した偉大な存在」として崇拝する宗教組織だ。神代技術の普及活動や魔術を用いた傷病者の治療などにも力を入れており、彼らは市井から非常に高い人気を得ている。ただ、その人気を危険視する王国政府とは仲が良くない。

 にもかかわらず、王国軍との合同調査団が結成されたのは、調査後の遺跡の利権に関連してのことだろう。


 俺たちの前に整然と並ぶ合同調査団。

 ぴかぴかの鎧を身に着けた騎士が十人、それと恐らく身分が高いであろう女性が一人と、その付き人と思しき老爺。前者が王国軍、後者が教会関係者なんだろうが、随分と偏った人数構成だ。

 そもそも調査団ということなら、神代の技術を専門とする学者や技術者、調査のための物資や発見した遺物を運ぶ荷役、そしてその護衛の部隊で構成される大所帯を想像していたが、どうにも妙な雰囲気だ。


「思ってたより少ないですね」


 隣に立つランダルさんに小声で話しかけると、渋い顔で返事が返ってくる。


「そうだな。たぶん、俺たちも情報提供だけでは済まずに調査に駆り出されるぞ」


     ◇


 案の定、代表らしき騎士の一人が進み出て、挨拶もそこそに居丈高に宣告する。


「貴様らには我々の調査に同行してもらうぞ。足を引っ張るなよ!」


 正直、あの遺跡に再訪するのは気が重いが仕方がない。

 運よくモリス君の形見でも見つかれば酒場の少女に渡してやろう、などと考えていると…


「なぜ貴様がここにいる?!」


 よく見ると、代表の騎士は王国軍の試験で相手をしたやつだった。土まみれにしたのを根に持っているのか、殺意すらこもる目で俺をにらみつけてくる。周りの騎士たちはあの模擬試合を見ていなかったのか、何事かと驚いている。


「あなた一体何したのよ?」


 アリサに横腹をつつかれるが、俺のほうも説明につまる。いまさら隠すことでもないが、冒険者になった経緯についてはまだ話していなかったのだ。


「おやめなさい」


 どう対応したものか冷や汗をかいていると、涼やかな声が響いた。


「調査に協力してくださる方なのでしょう。そんな態度をとるのはよろしくありませんわ」


 高貴そうな女性が助け舟を出してくれた。

 歳は俺たちより二つ三つ上だろうか。とんでもない美人さんだ。比較的簡素な旅装に身を包んでいるが、場違いな上品さが隠しきれていない。アリサも結構育ちがいいはずだが、格が違う。


「くっ…。貴女は今、教会関係者としてここにいらっしゃいます。我々に指図する権限をお持ちでないこと、お忘れなきように」


 怒りは収まらないようだが、件の騎士はひとまず引き下がってくれる。

 女性が俺を見て、柔らかに微笑んだ。


     ◇


 わざわざ早朝から待ち構えていたが、今日は情報整理と物資の準備だけらしく、いつもの酒場で調査団の面々に先日の調査の結果を説明することになった。先輩方が騎士たちへの説明を受け持ってくれたので、俺たちは姫様の相手だ。

 先ほど騎士から庇ってくれた女性、間違いなく高貴なお方だろうと思っていたが、やはり姫様と呼ばれるべき身分の方だった。大領地を治める伯爵家のご令嬢で、教会でも結構な地位にいらっしゃるらしい。


「ルシアンナと申します」


 身分にそぐわぬ丁寧な挨拶に面食らうが、貴族相手の作法に通じているアリサにならって礼をとる。


「楽になさってくださいまし。わたくしたちがあなた方のお力を借りる立場です」


 促されるまま席に着き、執事の老爺が入れてくれた茶を飲みながら事のあらましを語る。


「そんな痛ましいことが…」


 祈るように手を組み、瞑目する姫様。続けて、遺跡の危険性と戦力不足について訴える。姫様を危険にさらすのは色々とまずい。


「たしかに皆様のご懸念どおり、戦力に不安が残りますわね」


 姫様は茶で口を湿らせ、嘆息してから続ける。


「とはいえ、合同調査団まで結成している以上、わたくしたちは撤退するわけにはまいりません」


 おそらく撤退を進言した側が遺跡の利権で不利になってしまうのだろう。合同調査団と聞いて人員の面では十分で安全だろうなどと考えていたが、むしろ色々と厄介なことになっている。


「皆さんも同行してくださるとのことですが、ご無理はなさらなくて結構ですのよ?」


 姫様は気遣ってくださるが、代表の騎士の様子を見る限り、不参加は無理だろう。参加の旨を告げると、軽く頭をおさげになる姫様。

 憂いを帯びた目が俺に向けられる。

 何故だか、俺をことさらに気遣ってくれているようだ。


     ◇


 翌朝、不穏な空気を漂わせる合同調査団が任務を開始した。 

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