第6話 崩れた街

「これは…厩舎か?」


 何度も繰り返される通路と円形広間の構造にうんざりし始めた頃、辿り着いたのは奥に向かって長い方形の部屋だった。

 天井はこれまでの円形広間ほど高くない。天井と壁の材料はこれまでと同じ石造りだが、足元は柔らかい土に変わっている。両側の壁には家畜用の水飲み場と思しき設備が端から端まで続いて、部屋の中央は二組の木製の柵によって道のように仕切られている。不思議なことに柵を構成する木材は朽ちてはいないようだ。突き当りの壁には頑丈そうな扉と、上に向かう階段が一つずつ。


 ロディさんがランダルさんに進言する。


「随分と雰囲気が変わったな。ここは詳しく調べよう」


     ◇


 魔獣の気配は感じられないので、警戒もほどほどに各自好きなところを調べ始める。


 土に埋もれた遺物がないか探してみたいところだが、まず気になるのは水だ。俺は壁に沿って、水飲み場を覗き込みながら歩いていった。傍に立っただけで多量の魔力を含んでいるのがわかる。おそらく、これが水路を流れていた水だろう。あのときは薄明りで気づかなかったが、うっすらと赤く色づいている。


 突き当りの壁に辿りつく。壁から突き出た羊の頭部を模した石細工。ざあざあと水を吐き出している。こちらの水は無色透明だ。


 水飲み場の上の壁面に手を当ててみると、かなり濃い魔力を含む水が石材の裏を流れ落ちてきているのを感じる。それが水飲み場の中に染み出てきているらしい。遺跡の上層か地上か、いずれかに何か原因となるものがあるのだろう。


 ロディさんを呼び、説明する。


「なるほど、じゃあ次のルートは上り階段だな」


     ◇


 ランダルさんたち三人は特に変わったものは見つけられなかったらしい。そろそろ調査を切り上げようとテオとアリサの姿を探すと、少し離れたところで座り込んでいた。あちらでは何か見つけたようだ。

 歩み寄るとテオが嬉しそうに声をかけてくる。


「こんなのが埋まってたぞ!」


 そこにあったのは、小ぶりの鉈が二丁。それと背丈ほどの長さの四本歯のピッチフォーク。牧草なんかを運ぶアレである。いずれも柄は木製だが、他の部分は艶のない黒色の金属で出来ている。おそらく鉄だろう。


「俺はこれを貰うぜ」


「私はこっちにするわね」


 二人がそれぞれ鉈を手に取る。一番金属部分が多く、売れば一番高額になるであろうものを残してくれた。

 …きっと、ださいからじゃないはずだ。見つけたのはこの二人なので、分け前をもらえるというなら感謝しておく。


 なお、遺跡で見つかる金属製品は、魔獣の素材と同じく何らかの特性を秘めていることがあるらしいので、運が良ければそれなりの値がつくそうだ。

 柵もバラせば売れるのでは?とも閃いたのだが、さすがにそれは調査団に怒られるらしい。


 増えた荷物を背負い直し、上り階段に向かう。階段に足をかける寸前、テオが立ち止まって首を傾げた。


「そういえば、何でわざわざ地下に厩舎をつくってあるんだ?」


     ◇


 今度の階段は地下に降りてきた階段よりは短かったようで、さほど苦労することなく終着点の扉に辿りついた。重そうな金属製の戸板の隙間からは光が漏れている。時間感覚がなくなっていたが、まだ日は高いらしい。


「もう地上なの?」


「らしいな」


 テオとアリサが念のため剣に手をかける。歩いてきた距離から、扉の先は森の只中のはずだ。もし魔獣が出るなら『放牧場』のようにぬるい相手ではないはずだ。

 俺たちが身構える前で、先輩ふたりが慎重に扉を開ける。


 眩しさに目を細めた。


     ◇


 扉の先には鬱蒼と茂る木々に囲まれた擂り鉢状の地形が広がっていた。森の真ん中にぽっかりと空いた窪地の縁に出てきたらしい。あたりを見渡せば、崩れた石材がうず高く積みあがった山が等間隔に並んでいる。遥か昔には民家なり商店なりを形作っていたのであろう。

 街の遺構のようだ。


 魔獣が住み着いている気配もない。窪地を取り囲む森から鳥か獣の鳴き声がかすかに聞こえる程度だ。餌になるようなものがないせいか、あるいは何か獣などを避ける仕組みがあるのか。森の中に不自然に存在している安全地帯のようだ。


「野晒しになってたんじゃ、あんまり金目のものは残ってねぇかもな」


「仕方ない、俺たちは情報料で我慢しよう」


 大人気なく、ちらちらとピッチフォークに目をやる先輩ふたり。


     ◇


 情報料をつり上げるために、簡単な地図を作ることになった。


 擂り鉢の一番外側から中心に向かってぐるぐると歩いていく。円い地形に合わせて作られた街には、同心円状と放射状の道が走っている。せいぜい瓦礫で通れない箇所を書き込む程度で、至極単純な地図になるだろう。

 今度こそ瓦礫の隙間から巨大昆虫が這い出てくるのでは?と警戒していたが、昆虫も鼠も姿を見せない。餌となるようなものがないからだろうか。


「街の中心には何があると思う?俺は一番でかい屋敷」


 瓦礫をあさるのにも飽きたのか、テオが石片を投げながら言い出した。


「…私は教会かしら。イネスはどう思う?」


 少し考え、答える。


「噴水だな」


     ◇


 しかして、街の中心には噴水のある広場があった。


 おそらく人物を象っていたのであろう像は辛うじて原型を留めており、頭上に掲げた水瓶のようなものからきらきらと飛沫を噴き上げている。


「残念だったな、何も賭けてなくて」


 テオが肩に手をおくが、それどころではない。そもそも噴水が動作していること自体が異常なのだが、アリサも気づいたようだ。


「何…あれ?」


 噴き上がる水はそのまま飲めそうなほど綺麗なものだが、人工の泉が湛える水は鮮血を思わせる紅色。込められた魔力は、水路や水飲み場で感じたものとは比べものにならないほどに濃密。


「見るからにやべぇな、ありゃ」


「あぁ、アレの調査は調査隊に任せよう」


 先輩方が調査の終了を決定する。当然、俺たちも異論はない。


「モリスも近づくなよ?」


 ランダルさんが振り返るが、遅かった。

 モリス君は空き瓶を片手に駆け出している。慌てて、おい!と声をかけるが…


「大丈夫ですよ!これぐらいなら僕でもできます」


 迂闊すぎるだろうが。この年下の先輩、絶対に俺より先に死ぬぞ。


 ロディさんが舌打ち一つ、今まで見た中で最速の走りで追いかける。

 …が、唐突に足を止めた。


 噴水の向こうから人影。

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