第5話 地下通路
土が剥き出しになった斜面の裾に石組みの通路が口を開けている。
幅は人が三人並んで歩ける程度。入口付近は一部土砂に埋もれ、さらに狭くなっている。武器を振り回すには多少不安がある広さなので、たとえ雑魚でも魔獣が出れば面倒なことになりそうだ。
「大丈夫だ。入ってすぐに下り階段があって、その先はもう少しましな広さだったぜ」
先輩方が見つけたときに多少は下見をしておいてくれたらしい。
斜面とは反対側を見ると、広範囲に土砂と加工済みの石材が散らばっている。
「これは、斜面が崩れて通路が出てきた…というより、通路の内側から土砂が吹き飛ばされたんですかね?」
思いついたことをロディさんに尋ねてみる。
「…そうかもしれんな。そんな感じで、気づいたことがあれば直ぐ言ってくれ」
若手に経験を積ませるためだけに連れてきたのではなく、それなりに戦力としても計算してくれているらしい。
気を引き締め直す。
「おい、もたもたするな!愚図が!」
…彼はいつもどおりだ。
◇
たしかに地下に潜ってすぐのところから下り階段が始まっていたが、その階段が長い。黙々と足を動かし、背嚢を担ぐ背中に汗が滲みだした頃、ようやく足場が平らになる。
「これが遺跡か…」
階段の果ては円形の大広間。
街の広場と同じくらいだろうか。飾り気のない壁がぐるりと取り囲んでいて、対面の壁に奥に進む通路が口を開けている。階段の踊り場で何度も折り返したせいで少し自信はないが、おそらく森の地下に向かって通路が延びている。この通路はじゅうぶん幅があるので、剣でも槍でも問題なく振り回せるだろう。魔術具のランタンを高く掲げるが、天井は闇に沈んでいる。
小休止のあと、ランダルさんがパンと手を打つ。
「よし、ここからはロディが先行する。その後に俺。少し距離をおいて、テオとアリサで念のため左右も警戒しておいてくれ。最後尾はイネスが頼む。…モリスは中央で全体に目を光らせておいてくれ」
モリス君がこちらを見て鼻で笑う。ご機嫌なのなら何よりだ。
前人未踏の遺跡内部で後方警戒…責任重大だ。
◇
各々が腰に下げたランタンの明かりを頼りに石畳の通路を進む。
森のそばの地下ということで、巨大昆虫が山ほど襲ってくるかもと恐々としていたが、そんなことはなかった。聞こえるのは俺たちの足音と背嚢が揺れる音だけだ。
これまでいくつも円形広間を通過してきたが、相変わらずの一本道。遥か上方の地上は、丘の連なる草原を通り過ぎて森の中だろう。
閉鎖空間であるせいか、あるいは前人未踏の遺跡の中であるせいか。あたりに漂う魔力が地上よりも濃い。普段よりも楽に魔術を行使できるので、かなり広い範囲まで風の流れを把握できている。
「遺跡の構造って、こんな感じなんですね。もっと迷路みたいになってるのかと思ってました」
小休憩のおりに俺が感想を告げると、経験豊富な先輩方が教えてくれた。
「数でいえば、こんな感じのところが多いぜ。神代の人間にとっては生活の場だったわけだしな。複雑な構造にしてたら使いにくいだろ」
「でも、お前が言ったような大迷宮もあるにはあるぞ。そういったところは神代人の軍事施設だったり重要なものを守る拠点だったりするから、かなり稼げるが当然攻略も難しい」
なるほど、道理だ。神代の人間にとってここは特に重要な場所というわけではなかったらしい。せっかくの未踏遺跡の探索だし、何か少しでも価値あるものがあればいいのだが…
短い休憩を終え、また黙々と歩き続ける。
◇
いつしか、猫ほどの大きさの鼠を見かけるようになった。獰猛で、体格差も気にせず襲い掛かってくる。主に遺跡の奥側から来ているところからすると、この先のどこかにも地上につながる道があるのだろう。さすがに、地下深くに埋もれた遺跡の中で神代から生き続けているとは考えにくい。
「おい、三匹流したぞ!」
だんだんと鼠の数が増えてきたにも関わらず、先輩二人は自分の足元に来たものしか対処しないようになった。手抜きではなく、信頼だろう。
「二匹完了」
アリサが愛剣で難なく縫いとめる。
「こっちで一匹!」
テオに至っては踏みつけである。
それに加えて、壁際からこそこそと近づいてくるもう一匹の鼠に気づいた俺は、探索に備えて準備していた小石を放つ。普段よりも強化された風術で加速した投擲は、鼠の頭をきっちり粉砕してくれた。
ロディさん曰く、全く金にならない獲物だそうなので、剥ぎ取りは不要だ。
モリス君の顔色が良くない。自分だけ上手く敵に反応できなかったせいだろうか。自身の至らなさを省みてくれるのは何よりだが、遺跡探索の真っ最中に調子を崩されるのも困る。
◇
もう何度めかの円形広間。中央付近の石畳に足を置いたとき、ふいに違和感を感じた。
手を石畳に当てる。
「ロディさん、止まってください」
全員が輪になって集まる。
「どうしたの、何か見つけた?」
「この下、たぶん空洞だ」
少し考え込んだランダルさんが尋ねる。
「そこまで床をぶち抜けるか?」
「任せろ!」
テオが剣を抜こうとするのを流石に止める。こいつなら腕力でいけそうな気もするが。
「おそらく、この厚みならいけると思います」
広間のど真ん中から一歩ほど下がり、剣を抜く。切っ先を石畳の隙間に差し込み、深呼吸。全力に近い量の魔力を下方に向けて染み込ませて、普段は武器の研ぎにしか使わない地術を行使した。
焦れたモリス君が口を開きかけたとき、がらがらと石畳が崩れ落ちて、人ひとり通れるほどの穴となる。これだけ魔力が濃いなら何とかなるだろうと思って挑戦してみたが、格好悪いことにならなくてよかった。
もうひと踏ん張りして、指先に炎を生み出し、穴に放り込む。
「本当に多芸だな」
呆れ顔のロディさんが穴を覗き込む後ろから、俺も目を凝らす。
俺たちがこれまで歩いてきた石畳の下には、通路に平行な水路があったようだ。膝ほどの深さで水が流れている。流れの向きは、遺跡の奥側から手前側。元々は通気口だったのか、梯子でも使って行き来していたのか。上下の空間をつなぐ縦穴に石畳で蓋がされいていたらしい。
「穴の下は、さらに魔力が濃い。ただの水じゃなさそうだな」
今回の遺跡探索の目的とは関係ないが、魔獣の増加にも何らかの関係があるような気がする。
「おい、どうして今まで気づかなかったんだ!?気を抜いてるんじゃないぞ!」
モリス君が無理矢理に文句を捻り出すので、さすがにいらついて言い返す。
「誰も気づいてなかったものを俺が見つけたんでしょうが。いい加減にしてくれませんかね、先輩」
テオもアリサもうんうんと頷いてくれるが、モリス君は唇を噛みしめて俯く。まずい、失敗したか。
「よし、そろそろ行くぞ。面白くなってきたな!」
ランダルさんがぽんぽんと背を叩いてくれる。気持ちを切り替え、遺跡の奥に足を向ける。
「くそっ!」
背後から呟く声が聞こえた。
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